魔女が好きな勇者
勇者…は違うわね。
『彼』の声はずっと聞こえている。一晩中泣き喚いちゃって…カッコいい私の勇者がするいつもの告白とは違う。本当の彼の、心からの告白。
勿論うれしい。
これだけ思ってくれる告白なんだもの、嬉しいに決まってる。でもそれと同時にとても悲しくてとても辛い。
彼には勇者の肩書きがまだ残ってるけど力はもうない。
私と違って彼は普通の人になれた。
だから、私みたいな化け物は彼の側に居ちゃいけない。
私が近くに居たら彼が本当に望んでいる普通の日常から離れてしまうから。
この旅で呪いを解いて彼の側に居たかったけど…それはもう失敗してしまった。
でもこの結果は彼にとって悪くない。
私はこのまま心を閉ざし、廃人になって彼の人生から消える。
彼は化け物が関与しない普通の人生を歩む。
それでいいじゃないか。
私は彼のことが好きだから彼の邪魔はしたくない。
彼のことが好きだから彼の望む未来を叶えたい。
魔女に愛された勇者。
「魔女が好きな勇者」なんて肩書きは彼の縛りにしかならない。
だからお願い。
もう泣かないで。もう愛を伝えてこないで。これ以上は決心が鈍ってしまうから。
「魔女さん。旅はまだ終わってないですよ。」
「…………」
「僕はまだ魔女さんのこと諦めてないです」
「…………」
「魔女さんもまだ、僕の告白を受け入れてないじゃないですか」
「…………」
「どちらかが折れるまで続くんですよね?この旅は」
「…………」
「次はどの町に行きます?村が良いですか?隣の国まで行くのも良いですね」
一晩中泣いた少年の顔は勇者の顔に戻っていた。
大好きな彼女に弱い自分を隠し、強くあろうとする勇者の顔だ。
でもその声はまだ枯れている。涙はまだ止まっていない。
だが、顔は少年のものではなく強い意志を持った勇者のものだ。
「そういえば、今日はまだ言ってませんでしたよね?」
勇者は彼女の虚ろな目を見て言った。
「好きです。魔女さん。僕と付き合ってください」
長い沈黙。
勇者は彼女の口が開くのを待ち続けた。
「なん、で………」
虚ろな目をしたまま彼女が口を開く。
「どう、して。諦めないの、よ」
勇者は一瞬おどろき目を見開くが、すぐに笑顔を作り言った。
「大好きだからです」
即答だった。
「僕がどうしようもない程に魔女さんのことを好きだからです」
「私は、化け物で、あなたは、人間なのよ」
「えっ、そんなこと気にして僕の告白断ってたんですか⁈」
「そんなことって、私が、どれ程悩んだと思ってるのよ」
彼女の声に力が戻っていき瞳に光が差し始める。
「僕のことそんなに考えてくれてんですね」
「うるさいわよ、バカ」
「照れ隠しにしか聞こえません」
「バカ、バカ、バカ、バカ、バカ」
「そうやって照れるとこも大好きです」
「うっさい」
「それで魔女さん。返事は教えてくれないんですか?」
「言わない」
「「嫌です。」じゃなくて?」
「いーわーなーい!」
「魔女さん、ほんっとに可愛いです」
「うっさいバカ、早く死ね」
「魔女さんが死ぬまで僕は死にません」
「不死にでもなるつもり?」
「それもそれで良いかもですね」
「勝手にしなさい」
「はい。勝手にさせてもらいます」
そう言うと勇者は、まだ足元の
「好きです。魔女さん」
「はいはい。知ってるわよ、ずっと聞いてたんだから」
「え?聞いてたってどこから?」
「最初からよ、あなたが私の手を握って泣き始めたとこから」
「本当に最初からじゃないですか⁉」
「勇者がボロボロ泣いて情けない」
「恥ずかしいんであんま言わないでください」
「「忘れてください」じゃなくて?」
「あれも本心なんで、忘れなくても良いです」
「ふーん」
「なんか嬉しそうですね」
「まぁね。」
「魔女さんが嬉しいと僕も嬉しいです」
「あっ、そういえば何で私のこと『魔女』って呼ぶのよ」
「だって魔女さん本当の名前教えてくれないじゃないですか」
「そうだったかしら」
「そうですよ。前はソフィでその前はアリスです。あと、ユフィとかリーシアって言ってる時もありました」
「そうだったわね。じゃ、私の本当の名前教えるから次からはその名前で呼びなさい」
「どうしたんですか急に」
「あなたに魔女って呼ばれるのが嫌になったのよ」
「え?それってもしかして関係進展ですか!」
「違うわよ。私の単なる気まぐれよ」
「えー、」
「不満?私の名前が知れるのに?」
「魔女さんだけズルいです。僕も勇者よりもやっぱ名前で呼んで欲しいです」
「嫌よ」
「何でですか」
「あなた下の名前しか教えてくれないじゃない」
「?、それで良いじゃないですか」
「…そういう関係でもないのに、下の名前で呼ぶとか恥ずかしい」
「…………」
「どうしたの?」
「魔女さん」
「はい?」
「可愛すぎます。大好きです」
「あっそう。知ってるわよ。そのくらい」
「魔女さん」
「今度は何?」
「次はどこに行きますか?」
「そうね、隣の国に行くのも楽しそうね」
※※※
魔女が好きな勇者の旅はこの後ももう少しだけ続いた。
二人の気持ちは既に伝わり始めていたが、その気持ちが通じ合うまでこの旅は終わらない。
しかし、これ以上この話をする必要はないだろう。
この旅はあと少し、ほんの数日で魔女が折れて終わるからだ。
ならばこれ以上書く必要はない。
互いの気持ちを認め合って感情の歯止めが利かなくなった二人の今後を書いてもこちらが胃もたれを起こすだけだけなのだから。
魔女が好きな勇者 栗眼鏡 @hiro2022
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