tyaputa02――彼ら③――

 わたしのお腹が突然音をたてた。きゅう、というなんともせつない音が自分の中からしたので、わたしはまた聞いてしまった。


「どうして音がなるの?」


 でもそれでいいのだ。疑問が湧いたら、質問していい。だって彼はなんでも答えてくれると言った。

 それが許される。それは、とても良いことだった。

 二人は一瞬目を見開いた後、お互いに見つめあった。それからドクターの方が、微笑んだ。


「それは、お腹が空いたという合図です。そういえば今日の食事がまだでしたよね」

「食事?」

「栄養補給のことだ」


 そうして案内されたのは白くて小さなテーブルだった。ドクターが椅子を引き、わたしを座らせてくれた。


「すこし待っててください。なにが良いかな……オムライスとかどうです?」

「食べたことが無いものについて聞いたって、仕方ないだろう。なあ?」


 同意を求められても、わからないので困る。

 しばらくしてドクターが持ってきたのは、湯気をたてる黄色いふくらみだった。3人分のそれをテーブルに並べて、ドクターと、ソファの彼――今はテーブルの彼?――の前に並べる。赤いプラスチックの容器に入った物と、銀色の、先が大きく湾曲した棒が、黄色のふくらみが乗った更の横に置かれている。

 どれもこれも、何に使う物かわからない。


「これはなんですか?」

「オムライスです」


 ドクターは簡潔に答えた。


「あたたかいうちに、どうぞ」


 ドクターは言ったが、やっぱりどうすればいいかわからなかった。栄養を補給する物だということは理解した。しかしどう見ても、ゼリー飲料には見えない。


「飲み口はどこですか?」

「おい、本当に何も知らないぞ」

「ああ……経験は無くても、知識としては知ってるかと」


 テーブルの彼は、銀色の棒を持つと丁寧に教えてくれた。


「これはこう持つ。そしてこうする」


 湾曲した先で黄色のふくらみを掬いあげると、彼はそのままそれを口に放り込んだ。顎を動かし、やがて口内の物を飲み干し、銀色の棒でわたしを差す。


「こうやって食べるんだ。やってみな」


 こんな道具を使って栄養を補給するのは初めてだったが、言われた通り、試みた。

 使いなれない道具に苦労しながら、なんとか黄色いふくらみを突いてひと掬いすると、中身はオレンジ色のつぶつぶした物でいっぱいだった。――これを口に入れて、本当に大丈夫なんだろうか?

 不安から彼を見ると、あっと言う間に半分を補給し終えていた。ドクターが自分の分を掬いあげながら言った。


「こうすると、食べやすいですよ」


 息を何度か吹きかけて、ドクターもそれを口に運んだ。念入りにドクターの真似をして、わたしも今度こそそれを口に入れた。

 口内いっぱいにあたたかさと匂いと、味が広がる。

 ――これは何? いったい何?


「どうだ?」


 テーブルの彼が頬づえをつきながらこちらを見ていた。ドクターも見ていた。

 わたしは口内の物を咀嚼し、ゆっくりと嚥下した。喉を通って胃の中に落ちたそれは、熱を発するものだった――お腹の中があたたかい。それはとても心地よかった。


「――唾液がとまりません」


 わたしの感想に二人が笑った。


「それは美味しいということですね。気にいってくれて良かった」


 私はこの時味覚と、美味しいという感覚を知った。

 本当にお腹が空いた時に食べるものが、こんなにも満たされるものだとそれまでわたしは知らなかった。お腹が空くという経験をしたことがなかったのだから、当然だ。

 わたしは初めて空腹を知り、満たされることを知ったのだった。

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わたしは空腹を知らなかった ノミ丸 @nomimaru

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