Prelude episode

「おー……!お洒落だね!」

「ええ……。」

 再会してから一年が経った日。水咲みさきさんは、ぼくの地元のバーを前に、目を輝かせていた。

 彼女がお酒を飲めることは、随分前から知っていた。だから、もし一緒になることができたら、一度はここに来たいと密かに思っていたのだ。

「ぼくの知り合いの弟……が経営しているんです。今日は、ヘルプでその友人もいるらしいですが。」

「なるほどねぇ〜!楽しみ!」

 普段よりも気合を入れてお洒落をしている彼女が、キラキラの笑顔を浮かべていた。その顔に嬉しくなって、ぼくも気持ちの高揚を感じだったあと、ぼくはバーのドアを押した。


「あっ、飯縄いいづなさん!」

「久々だな。」

 ぼくの友人……坂北さかきたつかさと、その弟のたかくんが、ぼくに手を振った。

「久しぶり。二人とも元気そうだね。」

 手を振り返すと、司は困ったように笑った。

「お前に言われたくないけど……お、此方が、例の彼女さんか。どうも、花束の友人の坂北と言います。」

「はじめまして!石口せきぐち水咲みさきです。」

 彼女も、笑顔で司に挨拶を返してくれた。暫く立ち話をしたあと、美貴くんから「では、そろそろお掛けください」と、座るように促された。


「……お待たせしました。ブルーラグーンになります。」

「ありがとう。そのグラスは、彼女にお願いします。」

 当然ではあるけれど、美貴くんの、バーテンダーとしての立ち姿は見ていて新鮮だった。初めて会ったときには、彼はまだ高校生だったので、不思議な感じだ。

 そんなことを考えつつも、水咲さんに渡されたグラスを確かめる。

 ……うん。大丈夫。ぼくが頼んだ通りにしてくれた。

 目線で、美貴くんにお礼をいう。美貴くんも、にっこり笑って返してくれた。

「青色!綺麗だね……!」

 水咲さんは、じっとグラスを眺めている。……すると、彼女が何かに気付いた。

「あれ?これって……。あれ!?」

 彼女が、バッとぼくの方を見る。どうやら、気付いたみたいだ。

「花束くん、ねぇ、これ……!」

 顔を赤く染めながらそう言って、彼女はグラスを指差す。そのグラスには、暖かく光る指輪が沈められていた。

 ……これを思いついたとき、最初は、やめようかと思っていた。衛生上よろしくないのではないか、という疑問もあったし、仮に一気飲みでもされたらそれこそ終わりだから。

 でも、世の中には指ぬきやコインを入れたクリスマスプディングと言うものが存在しているし、彼女は潔癖ではないと知っていたので、一か八か、やってみることにしたのだ。

「……受け取ってくれますか?」

 水咲さんの目をじっと見つめる。彼女は、目に涙をためたあと、しっかりと頷いてくれた。

「はい……喜んで。」

 その言葉に、ぼくは笑って、彼女の涙をそっと拭った。

「これから先、全力で貴女を守ります。……ぼくはもう、逃げません。幻想からも、現実からも。」


○○○○○○○○○○


「ごめん、今、空いてる?」

 彼女の涙が落ち着き、ぼくも彼女も改めてカクテルを注文した。そして、それが出来上がるのを待っている最中、一人の男の声が聞こえた。

「おー、好きなとこ行け。……飯縄さん、お客さん入りますね。」

 美貴くんの声に、ぼくも水咲さんも頷く。……のだけど、一人の男の声が「えっ!?」と、驚愕の音を示した。

「……飯縄先生!?」

「え?」

 思わず、その声に振り返る。見ると、スーツを着た一人の男と、色濃いルージュの綺麗な女が立っていた。

生坂いくさか……先生。」

 そこにいたのは、あの学校の社会科教師、生坂いくさかしょう先生だった。彼も、ぼくの方を見て、目を丸くしている。

「お久しぶりです……。」

「こんばんは……。」

 暫し顔を見合わせたあと、なんだか少し面白くなって、二人して笑ってしまった。二人の女性も、ぼくたちの反応から何かしらを察し、微笑んでいた。


 なんだか、とても時間が穏やかに、そして、幸せに思えた。

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ブルーラグーン 一つのグラスに二人の夢を。 水浦果林 @03karin

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