第7話 前途多難

(マジか……)


 校舎に入ると、嵐はその荘厳な雰囲気に圧倒されていた。

 この現代の物とはかけ離れたの様な景色。建物の構造、そして光と影のコントラストが白い校舎の神々しさを際立たせている。しかし快適さも忘れず、購買や屋外カフェテリア。周りには豊かな草木が生い茂っており自然との調和も見られる。


「何してるの? 早く行くわよ」

「お、おう」


 祐希はしどろもどろしてる嵐を見て首を傾げながら先へと進んで行く。

 お嬢様達はこれが普通の感覚なのだろうか。これが普通なら一般人の常識を知らないのも納得が行く。


「よし。じゃあ此処が光のクラスだから」

「あ? 同じクラスじゃないのかよ?」

「だから少しでも話をして欲しかったのよ……あー、お腹キリキリする」


 どうやら凄い心配を掛けてしまっている様で、祐希はお腹を抑えている。


「あ"ー……まぁ、何とかなる」

「なら良いんだけど……もう時間ね。私も遅れる訳にはいかないから、それじゃあ頑張って」


 祐希と別れた嵐は「さて……」と大きく溜息をつくと教室のドアを開いた。


 すると、ざわついていた教室がシンッと静まり返る。その後、直ぐに耳をつんざく様な女子達の悲鳴が響き渡る。


 此処は女子校、男子生徒が急に教室のドアを開ければ驚くのも無理はないだろう。しかもホームルーム直前、教室中は勿論席に着いている訳で……否応にも目立ってしまう事態になってしまった。


 こんな状況の中、嵐の心境はーー。


(うっ、うっせぇ〜……)


 いち早く此処から離れたい、我儘を言うならウサギとか愛でたい。癒しを求めていた。

 最近は目当てである動物園へと行けず、女子に脅迫され、理事長にも迫られ、女子校への登校ーーもはや限界に近い。


 嵐は今の状況を割り切り、騒ぐ生徒達を無視して辺りを見渡す。

 すると、1箇所違和感を見つけ階段教室へとなっている1番後ろの席へ近づいた。


「よお」

「……っ」


「し、汐海さん! 逃げて!!」

「な、何でよりによって汐海さんを!?」

「何で此処に不良が居るの!? 誰か警備の方を!!」


 嵐が光へと手を挙げると教室中の悲鳴はヒートアップする。

 事情は話せていないと言うのもあるだろうが、これは些か居心地が悪い。

 お嬢様の様な高貴さも何も感じない空間。人間、何かあった時に本性が見えると言うがやはり皆んな一緒の反応をする。


(見た目で判断しやがって……)


 嵐が段々とこの状況にウンザリしていると制服の裾を引かれる。


「あ……う、あの、此処……」


 光は口を開け閉めした後に首を垂れて隣を指差す。


「何だ? 此処に座れってか?」


 聞くと、コクコクッと高速で頷かれたので空いていた隣の席に大人しく着席する。

 一先ず、この状況をどうにかする為には事情を知っているであろう先生が来てくれる他ない。


(汐海と話してもどうしようもないだろうからな……)


 嵐は皆んなの視線から逃れる様に、机に突っ伏した。



 それから数分遅れてやって来た担任が嵐の事情説明を行い、やっと事情は理解される。


「という事で、古賀くんと親睦を深めて一般人へと理解を深めて下さいね」


 そう締めくくり、ホームルームは終わる。

 しかし、だからと言ってクラスの者の態度が簡単に変わる訳ではない。自分達がさっき取った行動が全てであり、その行動は無くならない。嵐の容姿はそれほどに恐怖を与えていた。

