第9話 シノビファイト - Shinobi fight -

「リッパーの……右腕さんと左腕さんなの?」

 床にへたり込んで呆けた顔のマリーが尋ねた。

「はい、お久しぶりです、マルグリット・ビュヒナーさま。コンボイは無事にケイジに到着したようですね、ご苦労様でした。不在の折、マスターが随分とお世話になったようで、代わって感謝します。ちなみに、略称はイザナミです」

「ハロー! ミス・マリー! ミラクルガンナーのイザナギ、カムバックだぜ! 待ちわびたかい? ブレットはたっぷり残ってるな? こけおどしの相手に苦労していたようだが、今からがショウタイム! ヤーホゥ! ダックハントだぜ! カモンベイベー!」

「待ってよ! アナタたちったらピカピカの新品じゃないの!」

 疑問だらけだがリッパーは、はしゃぐ気持ちがはちきれそうだった。

 饒舌と共に現れた両腕は髪の毛と同じく銀色に輝いている。ヒートスリットのパターンと数が以前とは違っていた。しかしスリット以外は汎用アームと同じ流線型で、ご丁寧に爪まであった。

「はい、月の環状防衛網、ルナ・リングのIZA社システム開発部月支部で新造されたセカンドシリーズなので、新品です。血流に擬似体液を注入、破損臓器に対して応急処置。オートディフェンシブモード起動、ハイパープラズマディフェンサー、最大出力で待機」

「イエス! プロトタイプのアームはハイブどもにくれてやったが、中身は全部、サテライトネットにあるNデバイス支援衛星へ転送ってな。ソフトがなけりゃあハードなんてただのジャンクさ! オーライ?」

 見た目は変わっているが声色や口調は間違いなくイザナミとイザナギだった。

「でも、どうやって? タイミングも良すぎるし、そもそも、サテライトリンクが物理的に地上と宇宙を繋ぐなんて話、聞いていないわよ?」

 コンコンと床を打つ音がした。見ると、倒れたコルトが薬莢を一つ、つまんで掲げていた。少々血色は悪いが口元はニヤリと上がっていた。

「ヘイ、リッパー。勝てないギャンブルをしないのが俺の流儀だ。手札は上々、ワイルドカードでファイブカード、ってな?」

「ワイルドカード? それって……もしかして、ガンプ弾?」

 その薬莢は、ハイウェイ上のマリー・コンボイで二度目のディープスリープに入る際にリッパーがコルトに渡した、射撃すれば最深度ディープスリープから三十秒以内でイザナミ・イザナギが起動する、あの電子信号弾だった。

「肯定です。この建造物周辺は艦載バリアフィールドを応用した粒子ジャミングが施されており直接通信が無力化されていますが、復旧した巡洋艦バランタインの恒星間レーダーシステムが傭兵コルトからの特殊アラート信号を傍受し、ビーム砲塔照準用の高出力レーザー回線の使用によりジャミングを突破、コアユニットとのリンクに成功しました」

「そしてだ! ヴァリアブルビームランチャーの射線軸にスタンバイしておいた降下コンテナをドロップしてバーターモード、ドッキングルーチンって寸法さ。ラグランジュドックで修復中だったバランタインを衛星軌道まで運ぶのが手間で、間に合うかタイトなタイムスケジュールだったが、どうやらノープロブレムらしいな。ヘイ、スカルマン! あんたの仕業かい? ナイスだぜ、ブラザー!」

 イザナミとイザナギ、自分の両腕が語る様子を思い浮かべて、リッパーは溜息が出た。この局面でコルトがガンプ弾を使い、それでバランタインとコンタクトでき、イザナミとイザナギが新品になって戻ってくる……全くの予測外だ。

「ヤー! 只の新品じゃあないぜ? きっちりスペックアップしてきたさ! AFCSオンライン! そっちはズタボロなわりに随分とご機嫌な装備じゃあないか!」

 火器管制のイザナギは、早速インドラ・ファイブに目を付けた。一方のイザナミは天羽々斬。

「シノビソードを確認、ソードファイトモードをアップデート。剣術駆動スタンバイ」

 状況を把握してるらしき二人は当然という調子で臨戦態勢に入るが、リッパーはまだまだ混乱していた。

「それどころじゃあないのよ、イザナミ! コルト! 無事なの?」

「まあな。無傷ってわけにゃいかんが、右腕さんの言うとおり、自分じゃあ上手くいったほうだと思うぜ? そらよ」

 起き上がったコルトが自身のシャツをめくると、そこに斜め十文字のうっ血があったが、銃創らしきものはなかった。

「ドミナスが、外した?」

 言いつつドミナスを見る。ドミナスは「ありえない!」と叫び、隣のイアラは笑みが凍っている。

「いいや、逆さ。あの野郎はな、俺様の言いなりでビシっとこれを狙ってくれたのさ。ハッハー!」

 そう言ってコルトが持ち出したのは、シノビ十字手裏剣だった。

 五十口径サイズで二箇所が派手にへこんでいるが、貫通も破損もしていない。ドミナスが「ありえない!」と繰り返した。まるで駄々っ子のようだ。

「手品に見えたかい? タネを明かせばシンプルな話さ。マリーが騒いでた、リッパーの首んとこにある極上のエメラルドと衛星ネット。右腕さんと左腕さんのスペックに、海兵隊の浮沈艦隊。最後の一枚は、とびきり最強のワイルドカード、察しの通りのガンプ弾! これで負けりゃあとんだ恥さらしってな具合だ。ここに入ってすぐだったか、ダイゾウからのこれをお守りでシャツの下に吊るしておいたのを思い出して、仕掛けるタイミングだけ悩んだんだが、勝てるんだったらコール&レイズ、ベットを釣り上げてカモるに限る。しかしまあ、あれだけ盛大に飛ばされて、ここにこんなアザだけとは、きっちり守ってくれてやがる。全く、たいしたシノビのカミサマだ。リッパー、こちとらプロの傭兵、請求書は海兵隊宛てでいいんだろ? すまないが、俺は安くないぜ? 支払いはキャッシュオンリーだ、オーライ?」

