23:世界の変動で

 


 別れてから一年半の時が経っていた。

 もう一度春人は諦めきれず連絡したが、連絡が既に取れなくなっていた。

 聞こえてくるのは、現在使われておりませんのメッセージだけ。

 携帯をきっと変えたのだろう。

 別れてから一カ月経った時、一度だけアキラの店に遊びに行ったことがあった。

 もしかして浅木が来るかもしれないと思ったからだ。

 しかし、ケツモチの担当は別の人になっていた。

 小林でもない、全く知らない人だった。

 アキラに聞いても、理由がわからないというばかりだ。

 落ち込んでいる春人を見て、アキラは一言告げた。


「もう彼を追わない方がいいわ。これが彼のあなたに対する愛情なのよ。辛いかもしれないけれど」


 アキラの言わんとすることはわかってはいた。

 けれどどこかで自分の未練が別れたことを認めることができなかった。

 一瞬小林に連絡してみようかと思ったが、ここまでケツモチの担当の配置を変えている以上、完全に春人を拒否しているのがわかり、虚しさだけが残りそうで、連絡することを止めたのだ。

 そこで春人は気持ちを必死に切り替えることにした。

 もう浅木を追うことを止めようと。

 本当はずっと二人の関係が続くと思っていた。

 当時の借金額を見れば、完済するまでかなりの時間を必要としたからだ。

 でも親の優しさが二人の関係を変えてしまった。

 起きてしまった現実はもう変えることはできない。

 受け止めるしかなかった。

 しばらくは思い出しては泣いている毎日だったが、新しい仕事を見つけ働き出すと、気持ちが仕事に集中し、次第に思い出すことが減っていった。

 そして仕事を見つけたことをきっかけに、住んでいたアパートから離れ、別のところへ引っ越しをすることにした。

 アキラの店からだいぶ離れた場所にしたのだ。

 職場もアキラの店からは離れていたし、丁度よかった。

 忘れるには距離を取ることが一番だと思ったのだ。

 仕事は現在、住宅関係の事務兼営業のようなことをしていた。

 会社名は“沢原建築設計事務所”といって、春人がしている業務は、家を建てる為に必要な確認済証の作成を手伝ったり、役所へ走り色々資料を取りに行ったりと、あとは設計士から頼まれた書類を、下請けの会社や取引先に渡しに行ったりする仕事をしていた。

 なので毎日忙しく、余計なことを考えてる暇がなかった。

 時々、一緒に働いている先輩からコンパを誘われることがあった。

 春人に恋人がいないことを知ったからだ。

 しかし春人はそんな気持ちになれなかった。

 その気になれず、いつの間にか一年半経ってしまっていた。

 もう何年経ったって、“その気”がくるかわからない、そんな気するらしていたのだ。

 今はとにかく仕事を頑張っていたい。

 いつかは“その気”が起きる時は来るだろう。

 ただ無理して“その気”を起こす気はなかった。

 自然に身を任せたい。

 そう思っていたのだった。






 季節は四月になり、新入社員の歓迎会が行われることになった。

 二人ほど入社し、一人は男性で26歳、もう一人は女性で23歳だった。

 二人とも若く、人生これからだといった気持ちが顔に現れている。

 少し羨ましく、春人はもうあと少しで30歳になろうとしている現実にやや落ち込んでしまった。

 歓迎会は親しくしている会社と一緒に合同で行われることになった。

 その会社というのは、春人が在籍している会社の社長同士が仲が良く、時々一緒に飲み会をしたりしているようだった。

 過去一度、春人も参加したことがあるが、殆ど忙しくて参加できないのが現実だ。

 そのもう一つの会社、天館あまだて建築会社は、10人ほどの会社で、現場土木がメインだった。

 建物の基礎作りや諸々をお願いしている会社だ。

 その飲み会が今日の7時から行われるということで、春人はできる限りの仕事を早めに終わらせ、少し遅れながら出席した。

 飲み会の場所は和食をメインにした、チェーン展開している店だ。

 みんなが集まると、それぞれ飲み物を店員に注文し、各々に行き渡る。

 席はテーブル席で、最初は春人の会社の社長が席から立ち上がり話し始めた。


「久しぶりの天館さんの社員さんたちと合同での歓迎会、楽しみにしていました。まぁ、今後、お互いの新入社員がそれぞれお世話になると思うので、自己紹介をさせていただきます。それじゃあ君からいこうか?」


 呼ばれた26歳の男性は、はいっと返事をしながら、緊張の面持ちで自己紹介が始まった。

 そして次は23歳の女性の自己紹介が始まる。

 一人一人挨拶をすると、社員全員たちから拍手が起きた。

 次は天館建築会社の番だった。

 3人の新入社員が入社したらしい。

 春人はその三人の社員がその場を立ち上がるのを見つめるが、ある一人の社員に目がいくと、春人は心臓が止まりそうになった。

 その社員は男性で年齢は春人と同じくらいか?

