第4話


 家から歩いて徒歩3分……ここだろう。夜一時過ぎ、バレたら補導される時間帯だ。パーカーのフードを被ってなんとなく隠した。夜道は街灯しかついていなかった。新月だろうか、月も出ていなかった。真っ暗な夜。公園なんて久しぶりに入る気がする。入り口からブランコの前を通って、砂場の方にあるベンチへ向かう。


「……あ〜あ、早く着いたと思ったのになぁ」

「…………はぁ……なんでそんな格好なの?補導されるよ」


彼は私を見て呆れた、とため息を吐いた。


「ええ〜だって一番必要でしょ?制服」

「だからって着て来ることないじゃないか……そんな上着で隠せるとでも思ってるの……? 」


ただ、静かな夜道をローファーで歩いてみたかっただけ、なんて言えない。小さなリスクにリスク重ねて少し背徳感を味わいたかっただけなのに。そんなこと言ったら、余計頭のおかしい人間だと思われるに違いない。今更だが。



 ついて行った先は、そう遠くなかった。駅の方へ歩くこと二十分。繁華街へ近づくにつれ、家や店、車の明かりで昼のように、むしろ昼より明るかった。品もなく自己主張するあの明かりたちはうるさくて、そこにいる人達が街と同じように見えた。そこから少し離れた高層マンション。駅前というだけで高いのに、こんなマンションとは、確かに彼の言っていたことは本当のようだった。公園を出てから彼とは一言も喋っていない。歩くのが早くてついていくのに必死だった。彼は私という人間には無関心なようだった。私はそれなりに興味こそあるが、無理に聞こうとも思わない。聞いて都合の悪い事実が出てきても面倒だから。

 エレベーターで十階に上がって、一番奥の部屋の鍵を開けた。


「どうぞ」

「……お、お邪魔します」


表札を一瞥して、中に入る。もういいか、とフードを脱いだ。言う通り予想通り、広くて、彼一人には持て余すくらいだった。なぜこんな家に住んでいるんだろう。家具も整いすぎていて生活感がまるでない。彼の趣味……というよりかは、もともとあった、という感じだ。 


「お兄さん、小野寺さんっていうんだ? 」


振り返った彼は、一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐにああ、と納得した。


「名前、まだ言ってなかったね。僕は君の名前を知っているけど」

「あ〜そっかぁ。当然ママの名前知ってるもんね。それにマスターだって私の名前言っていたわけだし」


部屋の中をぐるりと見回して、何か彼のものでありそうな物を探してみたが、対して見当たらなかった。まるで探偵ごっこでもしている気分だったのに、なんだか残念だった。


「ずっと立ってるのもなんだし、そこ座って」


そう指差したのは、テーブルを囲むようにあるL字型のソファだった。これも一人で使うには大きすぎる。テーブルには何も置いていなかった。荷物を膝に置いて座ると、荷物もその辺に置いていい、と言われ、足元に置いた。彼はL字の、反対側に座り、はあ、とため息を吐いた。


「じゃあ、改めまして。園田澪依華、兎成高校2年、16歳です!お兄さんの名前は? 」

「小野寺秀一、普段は普通に会社員やってるよ。歳は24……って君から見たらおじさんだろうけど」


何か飲む?コーヒーか水しかないけど、と言われたので、コーヒーをもらうことにした。テーブルからキッチンも見えるが、使っているような形跡はほぼ無い。


「部屋はこの部屋の隣を使って。あとこの部屋にあるものはなんでも使ってくれて構わない。あと何かある? 」


この部屋……というのは、キッチンも含まれるのか。


「あのさ、ここ来るまでにずっと考えてたんだけどね、何もなく居候になるのもなんだから、何かさせてよ。私に出来ることといったら家事くらいだけど」


これは契約だ。対等交換と言えるかは分からないが、彼にとって私と一緒に住むことのメリットが多少あった方が良いだろう。


「……えっ、寧ろ有難いっていうか。あんまり家に居ないし、色々雑になってるんだよね。食事も外食とか買ってくるのが多いし。君が良いならぜひお願いしたい」


生活感が無いのは、そもそも家に居ないからだったのか。


「あ、そうだ。僕の部屋と、君の隣の部屋は入らないで欲しい。あと、お互い訳ありだから詮索は禁止にしよう」


あの出会いをしてしまったら、聞く気もなくなるけれど。怖いもの出てきたら嫌だしね。


「これだけ?いいよ、知らない方が良いことってあるでしょ。あとは……他の人に聞かれた時になんで答えればいい? 」

「普通に、親戚でいいんじゃない?みんな遠くて、学校から近い人が僕しかいなかったみたいな感じで」


親戚、か。会ったことないからどんなものか知らないけど、親が死んだら親戚に引き取られる……なんて小説でよく読んだ設定だった。


「だったら、苗字呼びは変だね。私のことは澪依華でいいよ。秀一お兄さん……うーん、秀って呼んでもいい? 」

「……お好きにどうぞ」


多分、私の本当の親戚はこんな人じゃない。遺書に父親の名前も書いてあったけれど、今まで一度も会いにきたことのない人が今更私の世話なんてしてくれる筈がない。


「じゃあ!これからよろしくね、秀! 」

「よろしく、澪依華」


 これが、全ての始まりだった。私たちの幸せで残酷な復讐記。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不幸の檻 re みあ @Mi__a_a_no_48

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