第22話 謎解き

 屋敷に帰ると、俺は掃除をした。料理ができない代わりに、俺は屋敷中をぴかぴかにすることにしている。

 そうしていると、疲れた顔のイリハと美法が帰ってくる。二人は少し休憩すると、料理に取りかかる。呪文を唱えて、食材を加工する。イリハ曰く「簡単なもの」であれば十分とかからずに料理は終わる。

 そして食事を済ませたら、今日一日で得られた情報を報告し合う。それが、ここ数日のルーティンになっていた。


「ミノリさんのおかげで、魔王の居場所が絞れてきたんですよ!」

 イリハはどこか誇らしげに語った。その横で、美法もドヤ顔している。

「どういうことだ? 魔法でも使ったのか?」

「いや、人探しの魔法なら、軍人にも使える。だが魔王は結界を張ってそれを防いでいるらしい」


 結界魔法もあるのか。


「それで困っていたから、私がアドバイスしたんだ。魔王はある日突然復活するのだから、それまで見かけなかった、古風な喋り方をする人間を探せばいいじゃないか、とな」


 魔王は大昔の人間だ。復活するたびにその時代の言葉を覚え直さなきゃいけない。翻訳魔法を使っても地の言葉は相手に聞こえてしまうから、そこで判別できるということか。

 考えてみれば簡単な話だが、人探しの魔法に慣れきっているこの世界の人達には思いつかなかったということか。まるでなろう系小説の主人公みたいなアドバイスをしているな、美法は。


「もっとも、魔王はそのことにとっくに気付いていたようで、かなり警戒しているようだった。だが、常に警戒するのは難しい」

「それで、たまに通報される目撃情報から、場所を絞り込んでいるわけか」

「そうだ」


 ちなみにその魔王の居場所だが、この国の西の辺境の方らしい。小さな村や町がいくつかあるだけで人口は少ないが、農場や牧場が観光地になっているらしく、「それまで見かけなかった人間」が現れても不自然ではない地域であるそうだ。


「それなら、見つかるのはもう時間の問題だな」

「ええ。本当ならもっと早く見つかったんでしょうけど……」

「なんで?」


 イリハは、失言した、という顔をした。


「いえ、その、ほら……この間まで、魔王はにいると思われていましたから」


 イリハは指でテーブルをつついた。

 魔王はテーブルにいた……わけではない。

 そうだ、魔王が復活してからしばらくの間、美法が魔王のフリをしてこの家に住んでいたのだった! それで本物の魔王探しが遅れたんだ!


「お前のせいで捜査が遅れてたのかよ!」

「ふん、騙される方が悪い。それに今、こうして魔王討伐に協力している。これでチャラだ」


 チャラにはならんだろ……。

 相変わらず生意気な美法は、誤魔化すように俺に話を振った。


「楯太郎はどうなんだ。魔王を倒す方法は見つかったか?」


 そうなのだ。俺は元の世界に帰るために、単身で魔王を倒さなくてはならない。

 教会や図書館に行って、その方法を必死に探しているわけだが……。


「いや、無理だ」

 俺はきっぱりと答えた。

「何をどうやっても、俺は魔法を使えるようにはならない。だから魔王に対抗する手段もない」


 強力な魔法を使える魔王に対抗するには、それ以上に強い魔法を習得しなくてはいけないだろう。だが、俺にそれは不可能だ。


「あの女神は、俺には翻訳以外の一切の魔法を使わせない気なんだ」

「やはりそうなるか」

「神様への信仰心は関係なかったんですね」

 イリハはしょんぼりしていた。

「俺は神の実在を信じているし、一度死んだところを助けてもらって感謝もしている。だから、魔法を使える条件は満たしているはずだ。にもかかわらず使えないのだから、これはもう、俺が異世界転移してきたから魔法が使えないという以外に説明がつかない」


