僕の話

「今日はお招きいただきありがとうございます。母校でこうしてお話しできる機会をいただけたこと。心から嬉しく思います。僕の話を少しして、それから質疑応答にしたいと思います。


 僕は中学校の二年生までは掛け算や割り算なんか全くできなくって、漢字も書けなくって、それこそ、本なんて読むこともできなかったです。


 僕の母親はブラジル人で。父は火事で早くに亡くしてしまって。幼い頃は母親が働いてる工場の内職を手伝ってました。学校に行くよりも、母親の仕事を手伝ってお駄賃をもらってる方が良いなんて、思ってもないことを堂々と言うような子供でした。


 あの当時の僕は、自分で貯めたお金で読めもしない本を本屋さんに買いに行って、父親の遺品の本の横に自分で買った本を並べて、変な満足感で満たされた気になってました。


 でもある時、その本屋さんが閉店してしまうことになって。でもね、そこで気づいたんです。当たり前のことなんだけど、本を読めばいいんだって。買った本を読みたい。父親が残した本を読みたい。でも、僕は漢字が読めないし、難しい言葉も分からない。だからどうしても大渕堂書店が閉店する前に買わなきゃいけないと思ったんです。


 はい。

 それがこの国語辞典です。

 ははは。

 めちゃくちゃボロボロでしょ?


 当時の僕は、学校に行っても学びたいものなんてないと思ってました。何を学ぶべきなのかが、僕には分からなかった。でも、この国語辞典を買って、大渕堂書店の中にあるフリースクールに通って、本が読めるようになりたいと必死になって、夢中で勉強したんですよね。本が読めるようになると、興味の世界が一気に広がって、学ぶことが楽しくって仕方なくなったんです。奨学金制度を使って高校に進み、大学に進みました。そして、今に至ります。


 僕が宇宙飛行士になったのは、地元に大渕堂書店があったおかげなんです。


 中学生の皆さん。今はまだ将来なりたいものがなかったり、夢がなかったりする人もいるかもしれません。でも、忘れないでください。学びたいって思った時が、チャンスです。そこに年齢は関係ありません。

 

 自分の人生をクリエイトできるのは、自分だけです。

 誰かが決めた何かではありません。

 どうか、それを忘れないでください。


 僕の話は以上です」


 パンッと、武中健たけなかたけるは手を鳴らす。「なんでも答えます。質問のある人は手を挙げてくださいね」と、全校生徒に微笑んだ。

 

 


 fin

 

 

 


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大渕堂書店の閉店【感謝!カクヨムコン9短編特別賞受賞】 和響 @kazuchiai

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