 言い終わると、コルトはからからと笑った。

「もう! トリックプレイだのガンスピンだのはリボルバーだけにして欲しいわ。見てたこっちの寿命がどれだけ縮んだか後で教えてあげるから! イザナミ、戦況は不利よ?」

 イザナギで口元の血を拭い、リッパーはドミナスとイアラの立つ金色のパイプオルガンを見た。相変わらずドミナスは「ありえない!」を繰り返しており、イアラは笑顔のメイド人形のように硬直だった。

「おおよそ把握しています。予測策敵完了。ドミナス・ダブルアーム、イアラ・エイドロン、サイキック・ランスロウ、固定」

「あの消え女! イアラをロックできるの?」

 ゲフゲフと咳が出て、リッパーは血を吐いた。

「肯定です。生命維持装置を起動、損傷した肺の一部を低電圧痙攣で動かします。敵の能力解析はバランタインで完了しています。防御、射撃、剣術、体術、全駆動を臨界で自動待機」

「あっちのハンサムなニヤけ野郎もな! バランタイン、オンライン! アナライズ! ESP反応! あの二匹はハイブの癖に、サイキッカー能力を持っていやがるのさ!」

 イザナミの処置のお陰で呼吸が楽になった。それにしてもイザナギだ。ハイブにサイキック能力が備われば、それは無敵だろう。どうりで太刀打ちできないわけだ。それよりも、だ。

「さっきからバランタインって……もしかして?」

「艦長を含む搭乗員を脱出させた艦は轟沈を免れ、ラグランジュ・ポイントの海兵隊戦艦ドックに移送されていました。ドックで修復作業を行っていた巡洋艦バランタインは現在、艦長を追尾しつつ衛星軌道にて待機中。機能の十八パーセントは既に回復しています。対艦戦闘及び恒星間航行は無理ですが、戦艦ドックの演算システムと軌道衛星網を含む後方支援能力はほぼ完璧に運用可能です」

「ヘイ! リッパー! ヴァリアブルビームランチャーが二門使えるぜ! 可変速ビームを最小限に絞ればこいつら全員、崖ごとイオン粒子に変換してやれるさ! ロードマップから消してやれよ!」

 イザナミ、イザナギに続き、自らが艦長を勤めていたバランタインも健在と聞き、リッパーは目頭が熱くなった。バランタインのビーム砲塔で狙う、悪くないアイデアだが、幾らビームを絞ってもマリーやコルト、それにオズを巻き込む可能性がある。

「イザナギ、ランチャーは保留、こいつらはあたしたちで! 理由が聞きたい?」

「ノー、キャプテン! バランタインからのカバーはIFDLだけでオーケー! サテライトリンカー!」

 イザナギが遥か頭上のバランタインとデータリンクし、データをイザナミにもフィードバックさせる。

 バランタインの可変速ビーム砲塔の照準はイザナギ制御下で大聖堂に固定されている。最悪の場合は使うしかないが出番は回さない、リッパーは自分に言い聞かせ、大きく深呼吸。戻ってきた両腕の感触を改めて確かめる。


 コルトの機転で戦況は一変、攻勢に転ずる絶好のタイミングだ。ここが勝負所だとはっきり解る。とっとと終わらせて一服つけよう。

「イザナミ! 臨界駆動イグニション! モードはガンファイト! レディ!」

 臨界駆動のイグニション・コールと同時に、片腕九本のヒートスリットが青く輝き、熱風が吹き出した。

「了解。特殊射撃戦による臨界駆動スタートアップ。残り時間五九九秒。ヒートスリットシステム、先行排熱開始」

 新型の両腕は臨界駆動で十分も動けるらしい。それも強化版のプラズマディフェンサーを併用して。イザナギの言ったスペックアップは伊達や酔狂ではなさそうだ。

「ウィルコ! コール・ガンファイト、コピー! IZA-N-DRA5、FCSリンク! ヒュー! こいつは中々の獲物だな! マルチロックシステム、オン! レンジファインダー、オン! シーカームーヴ! ターゲット、スリー! レンジ、テン・エイト・ファイブ! エイミングコントロール! クソメイドをマルチロック! トリガー!」

 二対合計十八本のヒートスリットからの熱風で、大聖堂のステンドグラスとドミナス、イアラが陽炎になる。

 ドン! インドラ・ファイブが吼えた。金色のパイプオルガンの横にいたイアラは消えたが、イザナギが腕をコントロールして追尾する。腰を軸にぐるりと反転させた位置で、インドラ・ファイブがイザナギ制御で発射された。リコイルで背中を押される格好だ。

