魔法に無関心な少女は魔道具を身に纏う。

水島悠林

1 幼馴染からの強制プレゼント

 涼やかな風の吹く秋の朝。

 住宅の立ち並ぶ一角で、一人の少女がネグリジェ姿のまま、立ち尽くしている。


 少女は亜麻色の髪を風に靡かせながら、小さく、低く呻いた。


「またやってくれたわね、ノア・フェリス……」


 わなわなと腕を震わせる少女。小さな小箱と手紙を前に、少女の持っていた新聞はグシャリと歪んだ。


 ***


「母さん、新聞取ってきたよ」


 家に戻ってきたネグリジェ姿の少女。

 浮かない表情を浮かべながらも、キッチンで朝食を作る母に向かってひょいと新聞を掲げる。


「ありがとう、エリー。よければ少し読み上げて頂戴」

「りょーかい」


 少女、もといエリーは、掲げていた新聞をくるりと反転させ、表紙一面を陣取るニュースを読み上げる。


「角ウサギの大群襲撃。西地区では避難指示、だって」


 今日もいつもと変わらない魔物関連のニュース。かれこれ半年以上続く重い内容に、エリーは、はあとため息をつく。


「まあ、大変ね……ってあら、エリー。もしかしてその箱と手紙はノアくんから?」


 不安げな表情を浮かべた母。だが、その表情はすぐに一転。エリーの抱えた荷物を見た途端、パッと明るくなった。


「相変わらず仲がいいわね。かれこれ三年以上続いているんだから」


 羨ましいわ、と母はにこにこ微笑む。


 ノアとはエリーの幼なじみであり、魔導士養成校に通う同い年の男の子。今でも文通をする仲である。


 だが、エリーの顔に浮かぶのは苦笑いだ。


「手紙は嬉しいけどさあ、魔道具は私に必要ないし、別に欲しくないんだよ」


 エリーは小箱を恨めしげに見つめる。


 ノアから小箱が送られてくる時、その箱の中には必ず魔道具と呼ばれる魔法を行使できる道具が入っているのだ。ピンキリではあるが、それなりに高価なものであり、貴重なものである。


 ……が、魔法に興味のないエリーにとって魔道具はガラクタ、とまでは言わないものの、不必要なもの。毎回いらないと断るのだが、毎度の如く届けられている。

 

「あら、でもこのノアくんお手製の魔法補助付きのフライパンはとっても便利で、エリーも使っているじゃない」

「まあ、それは道具として便利だけどさあ。最近のノアは剣とか、魔導書とか送ってくるの。しかもすっごい複雑なやつ」


 大きくため息をつくエリー。だが、対照的に母はけらけらと楽しそうに笑う。

 

「剣でも魔導書でも、貰ったものは大切にするのよ。ほら、早く開けてきなさい」


 文句を言おうと口を開くエリーを咎めるように、母がエリーをせき立てる。

 エリーは少し眉を寄せながらも、渋々といった様子で部屋から出ていった。

 

 


 部屋に戻り、着替えたエリーは、机に置いた小箱と手紙と対峙する。

 部屋の隅に積まれた魔道具の山をチラリと見てから、エリーは手紙を手に取り、ペーパーナイフを差し込んだ。

 

──魔道具を送った。今回のは特に自信作


 久しぶり、や、元気? といった言葉はなく、唐突に始まる文章。

 毎回のことではあるが、ノアらしいと、エリーは吹き出してしまう。


──たぶんエリーは使わないと思うから先に伝えておく。今回のだけは絶対に毎日、一日中使って


 やなこった。思わず出かけた言葉を何とか呑み込む。

 毎日、しかもずっとだなんて、かなり強欲ではないか。エリーは思わず半目になって手紙をジロリと見つめる。


 だが、次の文を見た途端、エリーの表情は一転した。


──もし毎日つけてくれるのなら、もう他に魔道具は送らない


 エリーはパチパチと何度も瞬きする。


 まさか、あのノアが妥協?

 毎回いらない、使わないと書いても無視するノアが、もう送らない?


 エリーは驚きのあまり、何度もその文を読み直す。


 エリーにとってノアのイメージは「頑固者」だ。

 周りがどれだけ反対しても、自分が良いと思ったならば突き通す。例え行手を阻まれようと、何としてでも突破する、そんな自由気ままで我の強い性格だと認識していた。


 実際、今ノアが通っている魔導士養成校も、無理だ無謀だ地に足をつけろ、と散々言われたのにも関わらず入学した。

 ノアは彼の両親が「家を継いでほしい」と涙まじりに懇願するのを見ても、「行く」の一点張りだった。


「あのノアがここまで言ってくれるなら、毎日つけるのもありか……」


 エリーは手紙をたたみ、机の奥に置いていた小箱を引き出す。

 蓋を開けるといつものごとく、手紙よりも分厚い説明書と解説書が飛び込んできた。つらつらと紙を黒に染めんばかりの勢いで書かれた魔導式から目を逸らしつつ、目当ての魔道具を取り出す。

