第4話 勇退する伯爵
「ご協力に感謝致します、ヤーデン卿」
シャルロッテは本当に心から深々と頭を下げた。
「……いや、いいんだ」
ヤーデン卿は車椅子に乗り、身体を震わせながらも優しい笑みを浮かべて言った。
「…………」
シャルロッテは館の内部を見て言葉を続けられなかった。お屋敷の中にはもう家財道具はほぼない。最後まであった立派なクローゼットセットは、チャリティ・オークションへ提供するために、今まさに運び出されている真っ最中なのだ。
「こうしてみると広いものだ」
ヤーデン卿はもうご自身の中で過去との決別がついて居られたのだろう。その言葉にはむしろ意外な発見をしたかのような愉快な驚きを感じさせた。
「元からとてもお広いですわ」
シャルロッテはかろうじてそう言うだけだった。
20年も昔に爵位を息子に譲り、その息子が早世し、さらにその孫までが早世して跡継ぎが全滅したとなってはさすがに爵位を奉還するしかなかった。世間はヤーデン卿の勇退を褒め称えたが、実はシャルロッテには少し気がかりがあった。
ヤーデン卿の唯一の男子直系であったユーレフは優しく誠実な男で、アランがあのようになって以来、彼を心配し、シャルロッテを支えた男だった。少なくともユーレフ側には下心はなかったように思えるが、シャルロッテは彼に依存する心が生まれた。
「まさかユーレフがあんなすぐに亡くなるとは」
ヤーデン卿はそう言って鼻で溜息をついた。
「……お父上の病が感染ったのかも知れません」
シャルロッテはヤーデン卿を慰めるためと、彼女自身が思い当たった事を隠すためにそう言ってヤーデンの掌を撫でた。正直に言うとこれもまた危険かと思ったのだが、ご高齢のヤーデン卿が仮にああなったら、むしろ大往生ではないかとも思った。
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