生徒会長のお世話係

K-enterprise

成長率十倍の男

「次は、おっ、これでラストだな」


 そんな声を発する担任に、次から次へと書類を渡され、記載内容もすでにゲシュタルト崩壊を越えて、記載されていない幻覚のような何かが見え始めるころ、漸く苦行から解放さると察し、要女かなめは正気を取り戻す。


「一体何枚あるんですか、もー」げんなりとした顔を隠さず要女は不平の声を上げる。

「まあそう不貞腐れるな右葉月うばづき、これにサインすれば今日のところは解放される」


 担任は苦笑しながら要女にA4サイズの書類を渡す。


「……法務大臣? って……ちょ! これホントになんなんです?」


 要女は、油断してホッとしていた精神に強打を浴びせられ、つい大きな声を上げる。


「県知事や県警トップが発行した誓約書にサインしているのに、今さら法務大臣が来たって驚かないよ」


 要女の隣に座る男は丁寧に文面を確認し、サラサラと達筆な文字で“刀口人吏かたなぐちひとり”と署名しながら呟く。

 要女は、憧れの人吏ひとりと一緒の係に任命された喜びはとっくに消えて、今は得体のしれない薄気味悪さを感じていた。


「人吏くんはおかしいと思わないの?」

「ウチの学校の特殊性なんてそれこそ今さらだからね。その生徒会のお世話係なら、このくらいの手間は仕方ないと思うよ。それに、本校の英知である生徒会に関われるチャンスなんだ。僕はこの程度の手続きだけで済むことを僥倖に思うね」


 高校一年の三学期、秋から発足した新生徒会の雑務を持ち回りで担当することになった一年二組は、ホームルームの時間にクラス委員長で秀才の刀口人吏かたなぐちひとりと、副委員長の右葉月要女うばづきかなめを選んだ。

 もっとも「刀口と右葉月がいいと思うんだが、異論はあるか~?」という担任の意見に誰も反論せず、生徒会雑務、通称“お世話係”は起案から数秒で決着したのだが。

 人吏と要女はクラス委員ということもあり、恐らくこうなるだろうなと予想をしていたため異論はなかった。

 クラスメイトは、この一年でそれなりに息の合った二人であれば問題ないというか、いい加減早くくっつけ! と野次馬根性、親戚のおばちゃん感覚で二人を見守っていた。というか進展しない関係にイライラしていたので、こういった機会に二人を送り込むことは、面倒事も避けられて一石二鳥だった。


 という訳で放課後、担任に居残りを命じられた二人がまず行った共同作業は、誓約書にサインするという謎の行為だった。

 曰く「当該担当職務を遂行するに於いて、知り得た情報を喧伝しないことを誓え」という趣旨のことがびっしりと書かれた誓約書なのだが、なぜそんなものが必要で、挙句の果てには法務大臣とか、もうすでにこんなことを親や兄弟に話したって誰にも信用してもらえない虚構の世界に紛れ込んだような気分を、少なくとも要女は感じたが、人吏の言う“ウチの学校の特殊性”という言葉で、まあ、確かにと納得してしまっていた。


 私立天立あまだて高校。

 歴史は古くはないが、財閥や新興企業などの資本が入った、先進的な人財を育成することを理念に掲げ、設備や教師陣などにも惜しみない費用が投入され、多くの卒業生が活躍している事実が、形式や格調だけの学校でないことを証明していた。

 しかも在学中にかかる経費が一般的な高校の一割ほどという、経済的負担の少なさも人気に拍車をかけた。

 とはいえ入学に必要な条件は、学力だけではなく厳格な面接による人間性の精査が重要だった。

 入学希望者の資質で一番重要な項目を一言で表すならば「他人の尊厳を配慮できる人が前提なんだって」と噂されるほど、人格者であることが求められていた。

 そういった人材が集められているからだろうか、意見の違いによる議論や口論はあるにせよ、他人の人格や趣味嗜好といったものを脅かす人間関係は皆無だった。

 これも選民思考の一種である! などと揶揄されることもあったが、生徒もその家族も大変満足しているので、ゴシップのネタになりそうな醜聞自体が存在していなかった。


 ただ、生徒会は別だ。

 生徒の自主性を重んじる教育方針の中で、生徒の代表を務める生徒会の意向は、校長や理事長以上の決定権を持っていた。

 その特徴の一つが、入学式と卒業式以外の行事全てが、生徒会主催で行われ、その全てが行事予定などに記載されていないということだ。

 例を挙げると「明日、体育祭を開催します」、「今夜、キャンプファイヤーを催します」、「生徒会が開発した生成AIの学会発表に参加するため、全員で来週ハワイに行きます」という突発的なゲリラ行事の数々が、生徒会の特殊性を物語っていると言えよう。

