第6話 悪い予感の朝

「…………」

翌朝目覚めた時、シャルロッテは悪い予感がした。気分が悪いわけではない。むしろ何か充実感すら感じる。だがそれそのものが悪い予感なのだ。


ふよふよ


「…………」

シャルロッテは部屋の中を漂うその女を見て予感がほぼ確信に変わった。


にこにこ


「あなたまたやったのね……?」

シャルロッテはそう声をかけたが無論返事はない。


その女は見た目が変わった訳ではない。ただ誰がどう見ても明らかに変わっていた。その顔はご馳走をお腹いっぱい食べたような満足感と惚けがあり、その肌は瑞々しく潤いに満ち、その全身からはけだるさと共に充実感が漲っていた。


「誰?ヤーデン卿?クレイガーさん?」

シャルロッテはそう問い詰めたがもちろん返事はない。この女はシャルロッテの言葉に一切反応を示さない。しかし何故かシャルロッテだけに見え、シャルロッテの部屋に居つき、そしてシャルロッテの知人男性に──ああもう!どうしてなの!?


「イザベラ!」

シャルロッテは声を上げて使用人を呼んだ。


「おはようございますお嬢様」

待機していたイザベラはすぐに部屋に入ってきた。


「何かニュースは入ってきてない?」

シャルロッテはいそいそとそう訊いた。


「ニュース?戦争のですか?」

イザベラはそう訊き返してきた。


「ああいいのごめんなさい」

シャルロッテは作り笑いを浮かべた。


シャルロッテは冷静さを取り戻した。起きてすぐに悪い予感の兆候があったので慌ててしまったが、もしナニかが起こってもそれは昨夜の深夜の筈だ。今朝すぐにそんな情報が入ってくる訳がない。むしろ後で何かしらの連絡があった時に「何故この事を知っていたのか?」という疑問が生まれる。ここは寝ぼけを装うのが最善だ。


「ごめんなさい、変な夢を見ちゃって」

シャルロッテはそう弁解した。


「お疲れでございますね」

イザベラは心配の笑顔でそう言ってくれた。


むちむち


「……ええ、少し疲れたのかな」

シャルロッテは漂う太ももを見ながらそう言った。


にこにこ


「ご主人様がいらっしゃれば……」

イザベラはそう言って視線を落とした。


ふよふよ


「…………」

イザベラが視線を落としたのでシャルロッテは思いきりへの字口をした。


そうね。父上が居れば私は借金のカタにウィンスロン公爵と結婚して、競売の企画どころか自由に出歩く事もできなかったでしょうね。イザベラにこんな嫌味を言ってもしょうがない。旧弊の彼女はそれが女性の幸せだと思っているのだから。


シャルロッテの父は死んだ訳ではない。凶作による領地の不況から目を逸らし、民衆を徴兵して王国騎士として従軍した挙句、当地で療養中という体裁で一向に帰ってこないだけである。普通従軍中に長期に渡る病気を患ったならすぐに戻される筈だが。


だが彼女は父の不在によりふたつの目的を達成しようとした。ひとつは事業を立ち上げて家の財政健全化、ひとつは恋仲のアランと結ばれる事である。


そのささやかな目標は、だがやはり一筋縄では行かず、当のウィンスロン公爵からの支援なしでは立ち行かなくなった。そしてシャルロッテはこの状況を都合よく解決するある夢想を思い描くようになった。そして神か悪魔かがこの女を遣わせたらしい。


しかしどうもこのふよふよ女は、事態を全く解決に導かず、むしろ悪いほうへ悪いほうへと導くだけの存在にしか思えないのであった。

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