告白

勇者は夢を見た。

魔王討伐の頃の夢だ。

女神から啓示けいじを受けた瞬間、名もない少年はあらがえない力によって勇者になった。

彼は勇者の加護によって急成長を遂げたが、その過程は決して楽なものではなかった。

数多の強敵との戦いに、たくさんの出会いと別れ。

旅の中には数えきれない程の思い出があったが、その全てを勇者になった『少年』は嫌った。

その旅は『少年』ではなく『勇者』が勇者として行ったものであって、少年の残した旅路ではなかったからだ。

旅の間、少年の名を呼ぶものは誰一人としていなかった。

誰もが彼を「勇者」と呼んだ。

誰もが少年ではなく「勇者」を見ていた。

本当は臆病で戦うことを嫌う少年に気づく者は誰一人としていなかった。

そんな旅をしていく内に『少年』としての心や人格は死んでいき、いつしか少年は誰もが求める勇者に取り込まれていった。


少年が忘れ去られたある日のことだ。

勇者はもう一度、失われたはずの『少年』を取り戻す。

取り返してくれた女性が居たからだ。

彼女は少年の名を呼び、勇者としての外面ではなく臆病で弱い少年を求めてくれた。

1000年の月日を生きたことで「魔女」と呼ばれ続けた彼女だからこそ、求められるまま『勇者』になった『少年』の本位を見ることが出来た。

少年は、全人類に存在を忘れ去られて居ないことにされていた自分を見つけてくれた彼女に救われた。

自分の存在を認めてくれるたった一人の存在に救われたのだ。

その時少年が抱いた気持ちが愛だったのか、感謝だったのかはわからない。

しかし少年は全人類が求める勇者ではなく、自分を救って自分を理解してくれた彼女のための『勇者』になりたいと強く願うようになった。

だから、彼女と出会い『少年』を取り戻した後も少年は「勇者の仮面」を被り続けた。

しかし、その『勇者』は以前の誰もが求める勇者なんかじゃない。彼女に求められ、彼女の力になれる『勇者』の仮面だ。


勇者は彼女から自分の名を呼ばれることを嫌った。

その名は弱くて臆病な自分を指す言葉であって、彼女に見てもらいたい強い自分ではなかったからだ。

現実でも夢の中でも勇者は願い続けた。

「彼女に求められたい。」

「彼女の力になりたい。」

「彼女の勇者になりたい。」

その強い願いが通じたのか勇者はようやく眠りから覚醒する。

しかし、


「…………魔女さん」

覚醒した勇者が魔女の元に駆け付けた時には全てがもう終わっていた。

周辺の木々は所々に焦げ跡や折れた箇所があり、戦いの苛烈かれつさを表していた。

折れた大木を支えに座り込む魔女のローブはボロボロで目は虚ろであった。

悪魔の姿はどこにもない。

魔女を倒したあと自由気ままに何処かへ行ってしまったのだろう。

興味を失くせばすぐ捨て、すぐ忘れる。

自分の好奇心と欲望、それと悪意に従順なのが悪魔だ。

「魔女さん。大丈夫ですか?」

「…………」

魔女の目に光はない。

肉体が壊せないと知った悪魔は代わりに魔女の精神を壊し廃人にしてしまったらしい。

「なんで一人で戦ったんですか」

「…………」

「なんで僕を置いていったんですか」

「…………」

「僕はあなたの勇者なんですよ」

「…………」

「あなたを守るために勇者になったんですよ」

「…………」

「あなたを守るための勇者なのに……」

「…………」

「眠らされたら守れないじゃないですか」

「…………」

「一緒に戦えないじゃないですか」

「…………」

「僕はあなたが居ないとダメなんです」

「………」

「あなたが居たから救われたんです」

「………」

「あなたが居たから僕は僕になれたんです」

「…………」

「臆病で弱かった僕を…」

「…………」

「皆から忘れられて居なかったことにされていた僕を…」

「…………」

「あなたが居たから、取り戻せたんです」

「…………」

「存在してもいいって思えたんです」

「…………」

「僕が僕でいても良いんだと思えたんです」

「…………」

「魔女さん」

「…………」

「好きです」

「…………」

「いつもみたいに「はいはい。」って言ってくださいよ」

「…………」

「適当でいいから返事してくださいよ」

「…………」

「フラれても良いんで答えてくださいよ」

「…………」

「魔女さん、僕あなたが好きなんです」

「…………」

「あなたのことが好きなんです」

「…………」

「大好きなんです」

「…………」

「愛してます」

「…………」

「ずっと一緒に居たいです」

「…………」

「まだ二人で旅してたいです」

「…………」

「2年なんかじゃ足りないんです」

「…………」

「100年でも物足りないんです」

「…………」

「1000年でも満たせないんです」

「…………」

「あなたともっと話したい」

「…………」

「あなたともっと笑いたい」

「…………」

「あなたの笑った声が聴きたい」

「…………」

「あなたの怒った声が聴きたい」

「…………」

「あなたの困った声が聴きたい」

「…………」

「あなたの照れた声が聴きたい」

「…………」

「……好きです」

「…………」

「好きです…好きです」

「…………」

「好きです…好きです…好きです…好きなんです!」

「…………」

「あなたのことが、大好きなんです!!」

「…………」

「あなたを………失いだく、ない」

「…………」


少年は彼女の手を握りうずくまる。

少年の嚙み殺した嗚咽おえつあふれた涙は彼女のまとうボロボロのローブに受け止められた。

少年の告白は日が沈んで、また日が昇っても終わることはなかった。


「魔女さん。旅はまだ終わってないですよ。」

「…………」

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