エピローグ

 あの人は、罪滅ぼしのために死にかけている私に、最愛の人だと言ってくれた。私に会えて良かったって言ってくれた。

 泣きながら私のことをまっすぐに見てくれているあの人の顔が、だんだんぼやけていくのが分かった。本当はすごく怖かった。手に伝わってくるあの人の温かさを感じ、生きているっていいなあと思った。

 でも、あなたのことを不安にさせたくなかったから笑ったんだよ、アルティオム。

 

 もう何十年も昔のことだけど、覚えてくれているかな?

 私はもう死んでしまったけど、あの人に会いたいなぁ。



 時計を見ると、もう夜中の12時。明日も仕事のため、ベッドに入った。

 今日は久しぶりに、彼女のことを思い出した。死の間際、俺の言った言葉に彼女は笑顔を返してくれた。天国にいる彼女は元気だろうか。


 夢を見た。


 相変わらず俺がいる場所は戦争の中だった。けれど、何かが違った。


 煙の中にいた彼女は、こちらを向いて、笑っていた。


 「待ってくれ、クリスティーナ!」


 俺がいつも言っていることを言うと、彼女は一歩近づいてきた。今までで初めての反応。


 「久しぶり、アルティオム。会いにきたよ。」


 「そんなっ…」


 向日葵のような笑顔。間違いない。俺がこの世で初めて愛した最愛の、女性。


 「もうおじいちゃんだね。お礼を言いにきたの。

 戦争という地獄の中で、あなたに会えたから、私はロシア人を恨んだり、憎んだまま死ななくて済みました。地獄の中で、私に手を差し伸べてくれて、ありがとう。」


 嬉しくて仕方がないというのに、頬を涙が伝った。


 「俺こそ、君に助けられたんだ。」


 「私、一つだけずっと言いそびれていたことがあるんだ。愛してる。

そろそろ朝だね。またね、アルティオム。」


 急かすように別れを告げる彼女の頬が、少し赤くなっていた。



 ピピピッ。

 目覚まし時計が鳴った。

 ああ、もう朝か。


 窓の外を見ると、庭に咲く一輪のひまわりが、朝日を浴びて、立派に背筋を伸ばしていた。



 一輪のひまわり

花言葉は「一目惚れ」。ウクライナの国花。






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地獄の中で、君に出会うことができたから。 一宮琴梨 @maccha3150

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