第4話 一般人情報制度

『昨日』『手を出した』『娘』この言葉で理解してしまった。いや、せざるを得なかった。


「……もしかして、光さんの事っすか?」

「軽々しく下の名前で呼ぶな!! ぶち〇されたいのか!!?」

(……仮にも理事長がそんな事言って良いのかよ?)


 理事長のあまりの言動に、引きながら嵐は思う。

 まさか光が理事長の娘だったなんて、と。しかも、という事はこの人がSDグループ会長である。この娘が下の名前で呼ばれてぶち切れている、このダンディーなオッサンがである。世の中は広い。


「えっと……進藤しんどう、さんの事は誤解なんすよ」


 辛うじて理事長の名字を知っていた嵐は、光の名字を導き出す。

 すると、理事長は分かりやすく勢いが無くなり眉尻を下げた。


「進藤……そうか。まだそんな関係か………」

「えっと?」

「あぁ、いや、こっちの話だ。だが誤解とは? 誤解も何も、君は光とカフェで楽しくお話をした……何か間違ってるかね?」


 大まかに言えば、何も間違っていない。

 ただ、内容が貴方の娘のスカートの中を覗いている写真を撮られ、脅されている話なので全然楽しくって訳ではないーーとそんな事が言える訳もない。


「沈黙は肯定と取るが?」


 こんな時、仁の様に起点を聞かせ口八丁でどうにか乗り切れたら……そんな事を思い何か言葉にしなければと、そう思った瞬間だった。



「ちょっと待ったぁ!!」


 鈴を転がす様な、上品でありながら快活な声が響く。

 振り向くと、そこには嵐を睨むようにして息切れをしている聖歌恋女子高の生徒の姿と……白い肌を紅潮させ手を引かれている光が居た。


「光に祐希ちゃん? 何か用かい?」


 理事長はこの異常事態に、何の動揺もする事なく、直ぐに顔の力を緩め彼女達を迎え入れる。

 娘である光だけではなく、もう1人の女子生徒とも親しげだ。


一樹かずきさん! 少しお話をさせて下さい!!」

「光がいつもお世話になってるからね、祐希ちゃんの話ならいつでも大歓迎だよ。砂糖は要らなかったよね。光は紅茶だね」

「今日はそれもいりません。話は端的に終わるので」


 彼女、黒雲 祐希は光に目配せをする。光はそれに頷き、嵐を理事長から守る様に前へと躍り出た。


「この人を、私の"一般人"として指名します!」

「……はっ!!??」

「一般人?」


 光の言葉に理事長は驚きを、嵐は疑惑の表情を浮かべる。そんな中、隣に居た祐希が口を開く。


「『一般人情報制度』って知らない?」

「……何だそれ?」

「私達、聖歌恋女子は一般の生活の事をあまりよく知らない。だからその身近な参考人として、聖歌恋で学校生活を送って貰う事が出来る一般生徒を紅葉高校から指名出来る、っていう制度があるの」


 つまり、聖歌恋女子校で生活し、見せ物にされるという事か。


「まぁ、こんな制度知ってる方が少数で、選ばれるとしたら普通女子生徒なんだけど……特段女性である決まりはない。そして指名した人はその人を指名した代わりに、聖歌恋で不自由なく生活出来る様にサポートしないといけないから、指名する人はそうそう居ないんだけど」

「そんなの俺はやりたく

「本当に良いの?」


 祐希が嵐の言葉を遮って言う。


(……はぁ、なるほどな。コイツも知ってるのか)


 祐希の視線、そして光からも肩越しに視線が送られている事に気付き納得する。


 此処で断ったら、あの写真が流出する。


「……やります」

「……っ」


 嵐が応えると、理事長は苦虫を噛み潰したかの様に顔を顰めた。


「お願い……」

「…………はぁ、そうか。分かった。私が理事長として責任を持って承諾する。これで良いかい?」

「はい……ありがとうございます」


 光は甲斐甲斐しく理事長に頭を下げる。

 理事長とは言え、父親にあんな丁寧な対応をするのだろうかと嵐は少し疑問に思いながら、光達と共に理事長室を出た。


 ◇


「ふぅ、何とかなったわね。改めて自己紹介でもしておく? 私は黒雲 祐希」

「う、うん……えっと、汐海しおかい ひかりです。よろしくお願いします」

「……古賀 嵐。それで? これはどういう訳なんだ?」


 理事長室近くの紅葉高校の空き教室で、嵐以外の2人は一息着くように椅子へと項垂れている。此方にとって、未だに許容出来ない事の連続で混乱していると言うのに、その落ち着き様には納得がいかない。


