第5話 妹の可愛さは異常
嵐が教室へと戻り、残った光と祐希は大きく安堵の息を吐いていた。
「光、あれで良かったの?」
「うん……だって変に色々言っても混乱するじゃない」
「ま、そうね。これから頑張りましょう。それにしても……まさかあの一樹さんが『一般人情報制度』を承諾してくれるなんて思いもしなかったわ」
嵐が理事長室に呼ばれたという情報は、直ぐに耳に入って来た。
祐希は1年生ながら聖歌恋女子校の生徒会に所属している。その為、聖歌恋女子校と紅葉高校の情報なら、生徒会の権限を使ってほぼ何でも知る事が出来る。
しかし、あの親バカ振りには流石の祐希でもどんな作戦も思いつかなかった。そんな中、光が「何とかなるかも……」と言った時には驚きを隠さなかったものである。
「何で行けると思ったの?」
「"一樹さん"、基本私には甘いから……お願いすれば何とかなるって思ったの。それに久々に話すと思ったし」
「あー……なるほどねぇ」
紅葉高校の理事長室から最も近い教室。
2人は何処かボーッとしながら外を眺める。
するとそれに呼応する様に、理事長室前にある推定100年を誇る桜の花弁が踊りながら2人の視界を埋め尽くしたーー。
◇
授業が終わり、嵐は体操着へと着替えて学校を出ると真っ直ぐにクリーニング屋に向かった。
幸い、明日の早朝までには出来るというはなしだったのでそれを承諾。なけなしのお金を出し、帰路へとついた。
綺麗な赤い屋根が見え、数秒後にそれと相反したトタンを継ぎ合わせた壁が見えて来る。
嵐はそんな建物の錆びた階段を上がり、201号室の扉を開けた。
「はー、ただいまー……」
「お兄ちゃん? おかえり〜、今日は早いんだね?」
「あぁ……妹よ。何でお前はそんなに可愛いんだ」
古賀ほなみ、10歳。只今絶賛小学5年生が、ピンクの猫がプリントされたエプロン姿にお玉という「お料理の途中でした」と言わんばかりの格好で嵐を迎え入れる。
「いつも以上にシスコンだね? 何? 好きな人からにでも嫌われた?」
「は。な訳」
「そんな無理しちゃって〜、私達たった2人の家族じゃ〜ん……お兄ちゃんが望むならこの身体だって思うがままーー」
「ませた事言ってんじゃねぇっ」
「いたっ! えへへ……」
嵐は、服をはだけるほなみの額にデコピンをすると部屋の奥へと入って行く。
短かな廊下を抜け、温かみのある1Kのこぢんまりとした部屋が顔を出す。小さなTVに、こたつ兼用の正方形のテーブル、窓際には物干しスタンドが置かれている。
「今日って俺が洗濯物畳む番じゃなかったか?」
「お兄ちゃんの事だから、今日こそ動物園に行くのかなーって思って……やっておいた!」
ほなみは後ろで縛った髪をパタパタと振りながら、元気よくピースをしてくる。本当に、こんな所にこの様な天使が居て良いのだろうか。
「マジか……サンキュー。だけど残念ながら今日も大乱闘動物園には行けてねぇ……」
「……本当に何かあった? しかも制服は?」
「まぁ……流石に汗臭いからクリーニングに出して来た」
「……ますます怪しいよ? お兄ちゃんなら土日が来るまで洗濯しない筈だもん」
ギクリッと思わず、体を強張らせる。
古賀家には両親が居ない……という訳では無いのだが、今から丁度4年前、両親が急に姿を消した。残されたお金はテーブルの上に置かれた、申し訳程度の5万円。
何とか生きて行くには、働く以外に方法はなく、小学生ながらバイトが出来る所を見つけ、今の今まで節制している。
そんな嵐の苦労を知っているほなみからしたら、高額なお金を払ってまでクリーニングするなんて考えも出来なかった。
「色々あるんだよ」
「ふーん? まぁ良いけど。何か私に遠慮してたりしたら、ぶっ飛ばすからね!」
ほなみは、可愛い小さな拳をシュッシュッと突き出す。
しかし、侮るなかれ。前に「出来るもんならやってみろ」と言った時は、思い切り下腹部に頭突きをかまして来た。あの時はあまりの痛さに1日中冷や汗をかいたものだ。
「あ、あぁ、分かったから……取り敢えずサッサと飯作っちまおう」
嵐はハンガーにかけてあった無骨なエプロンを着ると、ほなみと共に手早く料理を終え、食事をした。メニューは『白米』に『もやし炒め』『豆腐の味噌汁』だ。
「美味しいね!」
「おう」
笑顔で言うほなみに、嵐は素っ気なく返事をする。
成長期真っ盛りであるほなみにとって、これでは量も栄養も足りないだろう。それなのにほなみは今まで何の文句も言わない……その優しさが逆に心を痛ませる。
(良い所に就職して、ちゃんとした飯食わせてやらないとな……)
嵐はほなみのいつもの笑顔に意思を固めながら思う。
高校を無事に卒業する事は最低条件。今の週5で通い続けるバイトも前提にだ。ハッキリ言って時給は低いが、何の役にも立たない小学生を雇ってくれた思い入れのあるバイト先だ。大乱闘動物園のチケットも恵んでもらうし……いや、そんな事は関係ないが、辞めたくないのだ。
(今でもギリギリなのに……開店前の準備とか手伝ったら給料出るか?)
嵐はしっかりとご飯を噛み締め終わると、素早く食器を洗い、学校の宿題を終わらせる。
明日は登校前にクリーニング屋に寄らなければならない。その事をほなみに伝えると、ほなみも直ぐに寝る準備に入ってくれた。
嵐とほなみはテーブルを端っこに寄せると、押し入れから布団を2組取り出し並べる。
「お兄ちゃん、おやすみ……」
「あぁ、おやすみ」
こんな優しくて可愛い妹だからこそ、これ以上心配させたくない。喧嘩でも、そして今日あった事でも……兄は兄らしく、気丈に振舞いたいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます