第6話 聖歌恋、登校

「うわぁあぁぁぁぁっ!?!? なんでだあぁぁぁぁぁっ!!?!?」

「え、ちょっと何?」

「怖い……」

「何あの人? 早く追い返してよ」


 何人もの警備員に抑えつけられる者……そして周りから刺さる冷ややかな視線がグサグサと刺さる。

 嵐は目の前のあまりの状況に目を背ける。


「何でアイツだけえぇぇぇっ!!」


 何故こうなったか、それは今日の早朝まで巻き戻るーー。


 ◇


「やっ」

「お前……何で此処に居るんだよ」


 アパート前の電柱にキザな格好で寄り掛かる男が1人、嵐を迎える。


「何でって、流石にアソコまで気落ちしてる嵐なんて早々みないからね。今日は朝早くに登校するって言ってたから出待ちしてた」

「きも……」


 仁は顎に手を当てて、得意げな様子だ。

 あまりのカッコ付け様だが、だからと言って今は殴る気力も出ない。


「やっぱ元気無いね。僕がこんな事したら嵐は早朝でもヘッドロックを決めた筈だから」


 こんな奴に頭の中を読まれるなんて、流石は腐れ縁。しかも元気が無いのを察して、早朝自宅の前に陣取る徹底振り。こういう細かい所が女子からモテる所なのだろう。


「そんな様子じゃ、愛しのほなみちゃんにもバレたんじゃない?」

「お前がほなみの名前を口にするんじゃねぇ。ほなみが穢れる」

「そんな事を言わないで下さいよ、お義兄様♡」


 あまりのキモさに仁の望み通りヘッドロックを決めると、嵐達はじゃれあいながら学校へと向かう。


「……恥を忍んで聞くけどよ」

「うん」

「お前は女と出掛ける時、何処に行ったりする?」

「え……遂に嵐にも春が?」

「ちげーよ。ただ聞いてみたかっただけだ」


 そんな訳がない。

 女子と出掛ける事なんてない嵐にとって、今の仁のチャラ男っぷりには目を見張るものがあるのだ。


「ふーん……まぁでも僕ら普通の高校生なんて行く所限られて来ると思うけどな〜。ゲーセンとか、ショッピングモールとか」


 仁は少し片方の口角を上げ、ニヤニヤしながら答える。

 ゲームセンター、ショッピングモール、どちらも必要以上に金が掛かりそうな所だ。まぁ、それもお嬢様なら関係無さそうだが。


「あ、後は動物園とかも行ったりするよ」

「チケットを無くしておいてよく言えるな」

「いや、それはごめんって。僕も一生懸命でさ、気付かなかったんだよ」

「俺が折角店長から2枚貰ったのによ」

「それ、ガールフレンドと一緒に行きなっていうヤツだよ、多分」


 その言葉は軽く聞き流すと、クリーニング屋の方へと方向転換する。スムーズに制服を受け取るとトイレで制服へと着替え、学校へと向かった。



「アレ?」



 そして紅葉高校の校門を過ぎ、1つ目の角を曲がる。



「あ、もしかして大乱闘動物園のリベンジ?」



 そして、紅葉高校とは正反対に位置する聖歌恋女子校の校門へと向かう2つ目の角を曲がる。



「クリーニング屋に制服出してたから何かあるとは思ってたが……お前っ!!」

「いや……色々あるんだって」

「色々ってお前……何で目的地が"聖歌恋女子校"なんだよ!?!?」



 目の前には駅の改札機の様な機械が置かれ、その1つ1つに警備員が立っている。

 奥には、洋風の城の様な見た目をした学校が聳え立っている。全てに清麗さがあり、真っ白な城壁は一切の汚れも許さない。そんな気概が感じられる。改めて見たが、壮大な光景だ。