「チップ! アゲイン! ワンショット! ヘッドアップ! シーカームーヴ! ワンロック! トリガー!」

「警報。ハイパープラズマディフェンサー起動」

 バシン! 稲妻がリッパーを球状に覆う。先刻までは狙撃位置さえ不明だったイアラに、イザナギ、イザナミのラプラスサーキットによる予測分析戦術が完全対応している。

 強化版のハイパープラズマディフェンサーはイアラからの狙撃を完璧に相殺して尚、臨界駆動を保っている。その一撃を相殺するのに消費したエネルギー量は、マリー・コンボイの駐留するケイジの三日間電力は軽く補えるだろう。ブーツが大理石を砕いてめり込む。太股に添えたインドラ・ファイブのトリガーが引かれると、更に床にめり込んだ。

「ワンヒット! ステイバック!」

 イザナギが怒鳴った直後、大聖堂の天井、ステンドグラスと絵画を突き破って落ちてきたのは、機動戦車だった。

 宗教神話を描いた絵画をまとって落下した機動戦車は、大聖堂の床に激突してキャタピラを四方にばら撒き、爆発した。風圧でコルトとマリーが柱から転げる。

「ヘイヘイ! 空から戦車が降ってきたぞ! あれはランドアーミーのバンテルタンクじゃねーのか? マリー!」

 コルトが叫びながら、マリーを抱えて柱の影に滑り込んで爆風をやり過ごした。抱えられたマリーは突然の戦車の爆発に声も出ず唖然としている。

「上からバンテルタンク? どういうカラクリなの?」

「リッパー! テレポートさ! あの消え女、イアラ・エイドロンはテレポート能力で自分とあのタンクを瞬間移動させつつ、こっちを狙撃していたのさ! オーライ?」

 サイキック能力の種類にテレポート・空間転移というものがあるのは知識として知っていたが、コインだカードだではなく、数十トンのバンテル機動タンクの質量を瞬間移動させるというのはとんでもない話だ。

 詳細は未だ不明だがサイキッカーが部隊規模として実在するのなら主力だろうし、実際、イアラは最前線でもっとも厄介な相手だ。しかしタンクはインドラ・ファイブで撃破し、事実上無力化させた。

「敵機動戦車大破、戦闘力ゼロ。後続戦力の反応はナシ。ESP反応、エイドロン、出現します。十二時方向、距離八メートル」

 イザナミの言った通りの位置にイアラは現れた。つまり、噂だったり手品まがいだったサイキックが、今はレーダーサーチ可能な対象となり、存在していない時点での標的の座標位置をも正確にロックしている。ラプラスサーキットの試験運用段階だった能力、未来予測が、恐らく臨界駆動によってだろう、完全に発揮されている。どうりで登場からずっとイザナギが強気な訳だ。

「わたくしの愛らしい戦車が! ……よくもやってくれましたわね!」

 声を上げ、イアラは床をヒールで蹴って跳ねた。

「警報。ダブルアーム、武装展開。オートディフェンシブ」

 フルオートに対してハイパープラズマディフェンサーが明滅し、ドミナスの攻撃の全てを跳ね返した。

「ドミナス、こいつは?」

「パワーベクトルと可視光の屈折率をリアルタイム変換する念動障壁です。ハイパープラズマディフェンサー、正常稼動中。近接防御火器システム、起動。オートディフェンシブと併用。臨界のまま剣術駆動へシフト。ヒートスリット、排熱続行」

「コピー! CIWS(近接防御火器システム)オーケー! セントリーガン(自動機関銃)、オープン! リッパー! シノビソードだ!」

 イザナギに言われてリッパーは腰のシノビソード、天羽々斬を抜いて駆けた。向かう先は当然、ドミナスだ。

「アメノハバキリ、これで?」

「アメノハバキリ、スタンバイ! この程度のサイキックウォール強度はシノビソードで簡単に抜ける! ベクトル変換のバランスを少し崩せば、もう紙切れ以下さ! シーカームーヴ! ワンロック! トリガー!」

「敵ダブルアーム、弾薬装填中。臨界剣術駆動、稼働率百十三パーセント。ヒートスリット、排熱安定。いつでもどうぞ」

 イザナミの声を合図にドミナスに三歩近寄ったリッパーは、天羽々斬を真横に振った。

 最初に妙な感触があり、しかしイザナギの言う通り抵抗なく刃は横に抜けた。そこから更に二歩寄ると、マグチェンジを終えたドミナスがロングスライドオートの片方を構え、フルオート。

「シーカームーヴ! レンジ、ゼロ! フルロック! セントリーガン、フルバースト! リッパー! 五秒以内に奴のガンを落とせ!」

 両肩から以前には無かった装備、小型セントリーガンが飛び出し、ドミナスからの近距離射撃の弾丸を全て自動撃墜している。薬莢が肩後方にバラバラと飛び散る。

 左のブーツをざっと滑らし、横一文字にドミナスの右手のオートマチックハンドガンを斬る。ロングスライドが両断されてドミナスの手元でバラバラになり、返した次の一閃で左手のハンドガンもグリップを残して真っ二つになった。

「私のダブルアームがぁっ! お前! 人間風情で!」

「ハイブ風情が偉そうに喋るな! こっちのレンジ! ジャンプアップ!」

「コール・ジャンプアップ、コピー! ダブルベッセル、オン! シーカームーヴ! ダブルロック! トリガー!」

 怒鳴りつつリッパーは、両手で握った天羽々斬を素早くサヤに戻し、ベッセル・ストライクガン二挺をコルトよろしくのクイックドロウ、背中からスライドして来たそのままの勢いで構え、トリガー。ドミナスの眉間、カーネルにAPI弾を二発叩き込んだ。