 

「……ペンダント?」


 入っていたのは、拳ほどのサイズの魔石が埋め込まれたペンダント。色はエメラルドよりも深みのある濃い緑。朝日を受けて柔らかい光を放っている。


 ノアから送られる初めてのアクセサリー型の魔道具だ。


「結構重い」


 かなり大きなサイズの魔石であるため、手に持ってみるとかなり重量がある。首にかけると苦労しそうだな、とエリーは呟きながら分厚い説明書を開く。


──魔力を魔石の中心に掘られた陣へ、光るまで入れる。以上


 分厚い割に短い説明。本当に説明書だろうか、とエリーは心の中で突っ込む。

 だが、文句を言っても進まない。エリーは文の隣にかかれた図を参考にしながら、魔石の中心の陣を探す。

 日光に当て、目を凝らすうちに、魔石の中心部に複雑な紋様のようなものが彫られているのを発見した。説明書の図と完全に一致している。


「こうだっけ?」


 魔石に手をかざし、魔力の流れを思い描きながら魔法陣に向ける。


 しばらく魔力を注いでいると、魔石がぼんやりと輝き始めた。

 淡い緑の光がじわじわ魔石を覆っていき、一面を緑色に染め上げる。

 エリーはそっと力を抜き、魔力の注入を終了した。


「これでいいよね」


 光が霧散していくのを眺めてから、エリーはチラリと説明書に再び視線をやる。

 

──常時魔法を発動するため、魔力を常に消費する。一定量まで減少すると自動的に触れるものから魔力の吸収を開始。完了すると作成者、ノア・フェリスの元へその結果を伝達する


「つけてなかったらバレるじゃん」


 エリーは思わず声を上げる。何気なく見た文にとんでもないことが書かれていた。

 なんだかんだつけなくてもバレないだろう、と思っていたエリーだったが、それは叶わぬ夢であった。


 そっと説明書を閉じ、解説書とともに小箱にしまう。解説書に関しては一単語も読んでいないが、説明書以上に分厚い。魔法に興味のないエリーに読む気がおこる代物ではなかった。


 残るのは手紙とペンダント。

 魔石から漏れる淡い緑の光が、エリーにつけるよう訴えかける。


「仕方ない……」


 あの文を読んでしまった以上、つける以外の選択肢はエリーに存在しない。

 肩凝らないといいな、なんて願いながらチェーンを掴む。


「え、軽い」


 ペンダントは軽々と持ち上がった。明らかに重量が減っている。最初の四分の一程だろうか。

 試しに左手に持ち替えてみても、やはり軽い。

 どうやら、魔石に特殊な魔法陣が描かれていたようだ。


 ノアにしては随分と気が利く。そんな失礼な感想を浮かべるエリー。

 ふと思い立ち、部屋の隅に駆け寄る。


「こうしてみると……ノアは私のこと理解してくれるようになったんだなあ」


 積み上げられた魔道具の山を眺めながら、エリーはしみじみと呟く。


 ある時は「高等魔法基礎」という辞書二冊分の厚さのある本を。また最近は剣や投げるだけで魔法が発動するボールなど物騒なものを。

 

 エリーは魔道具の山を見つめ、はぁと感嘆のため息をこぼす。

 ノアの成長を感じるとともに、この高く、大きくなり続けた山がついに成長を止めるのだ。エリーの悩みの種の一つが解決したのである。


「よし、ノアに返事書くか」


 エリーは魔道具の山から離れ、再び机に戻る。魔道具お断りの文を書く代わりに、今度はもらった魔道具の販売、譲渡の許可をもらおう、なんて考えながら。

 エリーは便箋を取り出しペンをすすめる。ノアとの手紙のやり取りは毎月しているので、迷うことはない。

 今日もすらすらと筆が進む。むしろ、気分が良いので、今までもかなり快調な進みだ。


 だが、「販売」の文字を書いた途端、エリーの手はぴたりと止まった。


 止まった手にエリーは思わず小さく声を漏らす。

 何故止まったのか、エリー自身わからない。

 

 しばらくの間、エリーはまじまじと自分の手を見つめた。今までにない、初めての感覚。寂しい、申し訳ない、そしてもっと違う何かが、エラーの中をぐるぐると渦巻きペンを止める。


「……もったいない、ってやつかな?」

 

 悩みに悩んだエリーの結論。以前留学生が捨てられたお菓子を見て言った言葉を思い出した。


 自分のものではない、食べたいわけでもないお菓子に対して感情を持つ留学生と、無関心なのに魔道具を売れない自身を、エリーは重ねた。


 とん、と持っていたペンを置く。

 書きかけの手紙をポイとゴミ箱に投げ入れた。

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