第2話 油断の弱味
いつもと変わらない日常を過ごし、放課後、昇降口にて。
「で、嵐さんは今日こそラッシー君を見に行くと」
「当たり前だろ。チケット予約までしたんだぞ」
「はぁ〜、僕は女の子でも引っ掛けに行こうかなぁ〜……可愛い女の子とカフェデート。でその後はーーぐふっ! い、痛いじゃないか!!」
嵐達は下駄箱の前で戯れていた。
「てか、お前も来いよ。チケットは渡してたろ?」
「あー、僕は昨日逃げてる間に落としちゃったけど?」
「テメェッ!? アレにどんだけの価値があるのか知らねぇのか!?」
「一緒に行く相手が女の子だったら死に物狂いで探しに行くけどね!!」
仁の女好きには呆れ果てる。
差し当たり、あまりの女好きと言うのも体裁が悪いだろう。一度頭をぶっておいた方が良い。
「あ!! 嵐!! アレアレッ!!」
仁に拳を上げた瞬間、昇降口から何人も走って出て行くのが目に入り、嵐は手を止める。
「ほ、ほら嵐! 何か校門で人が集まってるよ〜! もしかしたら昨日僕達を狙って来た奴らが直接殴り込みに来たのかも!!」
「……ちっ」
どう考えても話を逸らそうとしてるが、学校に迷惑を掛る事になったらマズイ。出席日数ギリギリを見極めながら登校してる嵐にとって、これ以上のマイナス査定は何らかの処置をさせられ兼ねない。
嵐は大きな溜息を吐きながら、校門の方へと向かった。
校門では1クラス分ぐらいの男女が集まっていた。まだ人数は段々と増えて来ている。
そして、此処に居る者の全ての視線はある1人の人物に注がれていた。
「ほら! 見てよ! 可愛過ぎ〜っ!!」
「エグ過ぎだろ……あんな完璧な存在がこの世に居るのか?」
柳の葉の様に風で揺れる銀髪は、肩ぐらいまで綺麗に切り揃えられている。毛先は少し丸くカールされ、今の事態に困っているのか顔は真っ赤、可愛らしい困り眉。今にも涙がこぼれ落ちそうな大きく、切れ長な蒼眼の瞳。
体格は他の女子と比べても少し小さく160センチは無いような身長で、庇護欲を掻き立てられる、形容するなら小動物の様な雰囲気を醸し出している美少女がそこには居た。
彼女の服装は紅葉高校の制服とは違い、規律を重んじたジャケットにネクタイ。膝丈ほどの黒と青のチェック柄のスカート。決定的な違いは、胸元に描かれた金色の聖母だろう。
あれは聖歌恋女子校の制服だと示している。
何故こんな所に聖歌恋女子校の生徒が此処に居るのだろうか。あんな注目を浴びているにも関わらず居るのは誰かを待っているからだろうか。
色々な疑問が浮かぶが、結局は嵐達にとっては無関係。無駄な心配だった。
「よっ、と……おぉ!? アレは!!」
嵐が肩をすくめ無視して出て行こうとすると、仁が嵐の肩を借り背伸びする形で注目を浴びている彼女を見て驚きを示した。
「何だ? 仁、アイツの事知ってるのか?」
「お前……マジか」
「い、いや、何だよ……」
「あの人を知らないなんて……少しは周りにも気を配れよ? それだと社会に出ても上手く行かないぞ」
「大きなお世話だ。それで? アイツは誰なんだ?」
あまりの嵐の無関心さに呆れているのか、仁は若干引きながら答える。
「あの人は聖華恋女子校1年の
嵐は顎に手を当て記憶を辿るが、思い出せ無い。
まぁ、それもそうだろう。
聖歌恋女子校と紅葉高校は同じ敷地内にある為に、行事を合同で行う事もある。差し当たり入学式も合同で行ったのだが、嵐にとって入学式は何の評定にも関わらない行事という認識であり、貴重な睡眠時間でしかない。誰がどう喋ったかなんて覚えてる訳が無かった。
