人生で初めて、というわけではないけれど、あまり海は行かないのでテンションが上がる。海周辺の独特の潮の匂いと、風の強さを浴びて海に来たと実感する。デート先に海とはベタだと彼は言ったが、海なんて久しく行ってないのだ。
砂の上を歩くと一歩一歩沈んでいく感覚があり、ローファーの中に砂が入った。沈み切ってしまわないうちに次の足を出さなければと少々恐る恐る歩いた。
「靴買ったら?ローファー砂だらけじゃん」
「うーん、確かにこれしかないのもなぁ」
服は買ったけれど靴は考えてなかった。これからバイト以外に外出する機会が増えるのであれば確かに靴はもう一足必要だろう。
人が殆どいない砂浜で、波の音が響いていた。風の強さで他の雑音がかき消されているようだった。
波に届くかのすれすれで立ち止まってしゃがむと、炭酸水みたいな波が寄ってきて思わず手を伸ばした。まだ水温が低く冷たかったし、触ったからといって、何か起きるわけでもなかった。
「炭酸水みたいだと思ったのに、全然しゅわしゅわしなかったよ。海水ってしょっぱいだけだっけ? 」
「……髪結んだら?海水に着きそう」
腕につけていたシュシュで髪を一つに結ぼうとすると、貸して、と言われた。長いけれど髪質はあまり良くないので指を通した時に引っ掛かるのが恥ずかしい。
「なんで? 」
「濡れるだけじゃなくて多分髪ベタベタするよ」
さっき海水を触った手で結ぶのは良くないということか。それにしても慣れた手つきで髪を結んでくれた。
「昔は、毎日やってたんだけど。こんな長い髪は初めて」
「……あんまり綺麗じゃないから恥ずかしいなぁ。でもそっかぁ、懐かしい……」
お互いの昔なんて絶対に交わっていないのに、似たような思い出と、誰もいない海岸という雰囲気に呑まれて郷愁感に浸る。
靴を脱いで裸足になって波に浸かる。行ったり来たりする波に足をつけているとこの世とあの世の境目に浸かっているような気分になる。三途の川と言われるくらいだから少し違うのか。けれど川の行くつく先は海だからあながち間違いではないのかもしれない。
「入水自殺ってあるけれど、なんかわかる気がするなぁ。形に残らないし、海見れば嫌でも私のこと思い出すでしょ? 」
「自殺したら意味ないでしょ。復讐するなら、最後まで眼に入れてならなきゃ。それに、海はそんなに綺麗じゃないよ」
楽になるために入るのに苦しいからね。と穏やかに言った。その通りかも。あの時死ななくて良かったかどうかはわからないけれど。
海水から上がって防波堤に座る。結局私しか浸からなかった。タオルで足を拭いてから少し乾かしていた。
「お昼何食べたい? 」
「うーん、なんだろうなぁ……なんでも良いなぁ。どうでも良いわけじゃなくて、多分今なら何食べても美味しいと思う」
それが一番困る、と言う彼を眺めていると、ふと最近考えていた感情を文章にできた気がした。
「……恋というには浅はかで、愛というには私が未熟すぎる」
「………ど、どういうこと? 」
そのままの意味だけれど、ちゃんと説明するには私がもう少しあなたと私自身を知らなきゃいけない気がする。
夏になる前の、海の思い出。
-------------キ--------リ--------ト-------リ-------------
海の日に投稿したかったんですけど日付変わっちゃいました……
澪依華と秀一のお話でした。デートどこ行きたい?海がいい!という会話があったんですけど(だいぶ前)そのデート回でした。
本編は頑張って書きます。