 弾丸はカーネルと頭の後ろ半分を炸裂させて貫通し、そのまま大聖堂の柱に突き刺さった。ドミナス・ダブルアームは口をぱくぱくさせてからしばらくして、沈黙した。ドミナスと連動していたのか、金色のパイプオルガンの自動演奏も止まった。

「ドミナス!」

 声に振り向くと、イアラが叫びながらショットガンを連射してきた。リッパーが放ったショートバレルのテンゲージ・ショットガンだ。

「アナタは他人のモノを使いすぎなの。そういうのって、下品よ!」

「シーカームーヴ! レンジ、エイト! ダブルロック! トリガー!」

 仰向けに倒れるモーションでベッセルのグリップを握り直し、イザナギ制御で左右交互で合計二発、発射した。一発目をテレポートで交わしたイアラは二発目で金髪頭の上半分をカチューシャごと吹き飛ばされ、大理石床にごろごろと転がって四肢をじたばたさせた。牽制射撃でテレポート位置をこちらでコントロールした上で本命を狙い通りにヒット。タネの明かされた手品ほど滑稽なものはないという見本のようだ。

「そのダンスも下品ね。ワルツはもっと上品になさい!」

「シーカームーヴ! レンジ、ファイブ! ターゲット、ワン! フルロック! トリガー!」

 リッパーは仰向けからうつ伏せになり、ベッセルのトリガーを引きシリンダーを空にした。三発の五十五口径API弾でイアラ・エイドロンはバラバラになった。パニエで膨らませた黒いスカートが宙を舞うカチューシャと共に静かに落ちる。

「敵、ドミナス・ダブルアーム及びイアラ・エイドロン、沈黙。カーネル反応消失。駆動シフトは臨界のまま。ヒートスリット、強制排熱続行」

 パシュン! と派手な音がして両腕のヒートスリットから吹き出す熱風が強くなった。

「やっぱリッパーは凄いぜ! あの化物コンビがあっという間だ!」

「リッパー! やった!」

 コルトとマリーが満面の笑みで駆け寄ってきた。リッパーはうつ伏せのまま、ふう、と大きな溜息を一つ。ヒートスリット排熱のような溜息だった。

 片側九本に増えた新型のヒートスリットは真っ青に輝いており、既に生身では近づけない温度に達している。顎から落ちた汗の一滴がチュンと音を立てて一瞬で蒸発した。胸がずきずきと痛む。鎮痛ピルで抑えられない分の痛みは派手な立ち回りが故だろう。

「ダイゾウ、こっちは片付いたわよ? ……ダイゾウ?」

 返事がないのでリッパーは慌てて立ち上がった。演台に駆け寄ると、白装束を赤く染めたダイゾウが膝を突いていた。

「伝説のシノビなどと呼ばれても、所詮はその程度ということなのだよ。今も昔も変わらずな」

「敵、サイキッカー・ランスロウ。戦力は宇宙戦艦三隻に相当」

「三隻? ……ダイゾウ、無事なの? 返事は?」

 ダイゾウは、ぐぅ、と唸ってから両手のシノビソード、鳴神(なるかみ)と雲絶(うんぜつ)を床に突き立てて倒立した。

「案ずるな。シノビは伝説の影を歩む者。円卓の一派なぞに敗れる我ではない」

 そう言って更に寄ろうとするリッパーを制し、サングラスを小さく上下させ、ダイゾウは低く構えた。

「未だ破られしことなき雷電変わり身の構え! 死にたくば来い! ランスロウよ!」

「雷(いかずち)のダイゾウ、どんな技であれ、お前の考えは全て見える。死ぬのはお前なのだよ」

 ランスロウがレイピアを遠距離から突く。

「ESP反応確認。敵能力は念動を帯びた剣と遠隔感応です」

「エンカク?」

 レイピアはダイゾウではなく、神話を描いた絵画をザクザクと突き刺し、同時に閃光が輝く。

「遠隔感応、テレパシーとも呼びます。脳内映像や意識を見通します」

「つまり、オズの言い当てゲームね?」

 ランスロウの念動レイピアは別の絵画を切り裂き、続けて白装束を切り裂いた。バシバシと閃光が大聖堂を照らし、辺りを漂う硝煙を浮き上がらせる。

「ダイゾウ!」

 リッパーは思わず叫んだが、裂けたのは白装束だけで中身はなかった。

「円卓の騎士、成敗!」

 下着姿のダイゾウがランスロウの真横に、まるでイアラのテレポートのように現れた。

「雷! 神! 不! 動! 北! 山! 桜! 斬! 斬! 斬!」

 二刀のシノビブレード、鳴神と雲絶が猛速度で八の字を描き、ランスロウの軍服と勲章を切り裂く。

「これぞ雷流(いかずちりゅう)が奥義、雷神不動北山桜(なるかみふどう きたやまざくら)……雷神(らいじん)!」

 キン、と音を立てて二刀をサヤに収めると、ランスロウの全身から血が吹き出した。ダイゾウはくるりと反転し、サングラスをくいと小さく上げた。見ると体中がレイピアで突き、斬られた傷で血だらけだった。

