tyaputa02――彼ら②――

 わたしは部屋の端から端まで行ったり来たりしながら、モニターを指さした。動きを止めたら、呼吸まで止まってしまいそうだった。


「――彼らは、彼女たちは、何をしているんですか? どうして皆ばらばらなの? ここはどこなんですか? どうしてわたしをここに連れてきたんですか?」

「こりゃ……なんと言うか、とんでもないなんでちゃんが来たな」


 ソファの彼が、息を吐くように笑った。

 わたしの知識や、経験にない物ばかりがここにはある。情報の処理が追いつかなかった。

 彼は、ドクターはわたしの疑問に答えると言ったけど、こんなに何にもわからない場所にいるのに、本当にそんなこと可能なんだろうか?

 少しの沈黙のあと、ゆっくりとした口調でドクターが告げた。


「ここは観測所です」

「観測所?」

「本当はもっと別の名称がありますが、この方がわかりやすいですね」


 息を吐いて、別の質問をした。


「あなたたちは誰なんですか?」


 今度はソファの彼が、口元をゆがめて答えた。


「俺たちは、あー、なんだろうな。研究者か? 記録者か? いやぁ、どれも違うな! ここで日がな一日モニターと睨めっこしてる、暇人だな!」

「ひまじん?」


 聞いたことが無い。

 すると彼は顔をしかめた。


「笑えよ、皮肉を言ったんだ。ユーモアってヤツだ!」

「ゆーもあ?」

「だめだこりゃ」


 両手を広げてソファにもたれかかる彼に変わり、眼鏡の彼が、続きを引き継いだ。


「僕らは、そうですね……観測者とでも名乗りましょうか。色んな時代をここで観察しながら、その時代に起こる様々な事象のデータを取る。そんな業務に携わっています」


 ドクターがモニターの1つに触れると、映像が変わった。

 そこにはよく知っている、わたしたちや、彼女たちが映っていた。


「今回は貴女の時代を観測していました」

「わたしの時代?」


 ドクターが頷いた。


「貴女の時代は資源不足が酷かった。その問題を解決するために作られ国家間で取引されたのが、貴女たち低予算型クローンだ」

「実際あんた、任期終了までそんなになかっただろう? 処分される予定だったところを、わざわざ早めて、こいつが連れてきたってことだ」


 わたし達がクローンだということは承知している。なにごとも無ければ大体が、三年で任期を終えることも。でも私にはまだ、一年残っていた。


「つまりここは、未来だというですか?」


 私は息を吸い込んだ。


「あなたたちは、未来から来た?」

「貴女の時代よりは」

「あるいは過去かも」


 二人は答える。


「この部屋はある意味で、時間の経過というものから切り離されています。全てが同時に存在していて……あるいは始まってすらいない」

「どうして?」

「どうして? なんで? そればっかだなオイ」


 呆れたようにソファの彼が笑う。


「貴女は、気づきましたね? 貴女たちにはオリジナルと同じ素体、同じ塩基配列のクローンで、みな同じく行動する――でも貴女は気づいた。共通しているのはDNAであり、思考は個別に存在すると」


 わたしは、驚いた。

 この気づきを――わたしと同じように知った人がいる。打ち明けられる相手が、目の前にいる。


「そうです!」

「うわ」


 突然わたしが叫んだので、ソファの彼が驚愕した。


「はい、気づきました! わたしは、わたし達じゃない。わたしは、彼女じゃないし、彼女は、彼女と呼ぶべきなんです! 彼女はわたしじゃない! わたし達、誰ひとり、同じじゃない!」

「うわうわうわ」


 わたしは早口になって、彼らに詰め寄った。

 ソファの彼がのけぞって逃げようとする。ドクターの方は静かに、わたしを見つめていた。


「わたしは、彼女ではない! 彼でもない! そして彼女も彼も、わたしではない! わたし達、ばらばらなんです!

 ――いいえ、同じ、同じ人間です! でも、でも違う――違うんです!DNAは同じなのに、同じはずなのに――

 わたしじゃない誰かがいるって、これは、これはすごいことです! すごい――発見です。そうでしょう?」

「そう。貴女は貴女です。貴女はその事に気づいた。目覚めて、貴女になった」

「わたし、わたしは――」


 呼吸が乱れていた。何度も息を吸い込み、吐く。誰かに聞きたかった。誰かに伝えたかった。急かす気持ちが、わたしをそうさせた。

 こんなに一度にしゃべったのは初めてのことで、鼓動がせわしなかった。


「わたしは誰ですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る