えぇい! アオシマ、殴ってしまえ!

 編集者アオシマは担当作家の出版記念パーティを終えた翌日、作家本人から「この作品は盗作だ」と知らされた。既に出版日は決定している。何故盗作したのか、何故このタイミングなのか。
 作家・我那覇の告白から始まるミステリー作品です。

 導入から衝撃的な書き出しがなされ、これは凄いと感じざるを得ませんでした。我那覇の独白、アオシマの困惑。私もその場に居合わせたかのように思わせる、臨場感溢れる描写と表現。

 たとえばアオシマの『気分が乗った日』に行われる『モーニングルーチン』。丁寧に描写された『それ』が、我那覇の告白により駄目になってしまいます。
 駄目になりそうなのはそれだけではありません。出版記念パーティまで行った『作品』自体が駄目になろうとしているのです。

 私も末席ながら小説書きに身を置く者。この物語は読者が『小説に携わる者』であればあるほど、引き込まれてしまいます。

 そして物語は進み、アオシマは共犯関係に身を置いてしまいます。その心理描写は見事です。
 プレッシャーから逃れ、保身に走る。誰しもが経験、またはその誘惑に駆られたことがあるはずです。アオシマに感情移入し、自身を重ね合わせて読んでしまう。

 その仕掛けがまた巧妙なのです。

 シーン4 [アオシマ]にて、我那覇は読書家俳優との対談で『作品について作者が語る内容はネタバレではなく、すべて演出です。』と言っています。
 あらすじや宣伝で自作品を語る時、『作家』は演出を意識し、『読者』はそれを読んで判断する場合があるでしょう。この記述からもこの作者様の『仕掛ける視点』が確たるものだと感じました。

 そして小道具やワードが素晴らしい。

 シーン2 [アオシマ]の『モーニングルーチン』、シーン10 [アオシマ]の『マインドマップ』や『特別な料理』。シーン6 [我那覇]での、作中作である『ファントム・オーダー』の扱い方。

 この『ファントム・オーダー』が魅力的なのです。

 登場人物を『ブレードランナー』のアンドロイドや『沈黙の春』の作者と絡める台詞廻し。SFが近未来ならば、『今』起こっていることはその近未来に影響を与えるのではないか、という『思想』が見え隠れします。
 『ええ、僕は人間を信頼しています。真実を知れば、人間は変わります』と書かれていますから。

 思想信条、背景の一部。どのように受け取るのか、読み飛ばすのかは読者に委ねられます。

 作中の登場人物は絞りに絞られ、我那覇とアオシマを含め、主だった人物は片手で収まります。
 その中でもシーン5 [アオシマ]に登場する編集長・金田の、逞しいというべきか図太いというべきか、こうでなくては務まらないのだろうなと思わせる人物像は秀逸です。
 まさに『猛獣使い』。


 そうそう。ここで私も告白しましょう。
 私はこの『亡霊の注文』を読むのは三回目です。いえ、厳密には二桁に及びます。この掴みどころのない、のらりくらりとした『我那覇』。作者様があちこちに潜ませた仕掛け、魅力的なワードがこの作品の魅力でありながら、『解像度』を上げれば上げるほど作者様に踊らされる。


 シーン2 [アオシマ]にて、我那覇はアオシマに『殴ったりしませんか?』と問い、アオシマは『しませんよ!』と答えます。

 今、私がその場にいればこう言うでしょう。

『えぇい! アオシマ、殴ってしまえ!』と。

 え? どちらの『我那覇』を、ですか?
 ふふふ。それはもちろん――。


 今回は文字数の都合もあり、第一部だけのご紹介となりますが、第二部はまた違う『危うさ』のあるストーリーとなっております。

 10万文字少々の作品ですが、読み応えばっちりです。
 お勧めです。
 ぜひご一読ください。

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