「どういう訳って、助けてあげたのにその表情はなんなの?」

「元はと言えばコイツが昨日俺と一緒にカフェに行ったからあの親バカに誤解されたんだ。こっちからしたらこの態度でも譲歩してる方だからな?」


 指を差されたた光は、小動物の様に身体を丸ませる。

 校門で待ってカフェに行くから、こんなに噂になってしまったのだ。ただのL○NEの交換なら、もっと目立たない場所で会って交換すれば良かった。


「あー……まぁ、それは光が悪いと言うか、どちらかと言うと一樹さんが悪いと言うか」

「あの、あの時は本当にごめんなさい。まさかこうなるなんて……」


 この小動物味はどうにかならないものか。罪悪感に苛まれる。


「別に……もう終わった事だから良いけどよ、さっき『予定通りとは行かなかった』って言ったよな? どういう事だ?」


 嵐は話を変える様に、先程の祐希の言葉に対して問い掛ける。

 すると祐希は、少し困った様に光へと視線を移す。


「うん、言おう」

「ごめん。私の所為で……実は古賀君にはして貰いたい事があるの」

「……それが俺を脅した理由か?」


 祐希は神妙そうに頷くと、椅子から立ち上がる。



「そう………"貴方には光のパパを子離れさせる為の足掛かり"になって欲しいの!」



 祐希から指を差され、聞こえて来た言葉に思わず耳をほじる。

 お嬢様にできない様な事、つまりは犯罪。最悪な場合、自分の力を利用して殺人なんかを提案されても可笑しくはないと……そう思っていた。


「あー……これは俺の聞き間違いか? 何か思ったのと全然違った言葉が聞こえた気が……」

「いえ、あの……間違いじゃないよ?」

「あの人尋常じゃないのよ!? 遊びに行くって時も、近くのコンビニに行く時ですらSPが10人は付いて来るんだから!! 理事長室の本棚に入ってるの全部光の昔からの写真だし!!」


 嵐は2人の様子に気を緩め、近くの椅子へと寄り掛かった。

 一先ず、犯罪めいた事はしなくて良さそうだ。ただーー。


「アレを子離れさせるには相当苦労すると思うぞ?」


 下の名前を言っただけで、あのブチ切れ様。簡単には出来ないだろう。


「それは鼻っから承知の上よ。でも貴方なら有名な不良だし、何か悪そうな所とかも知ってそうじゃない。それを利用して、光を危険な目に合わせないで、もう独り立ち出来るんだよっていう風に見せるのが目的。だから一樹さんに見せ付ける様にSNSで写真を投稿して……まぁ、色々して欲しいのよ」


 ーーこれは逆に、こちらが被害者になったりしないだろうか。あまりの憤怒に塵も無くなるんじゃないだろうか。


「取り敢えず……まぁ分かった。進藤とは」

「あ、わ、私は進藤ではなくて、汐海ですから」

「……理事長が父親なんだろ?」


 聞くと光は微笑する。

 しかし、それは無機質で何の色もない、何とも言えない笑顔で、嵐は戸惑いを隠さず目を眇めた。


「……一先ず明日からは聖歌恋の方に登校してきてね。勿論、身嗜みを整えてその汚れた制服をクリーニングに出して来る事。貴方は300万人のフォロワーが居るお嬢様のサポートを受ける事になるんだから」


 微笑を浮かべる光を横目に、祐希が淡々と告げる。

 嵐はこれからの学校生活はどうなって行くのだろうかと、一抹の不安を抱えながら嫌々と首を垂れた。

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