「は、はは、何を思ったのか知らないがな……中にはこの"指紋認証機"を越えなければ入る事は出来ないんだよ!!」

「……あのーー」


 嵐は警備員に話し掛ける。


「あぁ、君が」

「はい」

「事情は聞いています。お入り下さい」


 そう言われ、嵐は聖歌恋の敷地内へと入って行く。

 仁はそれに驚愕の表情を見せた後、平静を装う様に笑顔を貼り付ける。そしてーー。


「はよーっす!」

「また君か、止まりなさい」


 ……止められてしまった。

 いや、それよりも『また』とは……仁は何度か此処に来ているのか。


「いや、何ですか?」

「何ですかじゃないよ。君は違うよね?」

「は? 何が違うんだよ! 僕とそいつじゃ何が違うんだ!?」

「いや、そういう問題じゃないからーー」


 こうして仁と警備員の口論は続き、あっという間に時間は過ぎる。そして冒頭に戻る。


 ◇


「何でアイツだけえぇぇぇっ!!」


 さて。このまま学校の方に行っても良いが、流石に知り合いをそのまま見捨てて行くのも気分が悪い。


「死ね×%#°☆$×*〒!!!?!?」


 ーーとも思ったが、アレは知り合いに似た何かかもしれない。

 嵐がそう思った瞬間だった。


「何事ですか!」


 聞き覚えのある声が響き振り返る。

 するとそこには、祐希が眉を吊り上げ佇んでいた。


「黒雲さんだ」

「やった〜……これで安心ね」

「黒雲さんなら、あの人の事も何とかなりそう」

「1年生なのに生徒会にも入ってるしね」


 周囲に居る生徒からの声に、嵐は1人納得する。


(通りで、あの理事長の前でもしっかり話せてた訳だ)


 理事長の見た目は海外ドラマに出てくるギャングの頭というのがピッタリで、身体中には弾痕が残っていると言っても疑いはしない程の迫力がある。

 前から関わりがあったんだろうが、あの啖呵の切り方は簡単に真似出来ない。


「貴方、ウチの学校に迷惑を掛ける様なら退学じゃ済ませませんよ?」


 本当に退学以上の事がありそうな、そんな余裕を感じさせる祐希。実際、そう出来る権力があるからの余裕なんだろう。

 しかし、ここで諦めるのなら仁も此処まで粘っていない。得意の口八丁で華麗にーー


「あ………すみません。もう帰ります」


 仁は大人しく返事をし抵抗をやめた。


「珍しいな……」


 此処なら「いや、だってアイツと僕の何が違うんですか? 目は2つあるし、手足は4本。同じ人間として僕はただ聖歌恋の中に入りたいだけなんです」とかふざけた事をぬかすと思っていた。


 しかし、仁は何処か圧倒させたかの様にポカンと顔から表情が抜けていた。

 嵐は予想外な行動を見せる仁を訝しんでいると、仁の元に居た祐希が戻って来て目が合う。


「よお」

「『よお』じゃないわよ。騒がしいと思って来てみれば、何をしてるのよ」

「何って、ただ登校して来ただけなんだが……」

「あの人を連れて?」

「アイツが勝手に家の前で待ってたんだよ。意図的じゃねえ」

「……今回はそういう事にしておくけど、なるべく問題はない様に頼むわよ? 責任を取る事になるのは光なんだから」


 此方も問題にならない様に行動してるつもりだが、問題が周りから寄ってくるのだから仕方がない。

 嵐は「分かってる分かってる」ともう既に諦めが入った軽めの返事をする。


「で? その当の本人は居ないのか?」

「光は目立ち過ぎると固まっちゃうから早めに登校してるの。本当なら光と少しでも話して慣れて欲しかったんだけど……」


 校舎に付いている時計の針は、既に8時25分。後5分で朝のホームルームが始まってしまう。


「ならサッサと入っちまおうぜ?」

「はぁ……心配」


 嵐は祐希と共に聖歌恋女子高の校舎へと足を踏み入れるのだった。

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