「花果の国」に親善大使として訪れた「城塞の国」第12王子のノーアは花の絵に誘われて少し不思議な青年と出会うという、BL的な要素を含む物語です。
この物語で私は二度、衝撃を受けました。
最初の衝撃は書き出し。
一人称で始まる物語の流れが、三人称へと切り替わります。違和感なく。物語の進行に不自然さを感じることがありませんでした。導入から引き込ませる技量の高さに、私は一旦ページから目を逸らしてしました。
ですが、やめる選択をすることができません。
何故か。
それは『私に向けて』語られた、その世界観に魅了されたからです。厳密にはキャラクターを通した『読者への語りかけ』。それが見事に功を奏し、私に向けられたのだと感じさせました。
文章のリズムが心地良く、出てくる単語や名称に興味が惹かれます。
たとえば『水泡の国』、『羊蹄の国』。その外国を『外つ国』と表現されています。カタカナで書かれている『ルノーワイン』や『キャラバン』も和訳は容易でしょう。
そして『バザール』。市場や蚤の市とは表現されませんでした。
あえてカタカナと漢字を使い分けたとしか思えません。
ここで私はある国を思い出します。それはペルシア。ファンタジーの、ある意味では王道ともいえるヨーロッパとアジアの間に存在した帝国。
様々な文化圏が存在するのだと暗示するために、カタカナと漢字とで分けたのではないかと感じます。
主人公・ノーアが飲んだ『シロップ割り』。果汁シロップも多くの国で作られてますが、私はここでも何故か中東の、糖度のとても高いシロップを想像してしまいました。
こうして、読者の想像を刺激するような単語や表現を巧みに使い、登場人物たちが会話をしながらストーリーや世界観を少しずつ提示していきます。
ノーアは城塞の国の第十二王子ですが、時に疑惑を浮かばせる行動を取ります。親善大使として花果の国を訪れていますが、その花果の国にも秘密がありそうです。
怪しい行動の理由を少しずつ匂わせながら物語は進み、ノーアはいろいろな人物と出会います。まずは王に、次いで小間使いヨアンに。そしてノーアは王宮内に気になる『しみ』を見つけ、青年と出会います。その青年は第一王子スヴェン。不思議な出会い方です。
その後、第四王子ベルンハルドとその従者エーミルとも出会い、ノーアは王族たちとの関係性を深めていきます。
作者様の知識量は実に豊富で、それらは小道具や設定に表れています。知らない物、わからない物、それが気になる者は自身で調べろ、知っている者はそれぞれの知識で補えとばかりに、いちいち説明したりなどしません。だからこそ興味を惹かれつつも読みやすく仕上がっています。
そして様々な角度からキャラクターを表現し、会話の端々でそれぞれの人格を時に匂わせ、時に表に出し、命を宿らせます。
『からっぽ』という心の表現。
何かが欠けているのであれば、凹凸のように補え合える場合もありますが、底の見えない空虚は一体何で埋まるのか。
作者様の『心情表現』は実に見事です。
ノーアとスヴェン、ベルンハルドとエーミルの対比。これは単純な比較にとどまりません。
第3話-2 道しるべにて、『自分の本当の居場所がわからないまま、ここにいる。』というセリフの奥深さは、第6話-2 軌跡で
垣間見ることができます。
私の二度目の衝撃も第6話-2 軌跡です。
ノーアとスヴェンの会話を読みながら感じたことが、そっくりそのまま最終行に書いてありました。
皆様にも衝撃を味わっていただきたく思います。
ぜひご一読ください。