 生徒は、不慣れな内はそれらに戸惑いも覚えたが、慣れてくると様々な憶測や予想すらも学校生活の楽しみの一つに含まれていった。

 一般生徒は、そうやってサプライズを堪能できる。

 そして、どんな突拍子もない行事も完璧に運営する生徒会に無条件の賛辞を送ることができた。

 そう。一般生徒は享受するだけで良かった。

 それを実際に運営する生徒会の苦労とは、いったいどれほどのものか、誰もが口にしなくとも、多くの生徒が「ぶっちゃけ関わりたくない」と思っていた。


「ところで先生、お世話係って具体的に何をするんですか? やっぱり行事のお手伝いなんですかね? わたし、夜遅くなるのはちょっと」

「夜のバイトでもしてるの?」


 最後の誓約書を担任に渡しながら要女が聞くと、人吏が不安そうな顔で口を挟んでくる。


「バイトはしてないよ。両親が共働きで、夕飯はわたしの仕事なの。小五の弟も面倒見なきゃだし」


 要女は、人吏が一人で行事を進める不安を感じていると解釈し、弁解するように答えた。

 人吏はその答えに少し安堵した顔を見せながら。


「その辺は大丈夫だと思うよ。お手伝いと言っても限定的だと思う」と言った。

「まあ実際の活動内容は、実際に聞いてみるんだな。この誓約書が確認されて問題なければ明日のお昼休みに生徒会室に招集されるからさ」


 要女は、人吏がなぜそんなにはっきりと答えられるのか訝しんだが、続く担任の言葉に頷くしかなかった。

 担任は書類をまとめ「気を付けて帰れよ」と手を上げながら教室を出て、要女と人吏も帰り支度を整え教室を出る。


「人吏くんはさ、生徒会の構成員って知ってるの?」

「さあ……分からないけど」


 要女は少し歯切れの悪い反応が気になった。


 生徒会の人事は謎に包まれている。

 生徒会長こそ、現在は二年の佐藤大翔さとうはるとと言う名前であることは公表されているが、どんな人物なのか誰も知らないらしい。

 二年一組に在籍しているはずだが、誰もその姿を見たことがなく、流行りのAIが試験的に生徒を演じているのではないか? などと噂されるほどだ。

 まあ、これまでの生徒会長も不思議な人物が就任していたそうだが、今回の秘密主義は過去最高クラスと言えるとのことだった。


「でも、なんでお手伝いじゃなくてお世話なんだろうね?」

「……きっとたぶん、世話が焼ける相手なんじゃないかな」

「そんなことを言いつつ、人吏くんは楽しみなんでしょ?」

「まあ、ね。この学校最高の英知に関われることは、本校の生徒として名誉なことだと思うよ」


 要女にとって不安を感じている“お世話係”だったが、淡い恋心を抱いている人吏がこれだけ前向きに向き合おうとしているのであれば、生徒会はともかく、出来る範囲で彼をフォローしようと決意を新たにした。