 春人の心臓はざわざわとして、紹介が始まるまで落ち着くことができなかった。


(まさか……いや、そんなわけ……)


 その言葉がずっと繰り返し頭の中で回る。

 そしてとうとうその社員の紹介が始まった。

 その社員は立ち上がり、周りに頭を下げた。

 春人は思わず食い入るように見て、息を吞んだ。


「実は三月に入社しています。名前は浅木桂介と言います。年齢は30歳です。まだまだ入ったばかりでみなさんにご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


 声を聞いた瞬間、春人の体中に震えが来た。

 全身鳥肌が立ったようにも思える。

 間違えなかった、いや、間違えるわけがなかったのだ。

 あんなに会いたくて話がしたかった相手だったのだ。

 忘れるわけがない。

 どうして浅木がここにいるのだろう?

 ヤクザ業はどうしたのだ?組長さんは?

 いろんな思いが早いスピードで駆け巡る。

 今すぐに尋ねたいが、周りが二人の関係を疑うだろう。

 ぐっと堪え、目の前にある食事が喉に通らなかった。






 新入社員の紹介が終わると各々の食事へと始まった。

 少しして、ふと浅木がトイレかその場を離れる姿を目にした。

 春人は一緒になって席を外そうとして立ち上がろうとした時だった。


「長谷部さん!ちょっとこっちで話しませんか?」


 同僚の一人から話しかけられ、春人は少し戸惑う。


「いや、ちょっとトイレにでも行こうかなって思って……」


 そう言いながら浅木の方へと目をやると、浅木が目を見開き、こちらを見ているのがわかった。

 浅木の顔も強張っている。

 目が合った春人は少し動揺し、視線を逸らした。


「そうなんですね?トイレから帰ってきたら話、聞いて下さいよ!」

「あ、ああ」


 そう言って再び浅木の方へと顔を向けるが既に浅木の姿はない。

 どこへ行ったのか、トイレにでも行ったのかわからない。

 とりあえず浅木が行ったであろう方向へと春人も歩き出した。






 トイレ近くまで行くと、ポンっと春人は肩を叩かれる。

 驚いてみると、そこには浅木がぎこちない表情で立っていた。


「……浅木だよね?」


 春人は思わず尋ねた。


「……ああ」


 直に聞く声の音は、一年半前はずっと聞き続けていた声色だ。


「どうして?」


 その問いかけの続きを言わなくても浅木は察して答えた。


「そう、思うよな」


 当然だった。

 あの時別れた原因は浅木の職業が全てだったからだ。


「ちょっと外に行かねぇか?」

「うん……」


 春人は静かに頷き、浅木の後について行った。






 久しぶりに見る浅木は、少し顔つきが穏やかになった気がした。

 ヤクザをしている時は、緊張感漂う雰囲気があったのだが、それが全くなくなっている。

 服装は当時見たことがないほど爽やかで、グレーの春のセーターを着て、ジーパンを穿いていた。

 ただ髪型だけは昔と違って、オールバックから短髪になっていた。

 外に出て、駐車場まで来ると浅木は微笑みながら言った。


「スーツ姿、結構似合ってんな」

「え?ああ」


 驚き春人は自分の着衣を見渡す。

 確かに浅木の前でスーツ姿を見せるのは初めてかもしれない。


「浅木も、見たことがないラフな格好だね」

「あ?まぁ、ちょっと着替えてきたからな。それまでは作業着を着てた」

「そうなんだ」


 一年半の間がなかったかのように、普通の会話が始まる。

 本当はもっと泣き出して取り乱してもよかったかもしれないが、春人は時間が経っていたせいか、変に落ち着いて会話をすることができていた。

 取り乱すどころか、逆に変に緊張して震えている。

 まさかこんなところで再会するとは、誰もが思わないだろう。

 本当はもう二度と会うことはないかもしれないと思っていたくらいだ。


「なんで浅木はここにいるの?」

「本当に不思議だって思うよな」


 言って浅木は煙草を取り出した。

 ゆっくりふかしながら、話し始めた。


「実は半年前くらいにヤクザを辞めたんだ」

「え……」