「ダイゾウ! やったのね? 早く止血を――」

「警報。敵サイキッカー、ESP反応増大」

 リッパーを遮るようにイザナミが言った。直後、ダイゾウが大聖堂の壁に叩きつけられた。マリーが絶叫し、コルトは声も出ない。

「シノビめ、言っただろう? お前の頭の中は全て見えると」

 軍服を血で染めたランスロウがゆるゆるとダイゾウに近付き、レイピアで肩を突き刺した。

「ぬっ! 我が奥義を見切るか! ランスロウ!」

「最初に会ったときならば死んでいただろうが、老いが刃を鈍らせたな。伝説のシノビも時の流れにはかなわないということだ」

 ランスロウが突き刺したレイピアをぐいぐいとかき混ぜると、ダイゾウが絞り声で唸った。

「ダイゾウさん!」

 マリーがたまらずレバーアクションライフルを放ったが、当然といった調子のランスロウのレイピアで弾丸は弾かれた。

「……誰だお前は?」

「死神コルトさまだよ! 喰らえ!」

 ランスロウに答える形でコルトが割り込み、両手のシングルアクションアーミーをクロスファニング、四十五口径を連射する。二挺十発はしかし、全てレイピアで跳ね返された。

「死神だと? ……ははは! キャプテン・リッパーのフリートは棺桶の群れのようだな!」

「ダメよ二人とも!」

 リッパーは並んだ二人を慌ててぐいと抱き寄せる。直後、ハイパープラズマディフェンサーが輝いた。

「我がクラブジャックを防ぐか。Nデバイス、やはり目障りだな」

 ランスロウがこちらを睨んだ。威圧感はまるで大砲の目の前にでもいるような気分だ。あの無敵のダイゾウが血まみれになるのも無理はない。

「さすがは特殊部隊、円卓の騎士、だったかしら? ……インドラ・ファイブ!」

 半ば不意打ちを狙ってインドラ・ファイブを腰溜めで撃った。ドン! という咆哮と巨大なマズルフラッシュで視界が一瞬消える。ギン! と音がしてランスロウの背後の柱に大穴が空いた。

「インドラ・ファイブを弾く! そんな華奢な剣で?」

「ドミナス・ダブルアームの念動障壁と同じ原理ですがESP値が桁違いです」

 驚くリッパーに対してイザナミが解説を入れた。

 ドミナスの壁を抜けなかったインドラ・ファイブならば、ランスロウに通じないのも仕方がないだろうが、それにしても、こちらの火力と相手武装の落差で混乱してくる。アンチマテリアルライフル対レイピアなどと言う話を誰が信じるだろうか?

「つまり、こいつもアメノハバキリで?」

 インドラ・ファイブを背中に回して腰の天羽々斬を握るが、今度はイザナギが割り込んできた。

「ノー! リッパー! こいつのパワーベクトル変換の速度は段違いだ! プラズマディフェンサーの外側で勝てる相手じゃあないぜ!」

「苦労して化物ハイブを二匹も倒したのに、ロングレンジもダメ! ショートレンジもダメ! お手上げじゃないの! いっそのことバランタインのビーム……マリー? それ、何?」

 足元に寄り添うマリーの胸元に、ガーネット原石の首飾りと、ギラリと輝く円盤が見えた。

「ケイジで買ったネックレスよ? ってリッパー! そんな呑気な場合でもないでしょう! ダイゾウさんが!」

「そっちじゃなくて、その円盤。ダイゾウの持ち物じゃなくて?」

 言われたマリーは、紐で首から下げた円盤をリッパーに渡した。

「シノビ・ソーイングナイフ、ハッポーシュリケンよ?」

「あらよっと。こっちは確か、ジュウジナイフだったかな? 必要だろ?」

 マリーが八方手裏剣を、コルトがシャツの下の、あのへこんだ十字手裏剣を差し出し、リッパーに渡す。

「我々に付き纏う忌まわしきシノビの末裔、雷のダイゾウ! お前の顔は見飽きた! ここで絶えるがいい!」

 ドン! ドン!

 リッパーは手裏剣を受け取ると同時にインドラ・ファイブを発射した。ダイゾウをカバーするための単なる時間稼ぎなので、照準は大雑把にランスロウの胴体辺りを狙っただけだった。それでも臨界駆動によるAFCS制御なので狙いは心臓にピンポイントだった。ランスロウのレイピアが五十五口径・翼安定徹甲電撃弾を弾き、飛ばされた弾丸は大聖堂の柱を次々に砕いた。

「シノビ手裏剣ね? ダイゾウの武器ならハバキリと同じでサイキックに通用するはず! イザナミ! 投擲(とうてき)モードスタンバイ!」

 半分は勢いの思い付きだが、苦戦しつつもダイゾウが戦えていた、ということを根拠にリッパーは指示を出したのだが、

「そのようなモードはありません」

「ハイ! リッパー! AFCSコントロール外だぜ、その獲物は!」

 両腕の返答に「役立たず!」とリッパーは思わず叫んだ。

「シノビ武器と言っても使い方は普通のソーイングナイフと一緒でしょうに! 槍投げでもブーメランでも何でもいいから補正して使えるようにしなさい! 習うより慣れろとダイゾウも言っていたわよ!」

 その怒声が合図のように、再び首筋が喋りだした。イザナミとイザナギをドッキングさせたバーターモードと同じ、抑揚のない電子音声だった。

『サテライトリンカー。バランタイン、リンク。ダウンロード……シノビアーツ』

 サテライトリンク・コアユニットが言い終えると、手裏剣を握るリッパーの両腕がふっと軽くなった。

「シノビアーツ、ダウンロード終了。サトリプログラム、インストール。ラプラスサーキット、アップデート。臨界駆動を解除。駆動系を特殊射撃戦から通常にシフト。オートディフェンシブ解除。ヒートスリットシステム、排熱効率安定」

