不死の魔女

 旅を始めて2年。

 二人は密林の中で巨大な芋虫に追われていた。

「魔女さん。好きです」

「バカなこと言ってないでコイツを何とかしなさい!」

 芋虫から全力で逃げる魔女と勇者。

 芋虫はとても大きく、例えるなら鉄道と同じくらいだろうか。凄くデカい。

「あなた勇者なんでしょ!早く倒しなさいよ‼」

「いや~、無理言わないでください。王様に勇者のちから取られちゃったんで『絶対防御』も『必殺剣』も使えません」

「ほんっっとうに使えない!」

 魔女は鞄から一冊の本を取り出すと芋虫に向かって投げつけた。

「術式開放。実行!」

 魔女が叫ぶと本が開き、中から無数の鎖が飛びだした。

 伸びた鎖は巨大芋虫を縛る。

「さすが魔女さん。束縛系の魔導書ですか?」

「そうよ。勇者が役立たずだから貴重な魔導書をまた使ってしまったわ」

「それはすいません。責任を取りたいので結婚しましょう」

「いやよ。早く諦めなさい」

「いやです」

「意地っ張り。もう10と2年よ?」

「僕ももう30かぁ」

「おっさんね」

「おっさんはまだ早いです」

「即答したわね?気にしてるの?」

「そうですけど?なにニヤニヤしてるんですか」

「べっつにー」

「魔女さん性格悪いですね」

「そりゃそうよ。魔女なんだから」

 魔女は鎖の延びる魔導書を拾い上げる。

「さて、どうするのこの芋虫?私、攻撃系の魔導書は無いわよ」

「僕がやります」

 勇者は腰に挿してある剣を抜き、縛られた芋虫の体に突き刺した。

 紫色の体液が吹き出て体にかかる。

「昔の僕なら瞬殺なのになぁ」

 動けない芋虫の体を刺し続ける。

「あなたの職業ジョブって今 何なの?勇者ではないのよね?」

「それは肩書だけですね。加護的なものは何もないです。実質無職です」

「王様も酷いことをするわね」

「仕方ないですよ。身内でもない一般人が持つちからにしては勇者の力は強大過ぎます」

「身内ってもしかして、勇者の力を取られたのは……」

「お姫様の告白断ったからだろうなぁ~。不敬罪とかの理由で没収されました」

 10回ほど急所を刺すと芋虫は動かなくなった。

「力の没収を国は公表しなかったんで肩書と魔王討伐の結果だけが残ってます。なので、今回みたいに勇者を頼った依頼は昔から来るんですよ」

「村の人達、君が助けるのは当たり前みたいな雰囲気で頼んで来たわよね」

「まぁ目の前に勇者が現れたら誰だってすがりたくなりますよ。それが偽物だとしても」

「その偽物が君だって言うの?」

「そうですね。今の僕。張りぼて勇者ですし」

「大変ね」

「そう思ってくれるのは魔女さんだけですよ」

 息絶えた芋虫はゆっくりと消滅を開始する。

 か細い手足から魔素へと変わっていき肉体はボロボロと崩れていく。

「勇者」

「なんですか?魔女さん」

「よく頑張ったわね」

「……魔女さん。そう言ってくれるとこ大好きです」

「はいはい。分かったから村に報告 行くわよ」


 旅の途中、宿泊の為に村や町に立ち寄る。

 そこで依頼を請け負って達成報酬を路銀にあてる。

 そうやって二人は旅を続けてきた。

 しかし、今回の依頼はいつもと少しだけ違った。


「あれ?ねぇ勇者、魔物の消滅って跡かたなく消えるのよね?」

「えぇ、例外なく。魔王も最後は塵一つ残しませんでしたよ」

「じゃあこれは何?」

 魔女は芋虫がいなくなった地面に落ちる赤い宝石を拾い上げた。

 それを見て勇者の表情が変わる。

「魔石ですね。最近だと、魔術兵器の部品として使われこともありますが、そういうのは全て鉱山なんかで発掘されるものです」

「それじゃぁ尚更、なんでこれが魔物の中にあるのよ」

