最終話 春の到来

 暖かな日のさす秋の朝。

 エリーとアリアは学校へ向かう最中だ。


「でさ、説明書を読んだら、『魔力を込めたものに危害が及ぶ場合、結界を展開し、周囲の魔力をもつものに火炎魔法を発動する』的なことが書いてあったんだよ」

「すご! ノアくんよく作ったね」

「だよね。解説書を見ていた捜査官の人も驚いてたし、実はすごい魔道具だったみたい」


 昨日魔物に襲われたとは思えないほど穏やかな会話。

 恐怖の記憶はあるが、ペンダントにより、それは随分と和らげられていた。

 

 今度ノアにお礼の手紙を書こう、そう話しながらエリーとアリアは昨日角ウサギに襲われた道路を抜ける。

 

「エリー! アリア!」


 ふと、二人の背後から男性の声が響いた。

 その懐かしい声に、エリーとアリアは一斉に後ろを振り向く。


 タンタンと走る音。

 昨日、エリー達を守った光と同じ青の目。

 

「ノア!?」


 ぎゅっと心地よい圧迫感に包まれる。

 互いに顔がくっつかんばかりの勢いで、三人は抱きしめ合う。


「大丈夫? 怪我はないか?」

 

 少し息を乱しながら問いかけるノアに、二人は大きく頷く。

 その様子にノアは頬を緩め、安堵の笑みを浮かべる。

 

「昨日、急な魔力の吸収があったと思ったら、魔物に襲われたって聞いて本当にびっくりした。無事で良かった……」


 エリーとアリアの無事を噛み締めるように呟き、二人を見つめる。


「今の私たちがあるのはノアのおかげ。本当に感謝してる。ありがとう」


 ノアの様子に喜びと、なんとも言えない照れ臭さを感じながら、エリーは礼の言葉を伝える。

 アリアも笑みを浮かべながら「ありがとー!」と元気にお礼を言った。


「……そういえばノア、学校大丈夫? 魔導士養成校は結構厳しいって聞くけど。」

 

 少し雑談をした後。エリーは気になっていたことをノアに尋ねる。

 ノアはラフな白のシャツに黒ズボンとどう見ても制服ではない。

 

「サボった」


 端的に答えるノア。

 その答えにエリーとアリアはギョッと目をむく。


「サボって大丈夫? というか、まさか無断で抜け出してない、よね」

「授業難しすぎて休むとヤバいーって聞くけど本当に良いの?」


 ぐいっと一歩近づいて問いかけるエリー達。

 だが、ノアは目を瞬かせるだけで「問題ない」と答える。


「今まで何度か抜け出したことはある。それに困ったら転移魔法を使えばいい」


 平然と言ってのけるノア。だが、ツッコミどころしかない。


「何度かって、まさか常習犯? それに転移魔法ってそんなとホイホイ使えるような──」


 はっとエリーは自身の口を手で覆う。アリアからの鋭い視線に気がついて言葉を止めたが、遅かった。


「転移魔法に興味があるのか!?」

 

 ないわよ! そう答える余裕はなく、ノアの転移魔法講義が始まってしまう。


「基本的に転移魔法は陣と陣を介して行われるが、俺は思いついたん、ってもが!」


 咄嗟にエリーは自身の手をギュッとノアの口に押し付けた。魔法語りが始まってしまった場合は実力行使で止める、という以前の議論での言葉を思い出したのだ。


「魔法に興味はないって何回も言ってるでしょ!」


 下からノアの顔を覗き込むエリー。

 だが、予想外のノアの表情に、ポカンと口を開けた。


 目を逸らし、顔を赤らめるノア。

 怒っているのか、という考えが一瞬横切るエリーだが、眉を下げ、青い目を僅かに伏せるノアからはそんな様子は一切感じられなかった。


「え、ごめん。苦しかった?」

 

 鼻は覆っていないはずだけど、と小さく呟くエリー。

 

 何故か隣からクックと堪えるような笑い声が聞こえてくる。


 ノアも先ほどまでの流暢な喋りは消え去り、偶にぶつぶつと小さな声で何か呟くくらいだ。


 (なになになに? 私なんかまずいことやらかした?)

 

 手を口元に近づけ考えこむエリー。余計にノアの顔が赤くなっているのも知らず。

 その様子に、アリアの笑い声が一段と大きくなる。


「……俺はもう学校に戻る。今年は一度家に戻るつもりだから、また、会おう」


 ノアは赤い顔のまま急に体の向きをかえ、スタスタと去っていく。

 

「え? 了解。気をつけてね」

「っんふ、楽しみにしてるよ〜!」


 突然歩き始めたノアの背中に、エリーとアリアはそれぞれ言葉をかける。アリアは笑いを堪えながらだったが。

 

「ちょっとアリア。さっきからなに笑ってんのよ」


 エリーはジトリとした視線をアリアに向ける。


「ううん、別に。でも、エリーすごいなって」


 私だったら恥ずかしくてできないよ、と悪戯っぽい笑みを浮かべるアリア。

 そして、アリアは人差し指をそっと唇に当て、エリーの唇にギリギリ当たらないところまで寄せる。


「何? ……っ!」


 エリーはひゅっと勢いよく息をのんだ。素早く口元から指を離す。


 アリアは笑みを深め、指を自身の唇に再び寄せた。


 エリーの顔が一気に赤に染まる。


「じゃあ、わたし達も学校いこー」


 首元まで赤らめたエリーの手を引き、歩き出すアリア。

 エリーはよろめきながらアリアの後ろを歩き、自身の手を見てはうわ言を漏らす。


 赤らめたノアの表情、指に残るほのかな暖かさ。


 猛烈な恥ずかしさ、そして何か喜びに近いふわふわとした感覚……。

 

「ようやく春だね」


 揶揄うような、それでいて優しいアリアの声。


 青く澄んだ秋空の下。穏やかな春の風が優しく吹き抜けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法に無関心な少女は魔道具を身に纏う。 水島悠林 @Rin_Mizushima91

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