• 現代ドラマ

誕生日1


 どれがいいんだろうか……?ガラスのショーケースの中を眺めていると、自分より後に来た客……母親と幼い息子だろうか……が注文をしていた。
「ぼく、あれがいい!くまさんのやつ! 」
「はいはい…すみません、ショートケーキとクマのケーキください」

昔、遠い昔だ。自分の中のこんな記憶は。母親と買い物に行ったのはあの事件の前日。あれはめぐみの誕生日だった。プレゼントに欲しい物を買いに行って、帰りにホールケーキを買った。いちごのショートケーキだった気がする。

「ホールケーキなんて買っても食べれないしな……」
「お決まりですか? 」

とうとう客が自分しかいなくなってしまい、店員に声をかけられてしまった。

彼女ならなんでも喜んでくれるだろう。あれから一ヶ月。気を遣ってか、本当に忘れているのか、誕生日が近い素振りも見せなかった。誕生日忘れるなんてことはないか、まだ学生だし。知らないと思っているんだろう。

「じゃあ、いちごのショートケーキ二つください」



「おかえり〜……なぁに、それ? 」

手に持っていた箱を彼女の前に差し出す。

「お誕生日おめでとう……あ、よくわかんないから勝手に選んできちゃったけど」

ぱちぱち、と瞬きしながら箱と俺を交互に見る。黙って両手で箱を受け取った。

「……なんで知ってるの…?私教えてないのに」
「家の整理した時あったでしょ、あの時アルバムの表紙に書いてあったんだよ」

中身も興味はあったが、その時は見ない方がいいと思い、誕生日だけ確認した。

「……あ、そうか……ありがとう。いやぁ〜さりげなく夕飯自分の好きなもの作って満足してたんだけど、まさか祝ってもらえるとはな〜」

夕飯はオムライスだった。得意料理なんだそうだ。ケチャップで何か絵でも文字でも書くのかと思ったが、17さい!と書いていて笑ってしまった。

「料理、できないことはないんだけどオムライスは作れないなぁ。卵焼きだけは頑張って作ったけどね」

「いっぱい練習したんだよ。失敗するとママが大笑いしておいしいって言いながら食べるの。まあ、ママは料理全然できないから笑う資格すらないはずなんだけどさ。秀の卵焼きはなんで作る気になったの? 」

弁当に卵焼きがないと嫌だと言うから小学生に火を使わせるのも怖かったので自分が作っていた。

「小学生のめぐみがね、弁当に卵焼き入れてくれなきゃお兄ちゃんのこと嫌いになるとか言うから必死こいて作ったんだけど、失敗したのは大半自分が食べることになったから卵焼き嫌いになった時あったな」

食べすぎて嫌いになるってこういうことだったのかと思った。結局高校生の時には上手く作れるようになったけど、食べられなくて友達にあげていた。友達曰く、結構美味かったらしい。

「あははっ、かわいいねぇ…じゃあ、今度作ってもらおうかなぁ」



ケーキを食べる時の飲み物を各自用意して、冷蔵庫に入れてあったケーキの箱を取り出す。

「あ、てかここのケーキ屋さん、美味しいとこのじゃん。いいね、ショートケーキ。なんかそれだけでテンション上がるよね」

そう言いながらケーキの周りのセロハンを剥がしていた。ナパージュされていちごの赤さがより一層際立っている。

「それはよかった。……あ、蝋燭いる…? 」
「う〜ん、いいや。誕生日ケーキの特権だけど、あれは蝋が落ちて取るのが大変」

蝋燭っていつも消したくないって思っちゃうんだよね。それにせっかく美味しいケーキだし。と言うから、ふと以前も同じようなことがあったと思い出した。あれはケーキじゃなかったか。手持ち花火の蝋燭だ。

「ふうって消した時に、自分も消えちゃう気がしてさ」

「…………なんで同じこと言うかなぁ……」

線香花火も終わってしまったので、片付けをしていると、めぐみは蝋燭を消さずに眺めていた。消さないの?と聞くと、消すよ。と言ってふうっと息を吹きかけて消した。こうやって私も消えちゃうのかな、と言った時の顔は見えなかった。どうしてもそれが忘れられない。

ふと、澪依華の方を見ると、ケーキは残り半分ほどだったが、上にのっていたいちごはよけてあった。

「最後に食べる派? 」
「うん。中にもいちご入ってるけど、やっぱり上にのってるいちごは特別感あるよね」

昔はそうだった気がする。そこに並ぶことができるのは色形整ったきれいなものだけ。そこに魅力を感じなくなってしまったのはいつからか。でも、少なくとも2ヶ月前とは訳が違う。

「これを食べたら特別が終わるんだなっていつも思うの。特別は好きだけど、私が1番好きなのは日常だから、安心する」

あの1ヶ月が日常になるとは思わなかった。あれより前では、死んだように生きていたものだから、食べ物も味がする筈がなかった。

「これが続くのは嫌じゃない? 」

彼女から目を逸らし俯きながら恐る恐る聞いたが、それが伝わってしまったようで、ふっ、と笑われた。

「どうして?衣食住がちゃんと保証されて、学校にも行けて、それに誕生日まで祝ってもらえて。こんな素敵な日常ってないと思わない? 」

見透かされた本心にこれ以上ない応え。澪依華はそれを俺からもらったように言っているが、むしろもらったのはこちらの方。

「それならいいんだ。じゃあ、しばらくはその日常が続くように努力しなきゃね」
「そうだねぇ……あ、秀の誕生日はいつ?今日みたいにお祝いしなきゃ」

自分の誕生日を祝われるなんていつぶりか。最近は仕事をしながら日付を確認したらそういえば、という次第であった。

「1月24日。まだずっと先だよ」
「よし、覚えたから期待しててよね! 」

その言葉に、今更だがこれがずっと続くのだと実感した。


・-----------------キ---リ---ト---リ-------------------・

この話は本当は8月21日に投稿するつもりだったのですが、私情でものすごく焦っておりまして、それどころではなくてこんなに遅れてしまいました。ちなみにみあはお店のショートケーキは食べたことがありません(くまさんのケーキは食べたことあります)あと、このタイトルは「誕生日1」なので、2、3もあります。お付き合いください。みあはオムライスも卵焼きも作れないので、年内にどちらか作れるようになりたいですね(笑)。一月はちゃんとその日に出せる筈…!

1件のコメント

  • セリフの雰囲気が天才です。儚い美しさのようなものに胸が締め付けられる。2と3も楽しみにしています。
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する