第18話 実は前に会っていた!

 2年前の大学の合格発表の日に、落ちて泣いていたアオイを見かけた。すでにオペラのコンクールで優勝したり、そこそこ有名人だったマルコスはノリで受験した日本の最高峰の音大を受けて、当然のように合格をもらった後だった。マルコスの姉は日本の漫画オタクで日本語もかなり出来たので、アメリカのシリコンバレーでIT会社に就職してすぐ、勤務希望だった日本の支店で働くことが出来た。その姉が勝手に日本の音大にマルコスの願書を送っていた。マルコスは姉と観光も兼ねて受験していた。そしたら日本語もまったくしゃべれないのにいとも簡単に合格してしまった。マルコスはなんとなくイギリスかアメリカの音大に行こうと思っていた。


「君にはずっと前に会っているんだよ」


 3年前、合格発表の日、ブラブラして家に帰ろうとしていたら、向こうから1人の男(アオイの事)が慌てて走ってきて、ぶつかってきた。アオイはマルコスにぶつかった衝撃ですっ飛んでから、思いっきり転んだ。マルコスも同様ぶつかられた衝撃で、地面にべたりと尻餅をついた。。男はよろよろと立ち上がり、マルコスの近くまで行き、ひざまついてから、マルコスの上にゆっくり覆いかぶさるように、顔をマルクスの顔にかなり近づけてきた。マルコスはまるでキスされてしまうのではないかと思うほど顔を近づけてきたので、びっくりして目を思い切り開けてしまった。そして、アオイは焦点の合わない目でマルコスの顔をジー―っと見つめた。


 マルコスはアオイの端正なルックスにくぎ付けになった。まったくもって日本人には興味が無かったので、初めてしっかりと日本人の顔を見て、自分とは違う顔の作りに美しさを感じた。大学にいるということは自分同様二十歳前後と推測できるが、実際の年齢より幼くみえるし、ものすごくかわいいとも思えた。


「すいません、ごめんなさい」


とアオイは何度も頭を下げて言った。それから、慌ててすっとんでいったメガネを探した。


「メガネ、メガネ」


「あった!!」


 マルコスは、突然起きたその状況にとまどってしまい、座り込んだままボー然としていた。


 今度はメガネをかけて、再度マルコスの近くに行き、何故か正座で座り込んで、焦点のあった目で再度マルコスを見つめた。


「ほんと、すいません。大丈夫ですか?」


 アオイは、心配そうにマルコスを見つめた。アオイは自分よりは大柄なくせに、どこかビクビクしていて、情けないようにも見えて、見た目が端正なのとのギャップがすごくかわいいとも思った。


「アー、アーユーOK?(大丈夫ですか?)」


 男は突然英語で話しかけられたので、びっくりして頭を上下にブンブンふって返答した。急に頭をふったなにかの加減で、その男は急に目から大粒の涙を出し始めた。


 マルコスは自分のポケットから白いハンカチを出して、その男に差し出した。


「ユーズ ディス ハンカチーフ(このハンカチ使って)」


「えっ、ハンカチ?なんで?」


 どうやらアオイは自分が泣いていることに気づいてないらしい。


「ユー アー クライイング(泣いてるじゃん)」


 マルコスはアオイの目を指さしてから、両手で自分の目から口まで指先を動かすことで泣いているというジェスチャーをした。


「えっ、俺、泣いてる?」


 泣いていることさえ気づかない自分にあきれて、それから涙が止まらないことにびっくりしうろたえてパニックを起こした。


「どうしよう、どうしよう」


 マルコスは、かわいそうにも、情けないようにも、かわいいようにも見え、優しくアオイを抱きしめた。


「カムダウン(落ち着いて)」


 しばらく、マルコスの胸の中でアオイはシクシク泣いていたが、落ち着きを取り戻し、両手で優しくマルコスを向こうに押しやった。


「もう、大丈夫です」


「アー ユー スチューデント アト ディス ユニバーシティ?(君はこの大学の学生なの?)」


 アオイは、マルコスが言っていることの意味が分からなかったが、頭を上下にブンブンふって返答した。


(コノ ダイガクニ イケバ、カレニ マタ アエルノ カ)


とマルコスは思って、嬉しく感じた。



「ワタシタチハ 2ネン マエ ニ アッテ ルンダ」


「ズット 2ネンカン キサマ ヲ サガシテタ」


「ドコニ イタ?」


「あー、浪人してたんだよ」


「ロウニン?」


「2回大学に落ちたんだよ。」


「オチル?」


「あー、つまり、大学に入れなかったんだよ、だから、泣いてたんだよ」


「アーーーーー、ユー ワ イツモ カワイソウ・・・」


 同情の表情をマルコスは浮かべた。


「いや、この大学では、普通だから」


「デモ コノ ダイガク ノ セイト ダッテ イッテタ ゾ」


「マルコスの言ってた事が分かんなかったんだよ。英語で話しかけてきたから。なんか適当にうなずいてた」


「アーーーー、エイゴ モ デキナイ。シイジラレナイ。ホント カワイソウ・・・」


「悪かったな、英語も出来なくて」


「ズット オマエ ヲ ダイガク デ サガシテタ」


「ソノアト タカコ ニ アッタ ヨ。 ソックリ ダッタ カラ タカコ ガ オマエ ダト オモッテ、 マチガッタ ヨ」


 だから、その後すぐにタカコに会った時に、タカコがあの時ぶつかってきた男だと勝手に勘違いしてしまった。タカコとはパーティーで知り合った。


 同じ声楽専攻 のヨウコがマルコスの日本語の発音がかわいいし声も高くてかわいいからとタカコの歌を歌わされた動画がかなりバズッた。当然マルコスの日本語はメチャクチャだったから、ヨウコは歌詞をローマ字にしてからなんとなく読ましてマルコスに歌わせたのだった。


