2 ノア+魔法=危険

 魔道具と手紙が送られてきてから二日後。

 休日が明けたので、今日からは学校である。


 もちろんネグリジェではなく学校指定の制服。そして、制服と肌着の間。この隙間にエリーはノアから送られたペンダントをしまっている。

 アクセサリーが禁止されているわけではないが、魔道具を身につける生徒をエリーは見たことがなかった。

 それに、エリーは魔法に関心がないと、ことごとく口にしているため、見られると少し気まずいのだ。


 亜麻色の髪と紺のスカートを揺らしながら玄関をくぐる。

 大きなあくびをしながら歩くエリーの肩を、後ろから誰かが叩いた。


「おはよ! エリー」

 

 鈴を振ったような明るく澄んだ声。低い位置で髪を二つに結んだ生徒が、エリーにニコリと笑いかける。


「おはよう、アリア。先来てたんだ」


 くるりと振り返ったエリーは、ニコニコと微笑むアリアを眩しそうに見つめる。

 朝、それも休日明けの今でも元気いっぱいなこの少女は、エリーの友人。明るく人懐っこい性格で、ノアと同じくエリーとは幼馴染の関係である。


 肩を並べながら一緒に歩く。十年以上前から変わらない、エリーの日常だ。


「そういえば、ノアからまた魔道具をもらったんだよね」

 

 休日の話題になった時、エリーはポロリとペンダントの話をこぼした。

 幼馴染であるアリアは、ノアがエリーに毎月魔道具を送っていることを知っている。なので、何故魔道具を付けているのかも話せば理解してくれると踏んだのだ。


 アリアはエリーの話を頬を緩めたり、目を細めたりと表情をコロコロ変えながら楽しそうに聞く。

 一通りエリーが話を終えたところで、アリアは暫く腕をくみ黙りこくった。

 エリーが首を傾げていると、アリアが口を開く。


「そのペンダント、わたしに見せてくれる?」


 何を考えていたのだろう、そう不思議に思いながら、エリーは制服の下に入れていたペンダントを取り出す。


「緑!? 青じゃなくて?」


 アリアは驚いたように声を上げた。その様子にエリーは目を瞬かせる。


「そんなに意外だった? 色って重要?」


 首を傾げるエリー。だが、アリアはカッと目を見開き、ずいとエリーに一歩近づく。


「意外って、青と言えばノアくんでしょ? ノアくんは青目なんだから」

「え、まあ確かに青だけど」


 青目なんてたくさんいるじゃない、という言葉を呑み込む。エリーの経験上、今の状態のアリアの言うことは否定しない方がいい。話がややこしくなる。


「なんで緑を……。わたし青色が良いよって言ったのに……」

 

 小さな声で呟くアリアに、エリーはまたもや首を傾げる。エリーには色にこだわる理由が思い浮かばなかった。

 

「……そろそろ時間だし、とりあえず学校行こう」


 エリーはペンダントを制服の下に仕舞い込んだ。

 眉根を寄せぶつぶつ呟くアリアの手を引く。でも、アリアが動く様子はない。

 すっかり思考の海に沈んでしまったようだ。

 

 ぽつ、ぽつ。

 エリーの耳元で雫の跳ねるような音が響いた。

 

 はっと視線を上げると空が灰色に染まっている。

 

「雨降ってきた! 早く行かないと!」


 エリーの隣で考え込んでいたアリアが、急に走り出した。突然手を引かれたエリーはよろめきながらも何とかアリアの後に続く。


(私の幼馴染はどっちもマイペースだなあ。しかも速い)


 速いマイペース。そんな言葉思い浮かべながら、エリーは暗くなった街を駆けた。


***


「雨止んだけど、暗いね」


 すっかり灰色の雲で覆われた空を眺め、アリアがポツリと呟いた。その手には食べかけのパンが握られている。


 時刻は正午すぎ。午前中の授業が終わり、今は昼休みだ。


「ね。気分が余計落ち込む……」


 エリーはパンではなくテストの用紙を握り、大きなため息をつく。

 用紙の上には三十八の数字が鎮座しており、でかでかと「不可」の判子が押してあった。


「まあまあ、小テストで良かったじゃん」

「それでも平均70のテストよ。あと三点で赤点」

 