 あるいは、愛が足りないか。

 だが美法よりはあの神に好感を持っている自信がある。そして美法より魔法が使えないのだから、俺は神の作為で魔法が使えないのだと考えるしかない。


「でもそうなると、ひとつ矛盾が生じると思うんだ」

「矛盾?」


 イリハも美法も首を傾げる。俺は続けた。


使?」


「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。魔王は神の存在を否定する本を書いた。つまり。そして神を信じない者は魔法が使えない。よって三段論法から、魔王には魔法が使えないはずなんだ」

「……たしかに」


 イリハは納得したが、美法は足を組んで反論した。


「魔王自身は神を信じていたんだろう。自分以外の人類を騙すためだけに本を書いたんだ。だから魔法を使えた」

「だとしてもだ。魔王は人間を大量に殺そうとしていた。だが、神は愛されるために人間を造った。その人間を滅亡させるってことは、神を愛していないってことにならないか?」


 この辺のことについては、美法よりイリハの方が詳しかった。


「たしかに……事情にもよりますが、人を殺した人は、一般に魔力が下がります。もし大量虐殺なんてしたら、一生魔法を使えなくなるでしょう」

「すると、この世界には戦争がないのか?」

「まさか。国家間の争いはいつだって起きています」

「じゃあ、戦争で敵国の兵士を殺した人はどうなるんだ?」

「もちろん、魔力が下がります」


 魔法が使えないことは死活問題であるはずだが、俺達の世界でだって命を懸けて戦地に行くわけだから、同じことか。


「虐殺を指令した人物も実行した人物も、魔力が下がります。ですから、人類を滅亡させようとしたときも、魔法を使えなくなるでしょう」

「だがそうはなっていない」

 俺は食い気味に言った。

「これは矛盾だ。よって背理法から、次のことが証明された。すなわち、『魔王は人類を滅ぼそうとしなかった』または『神を信じていなくても魔法は使える』」


 二人とも考え込んだ。俺の思考もここで止まっている。この結論がいったい何を意味するのかが、わからない。


「後者はありえません」

 イリハが反論した。背理法は理解できずとも、俺が2つの事柄かを否定したことだけはわかったようだ。

「神を信じている、かつその場合に限り魔法が使えることは、何百年も昔から多くの魔法学者たちによって証明されてきたことです。今さら覆りようがありません」

 その点に関しては、俺から言えることは何もない。魔法に関しては素人以下だからな。イリハがありえないというのなら、ありえないのだろう。

「前者もありえないな」

 美法が足を組みながら言った。

「魔王が人類を滅ぼそうとしなかったのなら、なぜ魔王は封印されたんだ? 理由が全くわからない。それに、魔王が人類を滅ぼそうとしたという伝承も、なぜ生まれたんだ?」

「やっぱり、そうだよなぁ」

 理由もなく封印されることはないだろう。そして魔王は封印されている。したがって背理法により、魔王には封印されるべき理由があった。その理由として最も妥当なのは、人類を滅ぼそうとしたことだ。

 俺の思考は、ここで止まっているのだ。これらのことをすべて合理的に説明できる方法は、何かないのか?


 そのとき、イリハが、ポン、と手を叩いた。

「あっ、なるほど」

「何かわかったのか?」

「今のミノリさんの考え方も、ハイリホウですね!」

 なんだ、そっちか。

「私も少しずつ、ハイリホウの考え方がわかってきた気がします!」


 イリハは得意気だが、本当だろうか? もし本当ならすごいことだ。この世界の人間で、かつ背理法を理解している人間は、存在しないのだから。


「それと私、ひとつ思いつきました。魔王が魔法を使える理由について」

「本当に?」

「はい。だって、いるじゃないですか。魔法学の法則に反して、魔法を使えたり、使えなかったりする人物が」


 なんだ? どういう意味だ?

 俺と美法がぽかんとしていると、イリハはそんな俺達を指差した。


「お二人ですよ! お二人とも、信仰心とは無関係に、ミノリさんは最強クラスの魔力を、ジュンタローさんは最弱クラスの魔力を有しています」


 それは、つまり……。


「魔王は、異世界から来たんですよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界に行ったら背理法がなかった 黄黒真直 @kiguro

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