「アイ・ハブ・コントロール! AFCSアップデート! アンチ・サイキックウェポン、オールコンタクト! シーカームーヴ! マルチロック、トリガー!」

『シンガン・オンライン、シノビファイト』

 コアユニットはともかくイザナミとイザナギの様子が妙だ。リッパーには意味不明な発言がリッパーを補助する役割である二人から出て、駆動系から何からをいきなり勝手に、臨機的対応ではなく変更するなど初めてだ。

 戸惑いつつ両手に手裏剣を握ったままのリッパーは、軽く呆然状態でダイゾウの戦う演台に視線を戻した。そこには当然、ダイゾウとランスロウがいたが、二人とは別のものも見えていた。それが何なのか理解するのに数秒かかる。

「あれって……ひょっとしてサイキック的な、いえ、サイキックパワーそのもの? ダイゾウはあの激流を、受け流してる? あれがシノビファイト? あんなに強烈なエネルギー波動の動きが今まで全く見えなかっただなんて、まるで節穴じゃない。……でも! もう大丈夫!」

 駆動系がノーマルになり、プラズマディフェンサーもオートからマニュアルに切り替わっている。イザナギ制御ではなく、首筋にあるエメラルド、サテライトリンク・コアユニットの仕業らしいが、それらが勝手にされたのではなく「リッパーの指示通り」だったのだと、ようやく気付いた。

 リッパーはコルトとマリーを残して演台に向けて駆けてジャンプした。

 ランスロウから飛ぶ鋭いサイキックレイピアは全て軌道が読めた。Nデバイスの真骨頂である二基のラプラスサーキット、イザナミとイザナギに、遥か頭上のバランタインを加えた三基のそれによる近時事象予測分析、リッパーにはレイピアの軌道どころかランスロウの動作結果の全てが見えている。中空で天羽々斬を素早く抜いて片手でサイキックレイピアを弾き、着地と同時に手裏剣を一つ飛ばした。

 ギャン! と鈍い音がして、へこんだ十字手裏剣が高速のレイピアを捉えた。ランスロウのレイピアは切断され、切っ先がカキリと大理石床に落ちて刺さった。

「私のクラブジャックを折る、だと? お前は……何者だ!」

 武器を失ったランスロウだったが、視線でリッパーを威圧してくる。

『シノビファイト、シノビファイト』

 首筋のユニットが飛ぶレコードのように繰り返す。

「あたしは……只の海兵よ!」

 左手で飛ばした八方手裏剣は念動障壁を抜けて、ランスロウの胸元に突き刺さった。将校の勲章を両断した八方手裏剣から血が吹き出す。

「シノビが二人、だとでも?」

「だから! あたしはシノビじゃなくて海兵よ! 何度も言わせないで! イザナギ! ジャンプアップ!」

「コール・ジャンプアップ、コピー! フルバレット・ダブルベッセル、オン! マルチロック、オン! シーカームーヴ! ダブルロック! トリガー!」

「ロングもショートもダメだって言うのなら、ロストレンジかゼロレンジでしょう! ヘイ! ミスター・サイキッカー! ベッセルのゼロレンジダブルバースト! ご自慢のサイキックで耐えてみなさいな!」

 胸を押さえてよろけるランスロウに駆け寄りつつ、リッパーはベッセル二挺を突き出した。

「キャプテン・リッパー! お前の考えも全て見えているぞ! ただ大きいだけの拳銃で私をどうにか出来ると思うな!」

 インドラ・ファイブですら跳ね返すランスロウだが、頭上と両腕、三基のラプラスサーキットの能力を手の内にしている今のリッパーには、ランスロウを覆う盾サイズのサイキックウォール群の「継ぎ目部分」が見えていた。壁がある部分と、これから壁が発生する部分との継ぎ目、それが一番薄い、パワーベクトルがもっとも弱い部分にベッセルのマズルを突き刺してから、六発全弾を胸元に、一気に速射した。

 六回の炸裂音が一つの大きな爆音となって響く。薄いサイキックウォールを抜けた五十五口径API弾全てを胸に受けたランスロウは、ぐらりと揺れてから、声もなく仰向けに倒れた。

「……これで終わり、よね?」

 弾装が尽きたベッセルを両手に構えたまま、リッパーは思わず溜息を漏らした。

 胸に刺さる八方手裏剣がステンドグラスを通った陽光を照らしてギラリと光っている。


 ランスロウは強力な精神感応、テレパシー能力でダイゾウやリッパーの思考を見通して、あらゆる攻撃を無力化していた。全てに先手を打てるからだ。

 だが、イザナミらのラプラスサーキットによる予測分析はこれからの出来事、まだ発生していない状態をリッパーに見せる。まだ行っていない動作を見通されたところで不利な点は一切ない。行っていない動作なのだから変更は自在な上、偶然だかできっちり対応されたところで、それさえこちらは見えるのだからどうとでもなる。

 神の如き、とはさすがに大袈裟だろうが、ラプラスサーキットを組み込んだ戦闘システム、Nデバイス。大したスペックだと改めて感心する。


 リッパーは軽く深呼吸をしてから、マリーとコルトに向けて親指を立てた。

 その途端、イザナギが叫び出した。

「エスケイプ! タクティカルミサイルクラスのパイロキネシスだ! リッパー! ハリーアップ!」

「パイロ? 何?」

「発火能力です。全員、三十秒以内に半径二キロ圏外へ退避して下さい」

 イザナミからの説明は的確なのだろうが、さすがに無茶で無理な話だ。

「円卓最強の私をここまでとは、噂のキャプテン・リッパー、大したものだな。しかしな! シノビは一人として逃がさんと言っている! 我ら円卓の騎士の障害は排除しておく! お前は我らの生贄、糧となるがいい!」