 驚き春人は、咄嗟に組長のことを思い出した。


「組長さんはどうしたの?」

「……悩んだんだ、滅茶苦茶。お前と親父と」

「浅木……」


 浅木は眉を顰め苦し気に重々しく言った。

 相当悩んだのだと春人は感じた。


「俺を救ってくれたのは親父だって。だから俺はこの世界で生きていく運命なんだと思い込もうとしていた。だけどずっと苦しくて仕方なかった。お前がいないのが」


 切ない目で春人を見つめた。


「別れた後の俺はちょっと不安定になっててな。そんな俺に対して兄貴分はスゲー怒って叱られて殴られてばかりいて、様子がおかしいことに気が付いた親父が俺を呼んだんだ。何があったんだって」


 春人は浅木が苦し気に話す姿に胸が締め付けられるのを感じた。

 久しぶりに感じる痛みだった。


「最初言えなかったんだけど、親父は俺が誰かを好きになって、人間性が変わったことを知っていたから俺に聞いたんだ。“好きだった相手と別れたのか”って。驚いたけどそれに頷くしかなくてさ」


 煙草一本吸い終わると、大きく溜息をつき夜空を見上げた。


「頷いたらそうかって言って、こう続けたんだ。“やっとヤクザ辞める時が来たな”って」

「え?どういうこと?」


 組長の言う言葉に春人は驚きを隠せなかった。

 ヤクザの世界は、足を洗うのが大変だと聞く。

 だから入る時は、それ相応の覚悟が必要だと聞いていた。


「俺も親父が何言ってるのかわからなくて、どうして辞める時が来たなんて言うんですかって聞いたんだ。そうしたら親父は“いつかはこの世界から足を洗わせようと機会を見てたんだ”って。言っている意味がわからなくて、問い詰めたんだ。どうしてそんなことを言うんですかって。俺を捨てる気ですかって」


 寂しげな目で浅木は続けた。


「親父は言った。“捨てるとかじゃない。本音を言えばずっと力になって欲しいと思っている。でもお前を見たとき、いつかは表社会へ帰る人間だと思った”って。“いろんな理由でこの裏社会へ来て生きがいを見つけたかもしれないが、俺はずっといつか表に返さないといけないと思っていたんだ。だから背中に刺青をしつこく入れないように言い聞かせていたんだ”って。刺青を入れたら完全に堅気とは思われなくなるし、色々制限が起きるからな。それでようやく刺青を入れるなって言った意味がわかったんだ」


 初めて寝たときのことを春人は思い出していた。

 確かにヤクザと言えば背中に刺青のを入れているイメージがあったから、浅木の背中がまっさらだったのを見て意外に思ったが、組長はずっとそれが頭にあったから入れさせたくなかったのだ。


「“組以外に生きがいを見つけたんだ。今がいいタイミングだ、組を抜けろ”って」


 当時を思い出しながら、浅木は心臓が締め付けられるような気持ちになる。


「そしてこうも言ったんだ。“お前にとってその相手は、表の社会に戻れるきっかけを作ってくれた存在なんだ。必要と思ったのなら離すな”と」

「組長さんが……?」


 そう春人が返すと浅木は頷く。


「俺は親父がそんなことを言い出すなんて驚いたけど、でも逆に俺の中で何か、肩の荷が下りたような気持ちにもなったんだ。俺の中で極道の世界は全てだったのに、ハルと別れて俺の中の世界がいつの間にか変わっていたんだ。だから親父に言われて少しわかった気がしたんだ」

「わかったこと?」


 春人は怪訝そうに返答をする。


「俺の中の世界が変わったんだ。お前が俺の中の中心になったことで。だからお前を失った瞬間、組に入る前の失意の世界に戻ってたんだと思う。だからずっと葛藤してたんだ。親父のそばにいるのになぜこんなに苦しいんだろうって。だから親父に組を抜けろと言われて、俺の心は自由になって、今自分が本当に望むことができるようになれると思えたんだ」


 ちらりと浅木は春人を見た。


「だから辞める時も特に問題もなく、兄貴分には俺が精神的に参ってて、危なっかしいから辞めさせることにすると、親父から言ってくれた。親父の言うことは絶対だから、兄貴たちはとりあえず納得してくれた。小林にも辞めることを話したら、あいつも“その方がいいかもしれませんね。ハルさんと別れてから兄貴はどこかおかしかったから”って」

