第7話 名探偵のヒーローの元へ
山本世界観の家に行けば彼女は救われるはずだった。
彼が怪異の謎を解き、本田ナノが怪異を退治する。
いつもの流れである。
ぼくは自転車を押して、新田一と山本世界観の家に向かった。
山本世界観の家は普通の一軒家である。
どこの街にもありそうな、背景に溶け込んでしまいそうな普通の一軒家。
ぼくはチャイムを押した。
ピンポーン、とクイズで正解したような音が流れた。
「はい」とインターホン越しに山本世界観のお母さんの声が聞こえた。
「和田和也です。世界観いますか?」
「和也君? ちょっと待ってね」
と世界観のお母さんが言って、インターホンが切れる。
そして、しばらく待っていると山本世界観が扉を開けて現れた。
お風呂に入っていたらしく、ネズミ色のスエットを着ている。
少し濡れた髪は無造作だった。
物語を彩る主人公の美形な顔も相まって、アーティストのように見えた。
それゃあ惚れるわ、とぼくは思う。
惚れる、って誰が惚れるんだ?
山本世界観は怪異に憎悪を抱き、頭の良さを怪異撲滅にしか使わないアホである。そんな奴にぼくは惚れない。
本田ナノはコイツに惚れている。
本田ナノが惚れるわ、とぼくは思ったんだろうか?
ぼくは本田ナノに興味がない。
もっと大切な人がコイツに惚れていたような気がする。
胸の痛みがあるのだ。
「なんだよ?」
と山本世界観が尋ねた。
「ぼくは何しに来たんだっけ?」
とぼくは首を傾げた。
「ふざけてんのか?」
と彼が言う。
「いや、違う。お前に伝えたい事があったんだよ」
「なんだよ?」
「わからん」とぼくが言う。
彼は眉間に皺を寄せた。
大切な事を伝えに来たのに、何を伝えに来たのかを忘れてしまった。
なにか大切なモノが抜け落ちてしまったような感覚があって気持ち悪い。
「今日のことか?」
と親友が尋ねた。
「今日のこと?」
とぼくは尋ねた。
大切な事をぼくが伝えに来たはずなのに、それを忘れて彼にヒントを出してもらっている。
「お前、今日おかしかったよな? 誰かの事を知ってるかって俺に尋ねた後に学校を早退したよな」
「ぼくは誰の事を尋ねていた?」
それが、とても重要な事のように思えた。
「覚えてねぇーよ」と山本世界観が言う。
「そうか」とぼくは呟いた。
「とても重要な事を伝えに来たような気がしたんだ。思い出したら、また伝えに来る」
「もう、こんな夜に来るんじゃねぇーよ」と山本世界観が言った。
ぼくは夜空を見上げた。
こんなに暗くなるまで、ぼくは何をしていたんだろう?
「悪かった。それじゃあ明日」とぼくは言う。
「あぁ」と山本世界観が言う。「おやすみ」と彼は言って扉を閉めた。
ぼくは自転車に跨った。
何しにココに来たんだろうか?
「和田君」
と声が聞こえた。
知っている声だった。
愛おしい声だった。
誰かがぼくの腕を掴んでいた。
その誰かは三つ編み黒縁メガネの委員長だった。
「新田一」
とぼくは確認するために、彼女のフルネームを呟いた。
自転車を降りる。
そして、その場で自転車を倒して、彼女の腕を掴んだ。
なんで忘れていたんだよ?
さっきまで覚えていたじゃないか?
「和田君、私の事、見える?」
と彼女が不安そうに尋ねた。
俺は彼女が消えてしまう事が怖くて、新田一の腕をギュッと掴んだ。
「見える」とぼくが言う。
「どうして見えなくなっていたんだろう? どうして大切な君を忘れていたんだろう?」
彼女はどこにでもある一軒家を見つめた。
山本世界観。
新田一が透明人間になる最後のトリガーを作ったのが彼だった。
新田一は1人で生きていた。
自分が誰にも必要とされていない、と思えるほどに彼女は1人だった。
そこから救ったのは山本世界観だった。
だけど彼には特別な人がいた。
それを彼女は知っていたのに、その事を目撃した事で孤独を感じてしまったのだ。
誰にも必要とされていない、と感じてしまったのだ。
だから透明人間に魅せられたのだ。
もしかしたら山本世界観がいた事で、透明度が急上昇してしまったのかもしれない。
「世界観に頼るのはやめよう」
とぼくは言った。
アイツに新田一は救えない。
ポクリ、と彼女は頷いた。
「この子のお母さんを見つけてあげよう」
と彼女は言って、なにもいない隣を見下ろした。
「君の腕を掴んでいてもいい?」
とぼくは尋ねた。
「……」
「新田さんが消えるのはイヤだ。ぼくは君を手放さない」とぼくは言った。「ぼくは君を失いたくないんだ」
彼女は小さくポクリと頷いた。
自転車は置いて行った。
邪魔にならないように山本世界観の家の塀にピッタリとくっ付けた。
「どこに行こうか?」
とぼくは尋ねた。
「もう遅いから私は帰るけど」
と彼女が言った。
「付いて行く」とぼくが言う。
「家だよ?」
ぼくは彼女の腕から、手へ握り直す。
「君が消えないように、ずっと手を握っている」とぼくは言った。
彼女は少し困ったような顔をして、「わかった」と呟いた。
新田一は右手でぼくの手を握り、反対の手で別の誰かを握っているようだった。
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