 勿論、嵐から皆んなへと手を伸ばす事もない訳で、両者の間では深い溝が出来上がったまま時間が過ぎていった。


「こ、古賀くん」

「ん? どうした?」

「つ、次は体育だから……体操着に着替えてトラックに集合ね」


 通りで皆んなが教室から出て行く訳だ。


「あー、更衣室とかあるか?」

「あ……な、無いよ。どうしよ………」


 サポートする者がこれでどうする。


「なら此所で着替えておくから、先行っておいてくれ」

「でも……此処から更衣室とかトラックってバスで移動になるから早くしないと」

「は??? いや、そうか。じゃあ直ぐに着替えるわ」


 一瞬言ってる意味が分からなかったが、此処がお嬢様学校だと思い出し直ぐに制服を脱ぎ上裸になる。


「ぱっ!?!?」

(ん? あ、やべっ)


 それを光は真正面から捉え、顔を紅潮させ頭から煙を噴き出す。

 喧嘩の毎日に、必要最低限とも言える節制生活。身体が引き締まらない訳も無くーー男らしい筋肉の凹凸が顔を出す。


「わ、悪い。後ろ向いててくれるか?」

「う、うぅぅうぅん」


 サイレンの様な頷きを返され、嵐は直ぐに体操着に着替え終わると、光と共に聖歌恋女子校内専用バスに乗り、更衣室・トラックへと向かった。


 バスに乗り5分程で体育棟へと着く。グラウンド横にはライブでも出来そうな体育館、各々着替えが出来る様にかマンションの様な建物にメイドが50人程立ち並んでいた。


 そして光の着替えを待って、一緒にトラックへ向かう。そこには普通の400メートルトラックに、土のグラウンド、テニスコート等が併設されていた。


(すげー……)


 圧倒的な場違い感を感じながらも、授業の始まる鐘が鳴り、体育の先生に言われて整列する。


「授業を始めるわよ〜、それじゃあいつも通り2人1組で体操ねー、始めっ」

「あ……えっと、」

「あー……じゃあ頼んでも良いか?」

「う、うん!」


 光は嬉しそうに顔を緩め胸の前で両拳を握る。だが、嵐はこの身長差で上手く出来るだろうかと心配になる。

 嵐の身長は180以上、対して光は150前後といったところ。周りを見れば相手に対しての肉体的接触が多くあり、腕を持って相手の背中を伸ばす等している。


 果たして光と一緒に出来るだろうか。



 ヒョイッ

「うわっ」



 羽の様に軽い。



「……」

「ん"んーっ」

「……さんきゅ、よく伸びたわ」



 全然伸びていない。当たり前だろう。

 しかし、それを言うのも白い肌を真っ赤にして光が頑張っているので忍びない。


「そ、そう? なら良かった……じゃ、じゃあ次は柔軟、だね」


 そう言って光はトラックの芝生に座り込み、足を広げた。

 身長と比べて長い足、体操着から見える華奢な白い手足、前へと前屈するだけで多分、少なくとも、健全なる男子高校生は不純な事を考えてしまうだろう。


「こ、古賀君?」

「いや。何でもない」


 全男子が羨む様な場面、嵐も健全な男子高校生。少しそんな事を考えては、忘れる様に他の景色を見て心を沈める。その時だった。


「……アレ、もしかして理事長か?」

「あ、う、うん……体育の授業の時は怪我すると危ないからって毎回見に来るの」


 そこで目にしたのは、更衣室であるマンション風の建物の影から此方をじっと見つめる理事長。


(怪我すると危ないって……体育だからそういう事もあるだろ。どんだけ過保護なんだよ)


 同級生からはさぞ扱いづらい存在だろう。毎授業中は怪我をしない様にとなると、光を相手にする時は優しくしないといけない。


(これじゃあ汐海が避けられているのも分かるな)


 この授業は5限目。これまで光は誰にも話される事は無かった。それは先生からも。

 理事長からのこんなにもあれば無理はないのかもしれない。


(というか……今のずっと見られてたのか)


 嵐はこれからの光の親離れ生活、理事長に迫られる未来を想像して、大きく溜息を吐くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スカート覗いている写真をいつの間にか撮られ脅された結果、意外に悪くなかった件。 ゆうらしあ @yuurasia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