 咳き込みつつランスロウは高笑いを大聖堂にこだまさせた。

 余韻に浸ろうかというところでこれだ。一服どころか溜息一つしか暇がない、そんな愚痴が出そうになりつつ、リッパーはベッセルを素早くリロード。弾丸を再装填した二挺のベッセルを倒れたままのランスロウに向けた。

「マリーやコルトもいるのに無茶言わないで! イザナギ!」

「コピー! シーカームーヴ! レンジ、ゼロ! ターゲット、ワン! ダブルロック! トリガー! ハリー! ハリー!」

「ランスロウ、だったわよね? まだ生きてる? 惑星の回復だとか人類を管理だ何だと難しいことをガチャガチャと言ってたけど、そういうのは他所(よそ)でやってよね。ややこしい話は苦手なの。それに、最後の最後に巻き添えなんて、とことん趣味悪いわよ!」

 ドドン!

 零距離でのベッセル・ストライクガンの破壊力はインドラ・ファイブを凌駕する。それが心臓と頭を捉える。

 テレポート回避に失敗したランスロウは弾丸を浴びて吹き飛び、大聖堂の壁に叩きつけられた。サイキックウォールの継ぎ目を貫通した感触があったが、蓄積したダメージでESPパワーが弱まっているのか、先ほどより軽く抜けた。

「たかが海兵風情がっ! 地球は治癒する時間を必要としていると気付かない愚か者が私に口答えするか!」

 血飛沫と潰した声でランスロウが怒声を響かせる。

「頭半分でまだ喋るの? しぶといというよりしつこい! こんなだからオズはサイキッカー部隊を嫌っていたのね。イザナギ! ワンモア!」

「コピー! ダブルリロード、フルバレット! シーカームーヴ! レンジ、ツー! ターゲット、ワン! オールクリア! 特注のアーマーピアシング! あるだけ全部叩き込め! ダブルトリプルロック! フルトリガー!」

 イザナギのトリガーコールと共に、リッパーは血塗れで転がるランスロウに駆ける。

「たかが海兵で悪かったわね! 愚か者は言いすぎよ! ゼロレンジダブルバースト! くたばれ! この……クソったれ!」

 叫びつつ、ヒートスリットを青く輝かせ、二挺六発を再度ランスロウに撃ち込むと、今度はサイキック的防御は一切なく、上半身が勲章もろとも跡形もなく粉々に四散した。残った下半身は膝をついてから、ゆらりと倒れた。

「敵、サイキッカー・ランスロウ、沈黙。ESP反応及び生命反応、消失。緊急臨界特殊射撃駆動から通常駆動へシフト。ヒートスリットシステム、強制排熱加速」

「タリホー! リッパー! ミッション・コンプリートだぜ! ベイビー! カモン! ロックンロール!」

『シノビファイト……ジ・エンド』

 イザナミ、イザナギ、サテライトリンク・コアユニットが沈黙し、ごうと音がして白く輝く両腕のヒートスリットから熱風が吹き出した。

「見事な悟りなり、リッパーよ」

 声に振り向くと、サングラスで下着姿のダイゾウが胸の前で腕を組んでうなずいていた。

「ダイゾウさん! リッパーも! コルト! 救急パックがブラックバードに積んであるわ!」

「了解だ! 命の恩人に死なれちゃ折角の苦労が台無しだからな!」

 マリーはダイゾウに、コルトはV8ブラックバードへ駆けた。残されたリッパーは……。


「……リッパー? きみなのか? 生きていたなんて!」

 オズの第一声に、リッパーは「そっちこそ!」と叫んで胸をどんと叩いた。

「リッパー、痛いよ?」

「少しくらい痛くていいの! おつむが半分だって聞いてたけど、しゃんと喋れるじゃないの! あたし、泣くからね!」

 自力で立てないオズを抱きしめて、リッパーは子供のように、誰はばかることなく大いに泣いた。コルトがぐずっと鼻を鳴らし、マリーもつられてボロボロと涙を流す。

「良かったわね、リッパー。オズさんも」

「ハイ、はじめましてだな、ミスター・オズ。俺は死神コルト、フリーランスの傭兵だ。初対面で不仕付けだが、アンタはその……サイキッカーなのかい?」

 コルトが少し躊躇して尋ねると、オズは柔らかい笑顔のままゆっくりと返した。

「ああ、僕には確かにそんな力がある。だから脳髄の半分が機能してなくてもこうして喋れるんだよ。しかしね、会話以外にはあまり使いたくないんだ。ランスロウのような奴に利用されるからね。それに……」