「組長さんと小林君、浅木と離れて寂しかったんじゃない?」


 問われて浅木は寂しげな目で言った。


「……最後の時、親父は遠くから俺を見送ってた。小林は事務所の入り口まで送ってくれたんだけど、外に出てからふと二階からの窓を見たら親父が見てて、真剣な表情で俺をじっと見てるから、ちょっと泣きそうになったな」


 当時のことを思い出しているのか、浅木は少し涙を堪えているように見えた。

 本当に二人の関係が親子のように思えた。

 春人は一度も組長と会ったことがなかったが、浅木から聞く人物像を聞く限り、本当に浅木のことを大事にしてくれてたのだと思う。

 そうでなければ出ることが難しいヤクザの世界を、何も問題なく辞められるだろうか?

 おまけに辞めろと言ったのは組長自身だ。

 そんな浅木を見つめながら、春人はヤクザを辞めた後のことを尋ねた。


「それじゃあ辞めてから今までどうしていたの?」

「元々俺が持ってた金もあったし、しばらくはブラブラしてたな。あと天舘建築会社の社長と親父が知り合いで、その紹介で入ったんだ。俺はもうヤクザじゃなくて親父は堅気だって言って。そのおかげで今はその会社の寮に住んでる。最初から最後まで感謝しかねぇよ、親父には」


 うっすらと目に涙を浮かべる浅木に春人は軽くポンっと肩を叩いた。


「本当の肉親は親とは思えないけど、組長は本当の親父だよ、俺の中でこれからもな」

「そうだね。本当にずっと浅木のことを見守ってくれてたんだね」


 確か組長と浅木が出会った頃、組長の息子は他界していると話をしたと言っていた。だからその面影を浅木に重ねていたこともあったのだろう。

 浅木の話を昔のように寄り添って聞いてくれる春人に、浅木は気まずそうに尋ねた。


「怒らねぇんだな、俺のこと」

「え?まぁ……別れた直後だったら怒ったかもしれないね」

「だよな、怒られて当たり前だと思って覚悟してたんだけどな。あまりにも普通に話を聞いてくれてるから、昔に戻った気分になってた」

「借金を返済してからの浅木の態度を見て、もしかしてって覚悟は何となくしていたし、それに浅木の職業もあったから、悲しかったけど諦めるしかないって思ってた」

「そうか……」


 再び二人は沈黙になる。

 浅木は何かを思い出したかのように、そういえばと言い出す。


「アキラさんから聞いたよ。一度店に来たんだってな?」

「うん、会えるかもって思って行ったけど、知らない人が担当だったからショックで、それ以上追いかけるのを止めたんだ」

「そうか、悪かった。きっと来ると思ってたから数カ月くらい別の奴に行かせてたんだ。小林なんか行かせたら情に流されて喋っちまいそうだなって思ってよ」


 少し笑む浅木に春人は静かに頷いた。


「うん、小林君がいれば教えて貰えるかもって思ってた。でも知らない人だから声をかけ辛いし、色々聞かれても答えられないだろうしね。その時はアキラさんと高崎さんと話を少しして、そのまま帰ったよ」


