一月も半ばになった頃、自習時間となった授業中に、スケジュール帳についていた印と睨めっこしていた。バイト先にある雑誌や、街のショッピングモールを見るようにしてきたが、これといってしっくりくるものがなかった。
そもそも、歳上……成人男性に贈るプレゼントは何が正解なんだろうか…?
そんなことを考えているとあっという間に放課後になり、今日は佳澄ちゃんと町田くんと帰った。
「ねぇ……私奢るからさ、新作飲んでいかない? 」
「え!いいの〜? 」
「近くっていうと駅前か? 」
まあ、少々並んで三人でテーブルを囲む。新作のほうじ茶ラテは甘くて少しほろ苦くて美味しかった。
「なんか悩み事でもあるの〜? 」
バレていたらしい。切り出し方に悩んでいたのでまあいいか。
「あ、あのね……大人の男の人へのプレゼントって何がいいと思う……? 」
二人とも、私に父親がいないことは知っている。だから、身内に渡すものではないことは分かっていると思う。
「う〜ん、なんだろうね……ネクタイとか、マフラーとか、ハンカチとかは…無難だね。町田は?なんか貰ったら嬉しいものとか」
「そうだなぁ……ちょっといいペンとか、寒いし手袋とか、時計は……高いか」
「うーーん、そうだねぇ……バイト代があるからある程度はなんとかなるんだけど……」
悩ましい。意外と好みもわからないままだった。というより、物に頓着がないようだった。
「もう半年は一緒に住んでるんでしょ?趣味とか知らないの? 」
「え、俺好きな人かと思ってた」
「ん?同じでしょそれ」
「え!? 」
先程からの会話で、プレゼントを渡す人と一緒に住んでいることも、ましてやその人のことが好きなんてことは一言も言ってない。
「ちょ、ちょっと待って。なんでそういう話になってるの!? 」
「あれ?違った? 」
佳澄ちゃんの反応は、何かおかしいことでも言った?とでも言うかのようだった。
「そうじゃなくて! 」
「じゃあ合ってるんだ」
否定も肯定もするのも変だ。というか、別に一緒に住んでいる人に渡すということは否定しなくてもいいんじゃ……
「な、ちょっと!ち、ちが……」
「園田って咄嗟に嘘つけないよなぁ」
「町田くんまで!というか、町田くんが変なこと言わなきゃこうなってない! 」
「もう観念しなよ〜」
ああ、もう!こんなこと言うつもりじゃなかったのに!顔が熱いのできっと顔は真っ赤だ。
「もう!それでいいから!今はそれじゃないの! 」
「わかった、わかった。じゃあ本題に戻るけど趣味とか好みとか知らないの? 」
やれやれ、しょうがない、と言う言い方にもうどうしようもないことがわかったが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「知らないっていうか、あんまりなさそうっていうか……家帰ってくるのも遅いし、休日は私もだけど半日くらい寝ちゃうし」
「飯は? 」
「私が作ってるけど…好きな物とか聞いても特に、っていうし。もう考えてもわかんない」
再び、うーん、と三人で首を傾げることになった。結局二人がたどり着いた結論はというと……
「澪依華から貰った物ならなんでも嬉しいんじゃない? 」
「自分のこと考えて選んでくれた物って結構嬉しいと思うよ」
だった。ごめん、ありがとう、と言ってその日は解散となった。
いつも何してるっけ?と考えて、そういえばと思い出した。暇さえあれば本を読んでいる。一度ちらっと見た秀の自室の本棚にはびっしり本が詰まっていた。本が好きなのか聞いたこともある。
「昔は純粋に好きだったんだけど、途中から気を紛らわすために読むようになっちゃったから、好きと言うには不純かな」
「側から見ればただの読書家にしか見えないよ」
ああ、こういう会話をした。それでも多分、本を読むのは好きなんだと思った。
だからといって、本の好みもわからないので本を買うのはやめる。立ち寄った駅には本屋の隣に雑貨屋があった。
個人的な興味で雑貨屋に立ち寄ったが、ある物に目が留まる。ああ、これにしよう。
当日、最近近く誕生日の人がいるという口実で買えるな、と目を付けていたケーキ屋でショートケーキを二つ買った。夕食は何がいいか悩んだが、結局上手く作れるからオムライスにした。
帰ってきた秀が、それらを見て、ちょっと呆れたように笑った。
「……随分豪華にしたね」
「なんてったってお誕生日ですからね! 」
ふふん、とちょっと自慢げにしてみたらさらに笑われたので少々恥ずかしかなってしまった。
「勝手に色々用意しちゃったけど、食べたい物とかあった? 」
「いいや、ありがとう。十分過ぎるよ、ここ何年も誕生日なんて何もない日でしかなかったからね」
その前は、きっとめぐみさんが彼の誕生日を祝っていたんだろう。彼にとって、めぐみさんの存在が生きる理由だったんだ。かつての私のように。
誕生日なんて、もう一生縁のないものだと思っていた。まさか、こんなことになろうとは、一年前には夢にも思わなかった。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう。もう一生言われることはないと思ってた」
「これからは私が絶対何がなんでもお祝いするからね!あ、まって。あの……これ、良かったらもらって。一応誕生日プレゼントなの」
ちょっと恥ずかしそうにラッピングされた小包を渡してきた。小さくて軽い。箱を開けると……フック状の栞が入っていた。先に真鍮製の飾りがついている。指にかけて少し持ち上げると、向こう側の明かりが透けた。
「すごい…これ、羽?しかもなんか透けてる」
「すごく綺麗でしょ!似合うだろうなぁって思って! 」
しばらくそれを見つめてぼうっとしてしまった。澪依華の誕生日の時、自分の誕生日を教えたので、彼女のことだから何かしているだろうとは思ったが、ここまでしてくれるとは。
「ありがとう……大切に使う」
「……うん。良かった、喜んでもらえて」
心の底から安堵している、という風だった。両親から最後にもらったプレゼントが本だった。寝る間も惜しんで読んだ。めぐみが死んでからは何も考えないように読み続けた。最近、本を読む時間が少し減った。会話をする、気にかける相手がいるからだった。読んでいるものを中断してまで。だから、栞がほしいと思っていた。適当な紙を使っていたのを見ていたんだろう。
「結構迷ったんだけどね。大人の男の人にプレゼント買うなんて初めてだったから」
「なんでも嬉しいけどね。よく見てたね、人にプレゼントあげると結構喜ばれるんじゃない? 」
「ん?まあ……これ欲しかったんだ!って言われることは多いかも。社交辞令だと思ってた」
前々から思っていたが、洞察力が飛び抜けている。これでは彼女には敵わないだろう。だから今までなんとかやってこれたのかもしれない。
「来年、何かプレゼントするよ。ほしいものあったら言って。言わなかったら勝手に選ぶからあんまり期待しないで」
「じゃあ、期待して何も言わないでおこうかなぁ」
ふふっ、と笑う。お互いに、半年前より笑うことが増えたんじゃないかと思う。これを守り切るのが、残りの人生の目的のような気がした。
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今回はちゃんと当日中に投下できました!内容的にはプレゼントにめちゃ迷う澪依華を書きたかったという感じです。前回、澪依華の誕生日は秀一視点だったので、澪依華視点で全部書こうかと思ったんですが、あんまりちゃんと喋らないので考えていることが見えた方が書きやすいな、とこの形になりました。
次は2月18日です!(恵都の誕生日)それまでに本編もう少し進めたいなと思います。