「経験上、魔物の中から出てくる魔石にろくなものはありません。見なかったことにしましょう」

「でももう手遅れっぽいわよ」

「え⁉」

「ほら、光りだしたわ」

 勇者は魔女から魔石を奪いあげると遠くめがけて放り投げる。

 少しすると魔石を投げた方向から爆発音がし、それと同時に空気の塊が魔女達に押し寄せてきた。

「なっ、なんなのよ!これは」

「魔族かのトラップですね!それより逃げますよ。奴らのトラップは発動と同時に設置者の召喚を行うものが多い!魔族はともかく、悪魔は今の僕じゃ倒せません‼︎」

「…悪魔?」

 その言葉を聞いた瞬間、魔女の瞳の色が変わった。

「悪魔が居るの?いま、ここに?」

 勇者は緊急時とはいえ、『悪魔』の存在を口にしたことを悔やむ。

 魔女と悪魔との間には、一言では言い表せない因縁があることを勇者は知っていたから。

「行くわよ、勇者」

 魔女は村の方向とは真逆……爆発のあった方へと足を進める。

「ダメです魔女さん」

 勇者は魔女の手を取り、足を止めようとするが。

「離しなさい」

「ダメです」

「いいから離しなさい!」

「嫌です。悪魔と戦っても魔女さんが傷つくだけです。魔女さんも僕も悪魔には勝てません」

「勝てるとか勝てないとかの話じゃないの!私は悪魔に用があるのよ!」

「魔女さん、あなた不死なんですよ?その意味を理解してますか?一生歳を取らないだけじゃない。何をされても途端に回復する死ねない体なんですよ?!……僕は悪魔の残虐さを知ってます。魔女さんじゃ勝てないことも知ってます。悪魔に捕まって拷問されて、心も体も壊された人を何人も知ってます。……僕は、あなたに傷ついてほしくない」

「私が……私が昔、あいつらに何をされたのか知ってて止めてるの?」

 知っている。

 勇者だけではない。『悪い魔女と不死の呪い』を読んだ全ての読者は知っている。

 かつて魔女が村の生贄として、村の平和の対価に不死の呪いを授かったことを。

 永遠の時間に耐えきれず、心がすさんだ魔女がとある国を滅ぼしかけたことを。


 だが国を滅ほしかけた時。悪魔が裏で魔女を《そそのか》したことは勇者しか知らない。

 滅ぼしかけた国が魔女の生まれ故郷だったことも、そこには魔女にとって大切な人が大勢いたことも、今は勇者しか知らない。


「……知っていますよ」

「なら、この手を離しなさい」

「……復讐、するんですか?」

「そうよ。私を騙して、私の大切な人を大勢殺させたことを……私は絶対に許さない‼︎」

 魔女が手を振るうと勇者の手は簡単に離れてしまった。

「乱暴な言い方をしてしまったわね。ごめんなさい」

「本当に行くんですか?」

「行くわ。悪魔ならこの呪いを解く方法を知ってるかもしれないし」

「……なら、やっぱり僕も行きます」

「来なくて良いわよ。勇者だった時ならまだしも、今の君じゃ戦っても死ぬだけだし」

「死ぬ時まで好きな人の側に居れるなんて幸せじゃないですか」

「あっそ。……勝手にしなさい。」

「はい。勝手についていきます」

「………………アリガトウ」

「はい」


 魔女と勇者は村の反対方向。森の更に奥深くへと足を進める。

 爆発が起きた場所はそこまで遠くなかったが、勇者は魔女と共に戦うことが出来なかった。

 前を歩いていた勇者の意識が、そこへ向かう途中に途絶えたからだ。

 勇者の視界が突然ぼやける。不意にまぶたが重くなり、平衡感覚平衡感覚を失って地面に倒れる。

 倒れる勇者を前にする魔女は一冊の魔導書を持っていた『昏睡』の魔導書だ。

「ごめんね勇者。やっぱり私、あなたを死なせたくないみたい」

 眠りに落ちた勇者に魔女の言葉は届かなかった。

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