 その時のことを思い出しながら春人は苦い顔をする。

 浅木は春人を見つめながら、真剣な表情で口を開いた。


「本当に悪かった」


 再び静かな口調で浅木は春人に謝り出す。


「言えなかった、あの時は。どこかで終わらせる線引きなんてしたくなかったんだ。だから俺……」


 言いながら首からシルバーのチェーンがちらりと見えた。


「覚えてるか?これ」


 見せられたペンダントはペアでくれたあのペンダントだった。


「これ!」


 驚き春人はペンダントを見つめた。


「未練がましく俺、お前に俺を忘れて欲しくなくて買ったんだ。ずっと持っていて欲しくて」

「……浅木」


 春人はずっと我慢していたが、堪えきれず目に涙が浮かび始めた。


「持ってるよ、俺」


 同じく春人はネクタイを緩め、シャツのボタンを一つ外すと、首からペンダントを出してきた。


「マジか……」


 泣き出しそうな笑顔で浅木は春人を見る。

 釣られて春人も涙を既に零してしまっていた。


「忘れたくても忘れられないよ。こんなに……」


 一瞬言葉を詰まらせながら絞り出すように言う。


「こんなに好きになった人、いなかったから……」

「ハル……」


 浅木の手が伸び一瞬春人に触れようとしたが、今の状況を思い出し、すっと手を下げる。

 雰囲気を察した春人も笑みを浮かべた。

 ふわっと肌寒い風が二人になびく。

 春人は少し腕を摩っていると、一枚の桜の花びらが目の前を散っていくのが見えた。


「桜?」


 春人の言葉に浅木も気づき、一緒に風と共に流れていく桜の花びらを見つめた。


「まだ咲いてたんだな。4月も半ばぐらいになってるのに」

「ふふ」


 浅木が口にした言葉に春人は思わず笑ってしまう。

 その姿に浅木は怪訝に思った。


「なんだよ」

「懐かしくない?このセリフ。昔も近いこと言ってた気がする」

「あ……花見のやつか?」

「そう」


 言われて浅木は、出会って間もない時に桜を見に行ったことを思い出した。


「そうだったな。懐かしいな」


 初めて二人で桜並木を歩いた、短いデート。

 あれを誘ったのは思えば春人からだった。

 あの時は何も考えず、ただ浅木と二人で話したいと思ったから誘っていた。


「俺から誘ってたね。これって伏線なのかな?」

「伏線?」


 言われて少し浅木は思考したが、ふっと何かを思いついたのか、納得した表情で言う。


「……そうかもな、俺たちがまた始まるきっかけ」

「浅木……」


 春人は浅木の言葉を聞いて、彼の顔を見た。


「もう一度、俺とやり直してくれないか?」

「………」


 春人は少し無言になった。


「都合が良すぎるって言いたいよな。でも、まさかここでハルと再会できると思わなかったから、最後のチャンスだと思ったんだよ」

「浅木……」


 それ以上返答がなく、黙る春人に浅木は更に話を続けた。


「昔の俺は人を信じるのが難しくて、いつも疑うことが前提だった。だけどハルと付き合うようになってからは、迷いながらもお前を失うのが嫌で、必死に悩みながら自分が迷うことを抑えてきたけど、それでもやっぱり不安が常にあって、最後、あんな別れ方をしてしまった」

「うん……」

「でもどこかでずっと後悔もあった。別れるという選択が正しかったのかって。さっきも言ったけど、俺の世界が極道からお前になったことで、俺はすごく中途半端な行動をした。だからこの偶然の再会で、自分の本音を伝えるチャンスだと思った。もう後悔をしたくないって」


 返答がないので浅木は少し落ち込みながら口を開く。


「やっぱもう、こりごりか?」


 浅木は春人の様子を伺いながら顔の表情を見るが、春人は首を横に振った。


「そんなことないよ。ただその代わり、約束してほしい」

「え?」


 突然の春人からのお願いに浅木は驚き見つめた。


「もう自己解決するのをやめてほしい」

「ハル……」

「浅木はすぐ勝手に自己解決するから、俺はいつも戸惑ってたんだよ?関係がいい感じで進んでいる時は疑問に思わなかったけど、別れのことはもうちょっと話し合いをしたかった」


 本音を言われたような気がして、浅木は心底反省の気持ちが沸き出てくる。


「……ごめん。これからは自己解決はやめる」


 確かに今までの浅木は、自分の中で考えて勝手にそう思い込んで、それが正しい行動だと思っていた。

 それは他人に対してマイナス思考が故に、自己防衛がそうさせていたのだと思う。


「本当だね?」


 疑うように春人は尋ねる。


「本当だ、もう二度とお前と離れたくない」


 真剣な表情で言う浅木に春人は静かに頷いた。


「うん、わかった浅木のこと、信じる」


 浅木の眼差しが春人を失いたくないという危機感を感じられ、信じようと思えたのだ。

 春人は浅木の前に手を差し出す。

 今は世間の目もあるので抱きしめたりすることはできないから、触れたいという気持ちの表れとして、握手なら大丈夫だろうと思ったのだ。

 ふわっと笑顔になった浅木は、差し出された春人の手を握り、握手した。


「もう一度、二人で……」


 浅木の言葉に笑顔で春人は頷いた。

 浅木の掌から伝わる暖かさに春人はホッとする。そして心からまたこの温もりをこれからも感じていたいと思った。

 しばらく二人は見つめ合ったが、さすがに長居したことを思い出し、二人は再び店へと入って行った。

 浅木は店に入りながらふっと春人に問いかけた。


「花見はもう終わっちまうけど、またどこか、散歩から始めるか?」


 そう言う浅木に春人は静かに微笑みながら、うんと頷いた。

 浅木は、今度は自分から誘ってみたいと思ったのだ。

 離れていた間の二人の話をもっと語らいたいと思って。






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借金取りの彼と債務者の俺 リツキ @ritsuki12

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