「ま……嵐なら知らなくても可笑しくないか。あの子は聖華恋の1年の中でも……いや、全学年の中でもトップクラスの美少女。それに加えてあの"SDグループ"のご令嬢で、聖華恋の中でも中々の発言力を持ってるって噂の子なんだ」
"SDグループ"
今段々と勢力を拡大して行っているグループ会社で、アウトドア用品・スポーツ用品・サプリメント、最近ではアパレル業界も引き込んでいるという噂の新進気鋭の会社だった筈。
「そりゃあ……有名だわな」
「だろ? しかもあの容姿。インフルエンサーとしても有名で、SNSで300万人ぐらいのフォロワーが居る」
「これ、加工とか……」
「してないらしい」
「だとしたらギャップが凄過ぎないか?」
嵐は仁から渡されたスマホを見ながら問い掛ける。
何かの間違いなのではないかと、思わず瞬きを数回。
そこには超絶美しい生き物が写っていた。森の洋館、その外で優雅にティーカップを傾け、優しく微笑みつつ自然体。妖艶な瞳がティーカップの中身を見つめている。もはや芸能人と遜色はない。いや、それ以上かもしれない。
「そのギャップが相まっての人気らしいぞ? 巷じゃ『迷子の
仁に言われ、嵐は画面からまた美少女へと視線を戻す。
周囲に人が居て緊張しているのか、顔を俯かせ目が泳いでいるのが遠くでも分かる。写真とは打って変わり、猫背で自身が無さげだ。
お嬢様で、あんな容姿で、300万という人に少なからず好意を抱かれているにも関わらず、何故彼女はあんなにも自信無さ気なのだろうか。
(『迷子の妖精女王』か……言い得て妙だがあまり良い気はしない)
スゥ……
嵐は胸を張る様に大きく息を吸い込む。そしてーー。
「オラァッ!! テメェら邪魔なんだよ!!早く失せろ!!! 」
前方に居る何十人もの生徒に対しての怒号。
それは地響きが起こったのではないかと錯覚する程の声量で響き渡り、直ぐに人混みは蜘蛛の子を散らすかの様に居なくなって行った。
「ちょ、ちょっと言うなら言ってよ……」
隣に居た仁は耳を抑えてフラついてる。
このまま通り過ぎるという選択も出来たが、あのまま離れたら気分が悪かった。
これで一件落着……そう思った矢先だった。
「あ……ま、待って」
「ん? ……何だよ?」
嵐が何故か彼女に袖を掴まれる。
掴んで来た手は少しだが震えている。
(ーーもしかして、アイツらを避けさせたお礼か? 聖華恋の奴等だから礼儀作法として、とすればあり得なくはねぇが……こんな震わせながら礼を言われてもな)
流石に気が引ける。仮にこんな美少女に怯えられながら謝られても、側から見たらカツアゲ現場にしか見られないだろう。
「別に、礼とかいらねぇぞ」
ぶっきらぼうに告げるが、彼女はハッと目を見開いた後「それもうそうだけど……」と呟きーー。
「あの、これ……」
彼女は嵐にしか見えない角度で、スマホの画面を見せた。
「!?!?!??!!!」
そこには、嵐が階段下から嫌がってる彼女のスカートの中を見上げる姿が写真に収められていた。
(こ、これは昨日の場所か? 俺はこんな事した覚えは……はっ! まさか寝てる間に!?)
思い至り、嵐は強張った顔から乾いた笑みを溢す。相手は300万人のフォロワーが控える超絶インフルエンサー。こんな事が、もし世に解き放たれてしまったらーー。
彼女は眉を八の字にしたまま嵐に近付き、上目遣いで言った。
「あ、あの……これをSNSにばら撒かれたくなかったら言う事を聞いて下さい」
「あ"ぁ!?」
そう。今日、古賀 嵐の人生は転機を迎えた。
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