3 睡魔とウサギ

「ええ、このように魔物は魔力消費が非常に激しく、それを贖う必要があります。現在のように大量発生すると、魔力に飢え、人間を襲うようになり──」


 本日二回目の魔法関連の授業。エリーは教科書を口元に持ち上げ、あくびをする。


 教科書を下ろしたところで教師と目が合った。鋭い視線に首をすくめる。


 これは当てられる、そう思ったエリーだったが、杞憂だった。

 授業の終わりを告げる鐘がなったのだ。


 エリーは胸を撫で下ろし、そそくさと教科書を鞄にしまう。教科書を出すのはクラスで一番遅いが、しまうのクラス一の早さだ。


「よし、アリア帰ろう」

「りょーかい!」


 テキパキと帰りの支度を終えたエリーはアリアと共に教室から抜け出した。



「さっきの先生さ、毎回私に当てるんだよね。絶対マークされてる」

「あの先生は眠そうな生徒をあてる、って噂で聞いたからそれかな? エリーは毎回あくびしてるもん」


 まだ灰色の雲に覆われている空の下。

 げっそりと疲れ切った表情のエリーと、まだまだ元気そうなアリアは共に帰路に着いていた。


「ええ、めっちゃよく見てるじゃんその先生……。でも、興味がない内容の授業って、どうしてもつまらないって感じちゃうんだよね。そうすると睡魔が私のもとに駆け寄ってくるし」


 不可抗力だと主張するエリー。そんなエリーを宥めるように、アリアがアドバイスをする。


「あくびをしそうになった時は上唇をペロってすると良いらしいよ。それにさ、魔物の話題最近多いし、つい数日前に西地区の方で被害があったから授業を聞くのも──」


 だが、ここでアリアの言葉が止まった。

 首を傾げるエリー。「どうしたの?」そう尋ねようとしたところで、エリーも言葉を失った。


 道端に佇む数えきれないほどの長い耳。

 ふわふわとした白い毛に血のような赤い瞳。

 そして、体に不釣り合いなほどに長い角。


 角ウサギの大群襲撃。西地区では避難指示。

 大量発生すると、魔力に飢え、人間を襲う。


 ドクドクと早まる心臓の音。

 距離が短すぎる。しかもこんなにたくさん、百よりも──


 ギィ。


 空気が震えた。腹の底に響くような低い声。

 

「アリア!!」


 エリーはアリアの手を掴んだ。硬直したアリアを無理やり引っ張る。


 もつれそうな足。

 それを前に。ただ前に進める。


 でも、遅かった。


 暗い。そう感じた瞬間。

 ぬめりと光る角。

 その奥にある二つの赤。


 終わった。

 

 反射的に目を閉じる。

 

 その瞬間、ドンッと大きな爆発音が響いた。


「……え?」

 

 予想外の音にエリーは瞑っていた目を見開く。

 だが、その光景もまた予想外であった。


 緑、そして青の光が行き交う半透明のドーム。このドームはエリーとアリアを囲うように展開されている。

 さらに、ドームの外、それもかなり離れたところで、眩い光が爆発音と共に走っている。


「え……え? どういうこと?」


 エリーはドームのへりに近づき、外を食い入るように見つめる。だが、先ほど目の前に現れた角ウサギ達の姿はなく、あるのは爆発音と閃光のみだ。


「エ、エリー。ペンダント、光ってる……!」


 アリアの言葉に、エリーはハッと息を呑む。

 胸元で、キラキラとペンダントが緑と青の光を発していた。

 

「……同じ色」


 エリーはペンダントを持ち上げ、小さく呟く。


「ノア……」


 イヤイヤつけていたのが申し訳ない。そして何より、彼にエリーとアリアは救われた。


「……っ! エリー!」


 アリアがわっと涙を流しながらぎゅぎゅうとエリーに抱きつく。エリーも全身の力が抜け、一気に恐怖と安堵が込み上げてくる。


 ドームの中に響く二人の泣き声。

 騒ぎを聞きつけた警吏が来るまで、互いに抱き合うように泣き崩れた。

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