なまにえさま

藍田レプン

なまにえさま

 出身地と個人が特定できる内容は書かないでほしい、という条件で伺った、Eさんという女性が生まれ育った村での奇習についての話。


「そん村ではねえ、二十歳の女が一人、だいたい二十年に一度『なまにえさま』に選ばれるんよ。なまにえさまになった女は、しばらくは怯えて泣いて癇癪を起こすんやけど、数日したらけろっとした顔で家から出てきてな、なんやら世界中の幸せを感じとるようなそぶりで村を徘徊しよる。そんで、その女がなまにえさまだっちゅうことは村人全員知っとっから、なまにえさまの前ではなんちゅうの? 大名行列ん時みたいにこう、その場に土下座するみてえな格好でさあ、地面に頭こすりつけて念仏唱えんのよ。で、このなまにえさまになるとぉ、それまでどんなおぼこい子でも身持ちがかたい子でも、なんちゅうんかな、色狂いになってしもうて。昼夜構わず村のどこぞの家に入っては、男とまぐわうんじゃ。相手が子供でも爺でも関係ない、とにかくまぐわう。家に押しかけられた男は何の抵抗もできん、ただなまにえさまが求めるまんまに体とアソコな、へへ、使っていただくんじゃ。そしたらまあ、できるじゃろ、ややこが。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるというしの。そんでなまにえさまが臨月迎えて、誰の子かもわからんややこを産み落とす。このややこは絶対に女が産まれるし、二十歳になるまで何の病気にもかからん。怪我もせん。まあここまでならなんちゅうか、夜這い文化の亜流ちゅうんかな、そういう乱婚が残っとる、ちゅうだけの話なんじゃが」

 そこまで一度に語り終えると、Eさんは真っ赤に着色されたストロベリーソーダをずぞぞ、と啜った。

「ややこが産まれてからが本番なんよ。なまにえさまは。ややこ産んでへとへとになっとるなまにえさまを村の男衆が寄ってたかって担ぎ上げてな、五右衛門風呂わかる? あんな感じの風呂をな、村の滝壺ん前に拵えてな、水を張ったその風呂になまにえさまを放りこむんじゃ。そうしたらなまにえさまは水ん中じゃあ息ができんから顔を出すわな。そうしたら今度はその首がすっぽり収まるように穴が開いた蓋を左右からこう、挟んで。ギロチンの時になんかあるじゃろ、首を固定する木枠みたいなやつ。あれ、あれ。そうしたら蓋が取れんようにしっかり蓋の周り釘で打ちつけて、重石さ蓋に乗せてな、風呂釜の下の薪に火ぃつけるんよ。最初は水じゃけど、だんだん熱うなってきて、ぬるま湯から程よい湯加減、それから熱湯。熱うて熱うて、なまにえさまは大声で叫んで暴れまわる。けども風呂はしっかり地面に据えられとるから、ややこ産んだばかりの女の力ではどうにもならん。あんた、こんな話知っとるか? カエルを水を張った鍋に入れて、だんだん熱していくとカエルは温度変化に気がつかんでそのまま茹でガエルになる、ちゅう話。あれ嘘よ。ほんまは温度が上がったら蛙はすぐに鍋から飛び出よる。けどもなまにえさまは逃げることは許されん。ずっと風呂で煮られて、煮られて……息も絶え絶えのところでようやく風呂から引きずり出される。もうそのころには首から上以外は茹りあがってな、きゅっと身が締まっとるちゅうか、えげつない見た目になっとるの。そんで、なまにえさまは滝壺に落とされて、おしまい。なんで滝壺に落とすんかも、なんでこんなむごい風習が残っとるんかも、もう村のもんは誰も覚えとらん。でもな、今でも続いとるんよ。二十年に一度、『なまにえさま』は」

 私は冷めたコーヒーを一口飲み、なるほど、と相槌を打った。

「それで『生煮え様』なわけですね。貴重なお話ありがとうございました。それで途中少し気になったのですが、なまにえさまが産んだ女児は、やはり」

「次のなまにえさまになる。それが厭やけん私ゃあ村さ出て、こっちまで逃げてきた。けどねえ」

 うまくやったつもりやったけど、無理みたいやわ。

 そう言うと、彼女は喫茶店の大きな窓から外の景色を見た。

 そこには都会に似つかわしくない野良着を纏った十数人の男たちが、死んだ魚のような目でこちらを凝視していた。

「まあ今の日本は法治国家やし、いざとなれば警察に駆け込むから大丈夫大丈夫。心配せんといて。話、聞いてくれてありがとう。ソーダ美味しかったわ。じぁあね」

 そう言って二十歳のEさんは席を立ち、喫茶店を出ていった。


 それ以来、いまだに彼女は音信不通のままである。

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なまにえさま 藍田レプン @aida_repun

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