◆ ◆ ◆



「私がこの学校の生徒会長を務めている佐藤大翔さとうはるとだ。よろしく頼む」


 大御所声優の如き渋い低音が耳に心地いい。

 だが、要女かなめ人吏ひとりの前にいる人物が発している声としては似つかわしくなかった。


「自動音声とか、腹話術ですか?」

「地声だ。すまんが慣れてくれ」


 要女が遠い目をしながら聞くと、確かにその人物が苦笑しながら答えてくれた。

 とてもジェントルマンというか礼節のきちんとしている人格者という印象を受けたが、その風貌は乳児だ。


「あの、佐藤さんはおいくつなのでしょうか?」

「生後二十か月とちょっとになる。なあに安心したまえ、脳は十倍で成長しているから実年齢は十七歳だ」


 そんな道理が通用するのだろうか。ていうか乳児が生徒会長⁉ と要女の心の中は暴風が渦巻く。


「それで僕たちは何をすればいいのでしょうか?」

「ちょっ! 人吏くん? そこなの⁉」

「そこ、とは?」

「え、だって、この人、赤ちゃんだよ?」

「普通に話せるし、歩いているけど?」


 え、何が問題なの? というキョトンとした顔の人吏の両肩を掴み正面から見ながら要女は表情だけで“正気か⁉”と問いかける。


「まあまあ落ち着きたまえ右葉月うばづきくん。君の懸念も実に真っ当なものだ。私の体は年相応でね。やっと掴まらずに歩けるようになった具合だ。ただ、どうしてもまだ食事と排泄に関しては他人の手を必要としているため、そういった世話を頼みたいというのが基本的なお願いになるね」

「食事……排泄……」会長の言葉に要女は呆然と呟く。

「特に排泄に関して言えば、粗相すれば人の尊厳を簡単に損ねてしまうものだからね」


 乳児の佐藤会長はそう言ってウインクをした。


「分かりました。僕たちは会長の上と下をフォローすればよいのですね」

「いや、だって! 普段は、普段はどうしているんですか? わたしたちが四六時中お世話をするんですか?」


 人吏の理解力に眩暈を覚えた要女は、掴んでいる人吏の両肩をガクガクと揺すりながら声を上げる。


「ああ、言葉足らずだったな。普段はもちろん家族の世話になっているのだが、どうしても家族には内緒で出かけたい先があってね。君たちにはそこまで私を連れて行ってもらいたい。その道中の世話を頼みたいのだ」


 曖昧としていた不安感が、急に限定されたお願いに収束し要女は急速に冷静になれた。


「そ、そういうことでしたら、なんとかお世話ができるかもしれません」


 異常事態に瀕し、脳が落としどころを得ると理解力が戻る。要は現実が返ってきた要女は微笑む余裕も生まれていた。


「それで、出かけたい先とは?」人吏が答えを促す。

「ああ、R-15指定の映画に連れて行ってくれたまえ」


 生後十七か月の乳児は、玉のような頬を朱色に染めて年相応の笑顔で告げた。



◆ ◆ ◆



「いやあ、すごい映画だったな! 新進気鋭の監督でこれが三本目なんだがな、着実にアカデミーに近づいていると確信できたぞ」


 人吏が押すベビーカーの中で佐藤会長はご満悦だ。


「ねえ、人吏くんはあの映画、どうだった?」


 血が噴き出る、猟奇殺人鬼が出る、救いの無いバッドエンドはまだ良いとしても、長尺で延々と流された濡れ場は、全体的に暗く視覚情報が少ない代わりに、音声がしつこくねっとりして、想像力豊かな思春期の若者には拷問のような時間だった。


「……あの監督は狂っているとしか思えない」

「だよね! でも良かった」

「……なにが?」


 口数も少なく、青い顔をしていたから苦手だろうとは思っていたが、ご機嫌な佐藤会長に同調せず本音を吐き出す人吏を、要女は嬉しく思った。


「おいおい聞こえているぞ? それにしても二人はお似合いの若い夫婦に見えて、子ども役の私も気分がいいぞ」


 ベビーカーの中から並んで歩く人吏と要女を見て、佐藤会長はニヤリと笑う。

 人吏と要女は顔を見合わせ赤面する。

 元々、お互いのことを気にしていて、恋心の萌芽のようなものを感じ始めていた二人だったが、穏やかな学校生活の中で関係を進める機会を得ることができなかった。

 なんとなく、このままでいい。

 お互いが両想いの関係であっても、付き合うことでバランスが崩れたり、踏み込み過ぎて壊れたりすることを怖く思っていたのも事実だ。

 始まれば、必ず終わりがあるものだから。


「もう、佐藤会長はからかわないでください! それで、もう学校に帰っていいんですよね」


 踏み出す勇気を見つけられない要女は話題を変える。


「いや、せっかくだからな、普段食べられないものを食べに行こう」

「どこに行きますか?」人吏の問いに。

「そうだな、もんじゃ焼きにしよう」佐藤会長は即答である。


 それは普段食べられないとかじゃなく、乳児だから食べられないのでは? と要女は思ったが、人吏と鉄板を挟んで食べるもんじゃ焼きを想像し、それは悪くない選択だ。と笑顔を浮かべる。