 しかも再テストだし、と付け加えるエリー。

 魔法には興味がないからとほとんど勉強していなかったツケがきた。

 興味のないことを勉強するほど辛いことはないのに、再テストなのでしっかりと勉強しないといけない。エリーは机に突っ伏し、頭を抱える。


 そんなエリーの肩をアリアは軽く叩く。アリア自身、魔法、特にエリーが悲惨な点数を取った魔法理論は得意とは言えない。こうやって励ますことしかできないのだ。


「そうだ、ノアくんに聞いてみたら? 魔導士養成校に通ってるし、魔道具も自作みたいだし!」

 

 名案! とウキウキした様子で語るアリア。だが、エリーの表情は暗い。


「いや、ノアに聞いたらとんでもない答えが返ってくる気がする……」


 エリーの中でノアと魔法にまつわる記憶は苦いものばかりであった。


「ほら、アリアだって覚えてるでしょ。ノアが養成校に行く前にあったあれ……」

「ん? ……あ」


 アリアの明るかった表情が一気に曇る。

 それもそのはず、エリーの言ったあれ、は二人の中に苦い記憶として深く刻まれているのだ。

 エリーは遠い目をしながら、その時の情景を思い出した。

 


 あの時、魔導士養成校への合格祝いとして、エリーとアリアはノアの家を訪ねていた。ノアとはあまり関わりのなかったアリアだったが、エリーの仲介と自前の人懐っこさにより、会話はスムーズに行えていた。

 ただただ、順調で平和な時間が流れていた。


 だが、それはすぐに消え去ることになる。

 

「そういえば、ノアくんは何で魔法が好きなの?」


 このアリアの発言。何気ない、ふと疑問に思ったことを口にしたのがきっかけだった。


「何で、か……」


 アリアの言葉を聞いたノアは、暫くの間黙り込んだ。

 青い目を伏せ、思考に耽るノア。二人はかなり長い時間無言でノアを見守っていた。

 だが、その時、ノアと長い間一緒にいたエリーはすでに嫌な予感を感じており、身震いをしていたが。


 非常に長い沈黙。この長すぎる沈黙に耐えられなくなったアリアが、口を開こうとした時。


 ついに地獄が始まった。


 怒涛の魔法講義。魔法の成り立ちから現在までの歩み、原理や構造。魔法と魔導の違いやその他諸々。


 魔法に全く興味のないエリーにはもちろん、多少は興味があり、人並みレベルには知っていたアリアでも、このノアの魔法講義は非常に辛い時間であった。

 難解すぎる内容、どこで好きと繋がるのか結果の見えない構成、終わったと思ったら分厚い魔導書を積み上げて来た時の恐怖……。


 結局、ノアの話が終わったのはすっかり日が落ちた頃だった。まだ太陽が南の空にあるときに来たのにも関わらず、だ。


 

「思い出すだけで震えてきた……。魔導書を持って来られた時、本当に今日は帰れないと思ったよ」

「わかる。なんであの時、わたしはあんなこと聞いたんだろうって思うもん。やっぱ手紙を送るのはやめといた方が良いね」


 エリーとアリアは顔を見合わせ。大きく頷きあう。もし「魔法理論わかんないから教えて」なんて手紙に書こうものならとんでもなく分厚い魔導書と、何十枚にも渡る返信が返ってきそうだ。

 

 しばらく互いに苦い記憶を噛み締めあった後、エリーも含めて昼食を再開。そしてノアの語りをいかに防ぐか議論し、魔法の話題はNG、始まってしまった場合は実力行使で止めるという結論に落ち着いた。

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