第4話 委員長、消滅
「このクラスって委員長いなかったけ?」
とぼくは尋ねた。
尋ねた相手は、いつも難しい顔をしている山本世界観である。
この問いかけ、とぼくは思った。
どこかで見たような気がする。
いや、読んだような気がする。
山本世界観は首を傾げた。
「そう言えばいねぇーな」
と彼は言った。
ぼくは自分の手の甲を見た。
何かを忘れないように、『委員長』と書いていた。
いつ書いたんだ?
その文字を見ただけで胸の奥が痛くなった。
なんで胸の奥が痛くなるんだ?
授業が始まった。
教室には暖房がかかっていて暖かい。
ぼくはブレザーを椅子にかけた。
そして腕に『新田一』と書かれた文字を見た。
ぼくの字だった。
ぼくは何かを忘れないように『新田一』と腕に書いたようである。
だけど書いたことはおろか、新田一が何なのかも思い出せない。
自分のなかで何か大きなモノが欠落しているような気がした。記憶を奪われたような、思い出を奪われたような、大切な宝物を奪われたような感覚である。
新田一?
人の名前か?
なんでこんなに胸が痛くなるんだ?
すでにスタンドの攻撃を受けているだと? とぼくは冗談で思う。
さらにぼくはブラウスをめくった。
『ぼくは転生者である』
という文字があった。
コレは記憶にある。
ぼくはトラックに轢かれて和田和也に転生したのだ。
夢ではなかった。覚めなかったのだ。
昨日、家に帰った。
……和田和也の家に帰っている時点でぼくは和田和也になり始めているんじゃないのか?
もしかして転生というのも怪異現象の1つなのだとしたら?
コレから何が起きる?
転生者って事も忘れるのか?
完全に和田和也になるのか?
だけど自分が転生者である事は覚えていた。
和田和也と転生前の自分が融合しているみたいである。
どちらの記憶もあるのだ。
どうしてぼくは転生して来たのか?
この世界で、ぼくにはやるべき事があった。
やるべき事?
『新田一を探せ』
と腕に文字が書かれている。
ぼくは新田一を探すために転生して来た。
ずっと新田一のことばかり考えていた。
だからこそ、この世界に転生できたのだ。
だけど新田一の顔が浮かばない。思い出す事もできない。
今は腕に書かれた文字を読んで名前だけは覚え出した。転生前の自分の気持ちも思い出した。だけど時間が経てば、名前もすぐに忘れる予感はしていた。
『新田一は透明人間に魅せられている』
と腕に文字が書かれている。
透明人間?
思い出せ。
思い出せ。
深海に落ちたピアスを拾うように、ぼくは必死に新田一の事を思い出そうとした。
そして三つ編みの女の子の顔が浮かんだ。
黒縁メガネをかけている女の子である。
両親は死に、引き取ってくれた親戚は死に、おばあちゃんも死んで、天涯孤独になった女の子。
決して忘れてはいけない、女の子の顔だった。
ぼくの推しヒロインである。
ぼくは山本世界観の隣の席を見た。
誰も座っていない空席があった。
そこが新田一の席である。
彼女は山本世界観が好きだった。
決して恋が叶わない負けヒロインだった。
胸がキュンと痛くなった。
どうして忘れていたんだよ?
ぼくは彼女の復活を夢見て来たのだ。
そして、この世界に転生して来たのだ。
存在が消えてしまった彼女を探すために。
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