第4話 君のためなら、僕だって
翌日、僕は体育館にいち早く来てシュートの練習をしていた。そこへヴィントが壁をすり抜けて入ってくる。今日は自分に透明の魔法をかけて学校に来てた。
「言われた通り、鳴川達の昨日の記憶を消してきたけど、本当にいいの? またパシられるかもしれないぞ」
「大丈夫。これは自分で決着をつけたいんだ。ヴィントと同じ魂を持ってるなら、きっと乗り越えられる」
「決意は固いか。わかった。頑張れ」
体育館のドアが開き、鳴川先輩と部員達が入ってくる。先輩は僕がボールを持ってることに気づくなり、凄い剣幕で寄ってきた。
「てめぇ、誰の許可でボールに触ってる!?」
「ぼ、僕だって、部員なんです。ボールに触るのは、普通です」
「補欠はアシストしてればいいんだよ! 飲み物買ってこい。人数分な」
ああ、怖い……足が震える……。でもヴィントはもっと怖いものに立ち向かってるんだ。拳を強く握り、大きな声で言う。
「お断り、します! 自分の物くらい自分で買えばいい!」
「なんだと!」
「どうしてもって言うなら、僕と
「勝手に決めんな! くだらねぇ。いいから早く行け! でなきゃ痛い目……」
「やらないんですか? 僕に勝てる自信がないんですね」
先輩が僕を突き飛ばし、ボールを奪う。怒ったヴィントが魔法を放ちそうだったのを、首を振って止める。僕が立ち上がると、先輩は舌打ちしてボールを床に強く打ちつけた。
「バカが。俺が負けるわけねーだろ! おい、ボード持ってこい! 始めんぞ!」
乗ってきた! もう後には引けない!
先攻は僕。鳴川先輩は巨木のような体でゴール前に立ってる。部員がピッと笛を吹き、試合が開始した。ボールを数回ついて駆け出す。カットしようと鳴川先輩の手が伸びる。かかった、フェイント! 重心を移動させて先輩の右脇を抜け、ゴールネットにボールを押し込んだ。
「水無月、一点!」
「風太、すげぇ上手い……」
そうだよヴィント、僕は上手い。一年で選抜試験を突破し、インターハイに出場した戦績を持つんだ。キャプテンの先輩からしたら、凄く危機感があったんだと思う。だからこんな目に遭わされるんだ。
「鳴川、一点!」
「水無月、一点!」
「鳴川、一点!」
試合は拮抗し、いよいよ最後の一点。ボールは、僕が先輩のカットに成功したから僕にある。ここで、絶対に決める!
ピッ。
笛が鳴った瞬間、先輩が急接近して行く手をふさいだ。まずい、こんなに近づかれると壁同然で身動きが取れない。先輩がボールを落とそうと手を伸ばしてくる。
どうすれば。カットされたら、きっと次は……。
「諦めるな、風太!」
その声にハッとする。そうだ、ヴィントは僕を信じて、手を出さずに見守ってくれてる。僕が諦めてどうする!? 左右が駄目なら、残る道は一つだけだ!
足を踏み出し、ゴールから離れるようにして鳴川先輩を振り払う。素早く反転し、ボールを投げた。大きな放物線を描き、ボールは吸い込まれるようにゴールの方へ。
パサッ。
ネットの揺れる清々しい音が響く。本来なら三点が入るロングシュートだ。やった、決まった!
「水無月、一点。勝者、みな――」
「ふざけるなァ!」
鳴川先輩が激高し、僕の方へ歩いてくる。何で? 勝ったのに? 怒りに任せて大きな拳が振り上げられる。
やばい、殴られる!
「何やってんだ、鳴川!」
「え、先生……?」
終わりだと思った時、いつの間にか来てた顧問の先生が鬼の形相で近づいてきた。振り上げたままの拳を掴み、先輩ににじり寄る。
「前からおかしいと思ってた。部員に暴力を振るうような奴にキャプテンをやる資格はない! スタメンも降格だ!」
「ま、待ってください! これには事情が……」
「言い訳なら指導室で聞く。皆は練習を続けるように!」
鳴川先輩は先生に連れられて体育館を出ていった。おかしい、ドアは大きな音がするから、開けば気づくはずなのに。不思議に思ってると、ヴィントがウィンクして外へ出ていった。僕は急いで後を追う。
ヴィントは誰もいない校舎裏でようやく止まった。
「ふぅ~、なんとか間に合った」
「何をしたの?」
「職員室で談笑中の先生をちょっくら召喚した。あとは成り行き。いい先生でよかったね」
「助かったよ。まさか負けた腹いせに殴りかかってくるなんて」
「皆が皆、風太みたいにいい子なわけじゃないの。勝利おめでとう! これで試合にも出られるね」
「うん」
鳴川先輩に立ち向かえた、そう思ったら力が湧いてくる。死のうなんて二度と考えるもんか。ヴィントに釣り合う人になるためにも。
「ありがとな、風太」
「お礼を言うのは僕の方だよ」
「いや、言わせてくれ。風太が頑張ってるのを見て俺も希望が持てたんだ。魂を共有してるなら、俺も風太みたいに優しくなれるかもしれない。そしたら少しは救いようがあるかなって」
「そんなの当たり前だよ。僕は何度も言ってる」
ヴィントはホッとしたように笑って、僕の肩を叩いた。
「殴られるのだって怖いに決まってるよな。ごめん、俺の感覚がイカれてた。風太は強いよ」
「ううん。やっぱり僕が弱かったんだよ。最悪殴られるだけ……とは割り切れないけど、臆病になってた」
「臆病じゃない。殴られても、人は死ぬ」
杖でノックするように空中を叩く。すると青いゲートが開き、蛍のような淡い光に包まれた異国の景色が覗いた。
「帰るよ。今夜、出撃なんだ。俺がいないと皆が困る」
「戦地に行くんだ……。死なないでね」
「風太の命もかかってるんだ。絶対に死なない」
ヴィントがゲートの向こうに入る。お別れなんだと思うと、急に寂しくなった。
「もう、会えないのかな?」
「戦争が終わったらまた来るよ。その時は俺の国を案内する」
「それ、凄く楽しみ! 期待してるよ!」
紙切れが燃えていくように、ゲートが閉じていく。最後にウィンクをして、ヴィントの姿は完全に見えなくなった。
生きよう、生きよう。僕と、魂を共有した彼のために。
For my soulmate 〜同じ魂を持つ君へ~ 星川蓮 @LenShimotsuki
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