第3話 君が僕を生かしたんだ
「ヴィント、入るよ」
家に帰ると、ヴィントは透明の魔法を解いてくれた。僕は盆に載せた野菜うどん二人前を持って部屋に戻った。ヴィントは元のローブに着替えて、ベッドで膝を抱えている。
「床でごめん。これ、ヴィントの分」
「風太が作ったの? すげぇ」
「冷凍うどんをゆでて、残り野菜をテキトーに入れただけだよ」
「旨そう。温かい料理……湯気だけで沁みる」
ヴィントはグーで握ったお箸で器用に麺を持ち上げて口に運んだ。ただ薄めためんつゆで煮ただけなのに、本当に美味しそうに食べる。
「ヴィントって何してる人なの? もしかして闇社会の人?」
「はは! もしそうだったら気楽だったろうね。俺は稀代の天才と謳われる宮廷魔術師。こう見えて偉いんだ。一個旅団を抱えてる」
「旅団?」
「平和だとそんな言葉も知らないのか。要するに軍だよ。俺の国、戦争してんの」
「戦争だって?」
「うん。かなり長期化してて、指揮官すら前線に出る膠着状態。
「そうなんだ」
言葉で説明されても全然想像つかない。でもこれだけは聞いておかないといけない気がする。
「ヴィントは、人を殺したこと、あるの?」
チュルッと麺をすすり、湯気で湿った鼻を袖口で拭う。ヴィントは後ろに手をつき、力なく頷いた。
「もう数えてない。捕虜を拷問にかけて、気づいたら死んでたこともある。陽動作戦のために兵を死地に送った。はらわたが飛び出た仲間に死の安らぎも与えた」
ヴィントはへらりと笑い、肩をすくめた。
「どう? 俺って結構やばいでしょ?」
「……わからない。でも戦争なら、仕方ないんだと思う」
「そう、仕方ない。全部仕方ないんだ。俺がこの先、ますます多くの人を死へ葬るのも仕方のないこと。毎晩葬った奴らの顔を夢に見るよ。んで飛び起きる度に思うんだ。こんな俺に、生きてる意味なんかあんのかって」
「え?」
「ははっ、そう。自殺を考えてたのは俺の方。風太に会いに来たのも、道連れにしていいような奴か確かめるためだった」
「まさか……じゃあなんで僕を助けたの? 放っておけば、ヴィントだって死ねたのに」
「お前が死んでいい奴だとは思えなかったからだよ」
僕が……?
「飛び降りる前に女の子とぶつかったろ。その子が怪我ないか心配して、手当てまでしてあげてた。なんて優しい奴だと思ったよ。死のうと思ってても、最期まで誰かのために動ける。こんないい奴が死ぬなんておかしい!」
ヴィントが拳を床に叩きつけ、食器がガチャンと鳴る。僕と同じ顔が悲痛に歪み、今にも泣き出しそうだ。
「さっきもそうだ。俺が苦しそうだからやめろって、死ぬほど怯えてたくせに何でそんな言葉が出てくるんだ! お前……お前、優しいよ。俺には釣り合わないよ……。ごめんな、こんな奴が魂の共有者で。こんな、血みどろに、汚れきった……」
「ヴィント」
落ち着けるようにヴィントの手を取る。危なくないように食器は脇によけた。
「優しいのはヴィントの方だよ。優しくなかったら誰が道連れになるかなんて気にしない。どんなに辛くても、死んだ人を背負って生きてるって凄い。僕だったらとっくに壊れてる」
「風太……」
「それに、国の人達を守るために戦ってるんだよね? 強くなきゃ出来ないことだよ。尊敬する。僕はヴィントが魂の共有者で嬉しい。むしろこんな僕が相手でいいのかって思うほどで……」
「そんな風に自分を悪く言うな! お前はすげぇ奴だ、なんでわからない? 俺がこんなに好きだと思った風太が、どうして自分を好きになってくれない!?」
感情が高ぶり、ヴィントは僕の両肩を揺さぶった。鼻の頭が赤い。もう殆ど泣いてるんだ。
「死ぬなんて言うなよ……。生きてくれよ、風太……」
「……それ、そっくりそのままヴィントに返したい。こんなかっこいい人が死ぬなんて間違ってる。ヴィントには平和な時代で、美味しい物食べて幸せになってほしい。僕もヴィントのことが好きだって思うから」
顔を上げて、袖口で目を強くこする。
「いいのか? 俺、生きてて」
「うん。当たり前だよ」
「そっか……。風太の言葉なら信じられる気がする。俺は生きても……」
きっと魂を共有した僕達は根っこの部分は同じなんだ。自分のことは嫌いで仕方ないのに、僕達は互いに生きててほしいと思ってる。でも、ヴィントが好きって言ってくれた僕を少しは好きになってみたい。僕もそう思うから――
「ねぇ、ヴィントって記憶を消すことは出来る?」
「出来るけど。トラウマ治療で使うし」
「だったらお願いがあるんだ」
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