 動画がバズッたおかげで動画の運営会社から貢献度の高い動画配信者としてパーティーに招待された。マルコスは、ヨウコとそのパーティーに参加した。そこで、タカコは暴露系ゴシップ動画配信者として有名な男性(トッシー)と楽しそうに話していた。


「We have met before, right? (前にお会いしましたよね?)」


 マルコスはあの時ぶつかってきた男をやっと見つけた興奮から、走っていってタカコにすぐに声をかけた。


「あらやだ、こんなかわいい子ともお付き合いがあるのね、タカコさんもすみにはおけないのねえ。ご主人大丈夫かしら?」


 ゴシップ動画配信者はオネエ言葉でくねくねしながら、タカコの方を悪い表情で見た。


 タカコは一瞬びっくりしたような顔をしたが、マルコスを上から下までじろりと見てから、「まあ、いいでしょう」という感じでニコリとマルコスに笑顔を向けてきた。


「やだー、トッシーちゃん、そういうんじゃないんだから。誤解しないでよねえ」


 タカコは笑いながら答えたが、言った後スッと真顔になって、一瞬怖い顔でトッシーを睨みつけた。トッシーはこれは「だまっていろ」という無言の圧力だと理解し、恐怖でブルっと寒気を感じた。


「Long time no see. (久しぶりね)」


 タカコは日本語なまりの英語で、マルコスの顔をなめるようにじっくり見てから、ゆっくり答えた。


 タカコはマルコスの腕をそっと掴んでパーティー会場から出て行った。タカコは廊下をツカツカと足早に歩き、この場所をよく知っているのか慣れた様子で空き部屋にマルコスを連れて行った。


 タカコはドアをばたんとしっかり閉めた後、マルコスをドアに両手でおもいきりおしつけた。タカコは顔をマルコスに近づけてしばらく2人は見つめ合っていた。


 マルコスはえらい首周りが開いた服だなあと思っていたら、その下に胸の谷間があることに気づいた。


「cleavage ?????(胸の谷間??)」


「female !!(女!!)」


 マルコスは顔をそらして逃げようとしたが、タカコの両腕が肩の方に巻き付いてきた。


「Sorry, I’ve mistaken you with someone else. (すいません、人違いでした)」


「It doesn't matter. (それは、どうでもいい)」


 タカコは、マルコスに思い切りキスをしてきた。


「こういうのほんとひさしぶり」


 マルコスはなにかしゃべろうとタカコの口から逃げようとすると、タカコに顔を両手でつかまれて、彼女の方に無理やり向かされた。タカコが怒ったようににらみつけてきたので、マルコスは一瞬ひるんでしまった隙に、またタカコは激しくキスをしてきた。それはまるで飢えたメスの獣そのものだった。


 マルコスはタカコの狂気じみた性欲が怖くなって、タカコの顔を全力で両手で押しやった。タカコは壁に上半身を思い切りぶつけて、床の上にヨロヨロと倒れこんだ。その隙にマルコスは逃げようとしたら、ひざまづいてタカコは声をあげて泣き始めた。


「なんでよ?」


 マルコスはかわいそうになって、かけよった。実際、タカコは悲しくて泣いていたのではなく、悔しくて泣いていたのだ。めの前にとてつもなく美味しそうなものがだされたのに食べる直前で取り上げられたのだ。それに、タカコは欲求不満で性欲がパンパンにはち切れなくなっていたので、出来ないことが悔しくてたまらなかったのだ。


 タカコの泣き顔があのぶつかってきた男の顔そっくりだったので、マルコスのやる気スィッチが入ってしまった。マルコスはタカコの近くまで行きひざまずいて、タカコの涙を白いハンカチで拭き取り、彼女と一瞬見つめ合ってから、顔を横に倒し、優しくキスをした。タカコはまってましたとばかりにマルコスをブラックホールにようにすさまじい吸引力のあるキスで吸い付いてきた。マルコスは彼女に自分の全てを吸い込まれてしんまうのではないかというゾクゾクした恐怖と快感を感じた。


 タカコはマルコスのネクタイを引っ張ってベッドまで誘導し、マルコスを押し倒した。


「マチガッテ ヤッチャッタ ヨ」


 マルコスが気まずそうに苦笑いをした


「なにがやっちゃったよ、だよ」


 アオイはあきれながら言った。


「オマエ ヲ サガシテタ」


「そうか、それは、待たせたな」


 アオイは照れながら答えた。


「アオイ ハ ワタシ ガ スキ ダロ?」


「多分好きだよ」


 アオイはマルコスの方をまっすぐ見て答えた。


「ジャア リョウオモイ ダナ」


「多分ね」

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