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概要
いくら私が誘惑したところで指一本触れないじゃありませんか。
『これで失礼いたします。』立ち上がろうとしたとき、隣に座っていた夫人の指がシャツを引いた。『もう行ってしまうの、何故もっと長くここに居てくれないの。』夫人の美しい顔が曇っても良い返事はせずに優しく彼女の手を引き剥がした。真夏の暑い午後、パナマ帽を被った男はさっきまでいた屋敷を振り返る。熱い情事などほんのひと時で終わってしまう。ポケットに手を突っ込むと歩き出した。新緑が美しく海が近いせいか潮の香りがする。舗装されていない小道に入り森の中を歩いていく。潮時かな、と夫人の顔を思い出す。美しい彼女は夫との間に子供が出来ずに悩んでいた。どこの馬の骨と知らぬ男と知りつつ、それでも情事を楽しんでいたろうか。男など簡単に逃げてしまえるのに。彼女の夫は優しい男で間男の自分にすら親切に接してくれた、あれを愚かというのか他に言葉が見つからない。
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