「それに?」

 一拍置いて、オズは小さくつぶやいた。

「マリーの膝枕で一息入れたいぜ」

 コルトがぎょっとして後ずさりした。マリーは首をかしげている。

「他人の心を覗くなんていうのは悪い趣味だろう?」

「ヒュー! 違いない。それ以上言うのは止めてくれ。折角の死神コルトが、台無しになっちまうぜ、オーライ?」

 勘弁してくれ、とコルトは慌てて手を振った。マリーは「何?」と首を傾げている。

「これにて大団円である!」

 下着姿で包帯だのを全身のダイゾウが言い、からからと笑った。

「ねえオズ! マリー・コンボイがいるケイジはとっても素敵なの! アナタは随分と体を痛めてるようだし、行き先はそこでいいわよね?」

「リッパーが一緒ならどこでもいいよ、僕は」

「オズ!」

 リッパーの軽いキッスに、コルトとマリーはヒューヒューと口を鳴らした。

「それと、ダイゾウさん。随分とお世話をかけました。本来、軍内部で処理すべきところを巻き添えにしてしまって申し訳ありません」

 リッパーのキッスの嵐をかわしつつ、オズは丁寧に言った。

「礼なぞ不要。我はシノビ、人の歴史を影から支えるが我が使命。円卓の画策を防げたのは貴君の功績あってのこと。礼はこちらから、シノビの代表として、雷と共に送ろう」

「防げたの? アマテラス、とか言う戦艦は宇宙で建造してるんでしょう? Nデバイスが実装されなかったにしろ、連中の危険度はあまり変わらないでしょう?」

 オズを抱きしめたままリッパーが尋ねる。

「ランスロウの他にも円卓の騎士はおる。ドミナスやイアラに匹敵する合成人間もまた然り。しかし、宇宙へと人一人を送る能力は円卓にも少ないと聞く。オズ殿が解放されたことによって、きゃつらの計画は大幅に遅れるであろう。準備を整え次第、我は仲間と共に宇宙へ上がり、奴らが根城、火星へ向かう。問題ない」

「火星へ? マリー顔負けの壮大な旅なのね? でも、休息くらいはいいでしょう? 一緒にマリー・コンボイのケイジに戻って、みんなでオズのワルツで踊りましょう! チョコバーとホイップソーダ片手にね?」

 ダイゾウはしばらく思案してから「御意(ぎょい)」と承諾した。それを聞いたマリーは笑顔で飛び跳ねてから、ダイゾウをぐいぐいと抱きしめた。


 ――熱砂大陸に点在するケイジを結ぶ、陽光を照り返す干乾びたハイウェイ。

 先頭を走るのは、ジプシー・マリーと死神コルトを乗せた千馬力モンスタークーペ。ツインチャージャーとナイトロを搭載した時代遅れの怪鳥、V8ブラックバード。

 その後ろ、大型チョッパーバイクはキャプテン・リッパーとエスパー・オズの海兵隊タンデム。

 隣はサングラスに下着姿で腕を組み、直立不動で駆ける伝説のシノビファイター、雷のダイゾウ。

 二台と一人は時速三百五十キロでハイウェイを疾走する。目指すはオズのとびきり陽気なワルツ・フォー・デビィと、冷たいホイップソーダ。

「冷製飲食物による冷却効率を計算。過剰冷却による人体への影響が大のため、各人にそれぞれ摂取量制限を設定します」

「ヘイ! ミス・マリー! シューティングトレーニングの約束だったな! お隣のスカルマンも一緒にトレーニングするかい? デルタも逃げ出すスペシャルガンスリンガーに仕上げてやるぜ! ハーハーハー!」


 ……若いうちは旅をしろ、そう言ったのは酒場の白髭オヤジだっただろうか。


「――低空進入中のガンシップのパイロット! 聞こえる? 無視したら撃つわよ? こちらはリッパー! 海兵隊所属! 高度を取って旋回しなさいな!」

 応答が返るまでの一秒がやたらと長く感じる。

「ちょっと待て! 撃つな! こちら陸軍第七十五連隊! 俺っちは只の護衛だ! 一旦そっちの頭の上を抜けるが撃つな!」

「トラック一台の護衛にステルスガンシップ? 冗談言ってる間に撃つわよ! あと五百! 減速して旋回しなさい!」

「撃つな! 海兵! 友軍だ! 秘密任務なんだ! この速度で急速旋回したらウイングがもげちまう! 一度上を抜けてから減速旋回する! 対空ミサイル警報? オイオイ! 絶対に撃つなよ!」

 直後、リッパーとコルトの頭上十五メートルを真っ黒なガンシップが猛速度で通り過ぎた。リッパーはインドラ・ファイブのスリングを持ち上げ、マズルをガンシップに向けて光学スコープを覗く。

「友軍なら識別を出しなさい! ジャミングを掛けたフル装備のガンシップなんて誰が信用するの? トラックが見えた! BB! スティンガー照準!」

「ミス・リッパー! これは対空――」

「当たれば何でも一緒よ! ガンシップのパイロット! ジャミングを解いて減速! 警告はこれが最後! 言う通りにしなければ狙撃する! こんな近距離、こっちのライフルはハイパーカーバイド装甲を抜けるわよ? アナタと前の奴の頭に多重照準してる! ついでに燃料タンクもね、オーバー?」

 ハイウェイにトラックらしき姿が見えた。コルトはガンシップに備えて両手をシングルアクションリボルバーに添えて、マリーのライフルはトラックを向き、BBは対空ミサイルを必死に抱えている。

「ミス海兵! ジャミングを解くのはいいが、ハイブはいないんだろうな? 長距離専門のハイブ相手に丸裸はご免だ!」

「三十キロ圏内にカーネル反応なし! そっちのレーダーでも解るでしょうが! 識別とジャミング解除! あと五秒! ――」


 キャプテン・リッパー率いる放浪艦隊の旅はまだまだ続くのだが、そのお話はまた別の機会に……。


『放浪艦隊へ捧げる鎮魂歌』……おわり

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放浪艦隊へ捧げる鎮魂歌 @misaki21

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