「それじゃあ、わたしの知ってるお店があるので、そこに行きましょう」


 要女は人吏が押すベビーカーのハンドルを半分奪い、本当の家族のような雰囲気をまといながら、店までの道を歩いた。


 ただ、この付近は要女の生活範囲でもあり、すれ違う人やもんじゃ焼き屋の常連などから「いつ産んだんだ?」と質問攻めにあう。

 当事者である佐藤会長は一般的な乳児を装い、人吏と要女は誓約書の内容を思い出しながら本当の事も言えず、知り合いの子どもを預かっていると弁解する羽目になった。

 途中、会長も空気を読んで合わせてくれたのか、要女の母乳をせがむ演技をして、人吏が他の人に見えない位置で会長の頭を張り倒していたのが印象的だった。


 非常に疲れた時間を過ごした二人だったが、いつか遠くない未来の出来事を前借りしたような気分になって、これから進む将来の解像度が上がっていた。

 子どもがいて、隣にいる人はどんな人がいいか。

 佐藤会長の上下の世話はそれなりに大変だったが、全裸の会長の堂々とした態度もあり、恥ずかしく思う間もなかった。


 そうして、早熟な天才を街に連れ出すというミッションは無事に終了した。



 ◆ ◆ ◆



「活動意欲がもりもりと湧いてきたな。よし、明後日から文化祭を開催しよう。クラスの出し物はお化け屋敷に限定だ」


 生徒会室に戻ってすぐ、佐藤生徒会長は不穏な発言をする。

 要女はその言葉に突っ込みたかったが、時計を見て二人に声をかける。


「あのすみません。そろそろ16時なので、これから学童に弟を迎えに行かなきゃなので、これで失礼します」

「ああ、すまない。今日は若奥さん役の君のおかげで、普通の乳児を装うことができた。心より感謝する。さあもうお帰り。やりたまえ」


 生徒会長用の机の上に置いたベビーベッドで胡坐をかいたまま、佐藤会長は要女に頭を下げる。なぜか弟さんをの部分を強調して。


「そんな、頭を上げてください。わたしの方こそ、なんだかとても楽しかったです。なにより赤ちゃんっていいなって思えました。あ、人吏くんもお疲れ様、じゃあ先に帰るね、バイバイ」


 若奥さんと呼ばれ、赤面した要女もあたふたと答え、生徒会室を出て行った。


「……兄さんにはもったいない娘じゃないか」

「お前にはやらねえぞ」

「いや、彼女の私を見る目は、なんだか上気して色っぽかったぞ?」

「いや、それ乳児に対する普通の対応だから」


 残された二人は、真顔で声を掛け合う。


「ほう、私にそんな口をきくとはな、大翔ひろと! 頼む一肌脱いでくれ! と泣きついてきたのはどこの誰なんだか」

「な、泣きついてなんかいないだろ? もう一押し、何かきっかけになるアドバイスをくれって言っただけだ」

「映画も見れて、食事もできた。いいデートだったじゃないか」

「僕の嫌いなエログロ映画を選び、わざと要女さんの生活圏に誘導しやがって……」


 乳児がニヤリと笑い、人吏は強がるように腕を組み窓の外を眺める。

 ちょうど、要女が急ぎ足で校門に向かう姿が見えた。


「まあ、親が離婚したとはいえ、兄弟であることには変わらんからな、ここは弟としてもう一押しアドバイスをやるとしよう」

「アドバイス?」

「いいか? 普通こういう場面では女性を一人で帰さないものだ」

「いや、だってお前こそ、どうやって帰るんだよ」

「学校の英知、日本の宝である私に、保護者がついていないとでも?」


 佐藤会長が笑うと周囲に急に人の気配が増え、人吏は改めて弟の影響力や権力を実感することになった。


「私をダシにデートまでこぎつけたんだ。後は自分でケツを拭くがいいさ」

「自分の尻も拭けない乳児が何を言ってやがる。でも分かったよ、僕、要女さんの後を追うよ」


 人吏はこれまで人任せにしていた決断を振り切り、やっと自分の判断で動き出すことができた。


「やれやれ本当に世話の焼ける兄さんだ」


 人吏が去った生徒会室で夕日に照らされた佐藤会長は小さく笑った。





―― 了 ――

 

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生徒会長のお世話係 K-enterprise @wanmoo

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