後編

「んっ、うぁぁ…感謝するぞ衛。こうして外に出られたのじゃからな」

「……」

「む?不服そうじゃな…私の方が背がちょっと高いことが気に入らぬか?安心せい、育ち盛りのお主なら…」

「違う、そうじゃない!それもあるけど!」

「あるんじゃな」

「…あるけど!どれから突っ込むべきか…とりあえず、僕は君に謀られたのが悔しいんだよ」

「騙して悪いが、狐なんでな。つままれてもらうぞ」

「どっかで聞いたような台詞だなあ…というか、こっちは君を解き放ってしまったことで肝が冷えてるんだ。どうしたものか…」


コンコンと指真似してドヤ顔する(何故か)メイドの彼女を見ないフリを決め込み、溜息ついでに頭を抱える。


自分がとんでもない妖狐にホイホイ乗せられて封印を解いちゃったが為に、この街この県…ひいてはこの国がこんな奴の手で地獄にされたなんてあったら僕は…!


「悪夢だ…ん?悪夢?そっか!これは夢か!夢なら覚めれば」

「水を差すようですまんが、現実じゃぞ。私は直接的に夢を見せてやることは出来ぬよ」

「それはどうもありがとう…あと何でナチュラルに心読んでるの?」

「狐じゃからな」

「狐って万能なの!?」

「そんなわけなかろう」

「だよね?じゃあ心が読めたのは?」

「狐じゃからな」

「そんなバカな…!」

「あっ」

「ん?」

「メイド…じゃからな⭐︎」

「何も分からない!というかずっと言おうと思ったけど何でメイド!?」


売り言葉に買い言葉。打てば響くといったようなテンポで悠狐に矢継ぎ早に疑問をぶつけていく。


すると、待ってましたとばかりに笑顔になり両手を腰に当てゆさっとメイド服の上からでも揺れるほどに豊かな胸を張りながら、悠狐は話し始めた。


「衛なら知っとるじゃろうが、古来より日本では良き女とは男の三歩後ろを歩く淑やかな女と言われておる」

「うん。…うん?」


初手から何だかすっ飛ばされてない?とはいえ、まだ全容を聞いてない内に早とちりするのは良くないだろう。僕は黙って続きを聴くことにした。


「じゃが、折角お主の願いを叶えてやるというのにそんなまどろっこしいのはお互い面白くなかろう」

「……うん」

「なので、封印が解けた後真名を交わし、一種の契約を結びお主の側に居るのに一番最適な形を選ばせてもらった…という訳じゃ」

「……つまり?」


嫌な予感…という言葉がぴったりの心境で、思わず聞き返してしまう。それすらも小気味良いとばかりにくすっと笑うと、悠狐はきゃっと頰に手を当て乙女チックに告げた。


「今日から私が、お主のメイド兼妻として幸せにしてやるぞ♡」


それで良いのか御狐様。


そして僕よ、顔をニヤけさせるの止めて!

惚れた弱みというべきか、もふもふの狐の耳と尻尾をゆらめかせながら照れる仕草を見せる悠狐が愛おしくてたまらない…!


「…おやおや?」

「な、何さ…」


長い睫毛を伏せるように瞳を細め、笑みを含みのあるものに変えた悠狐が前屈みになりながら此方を覗き込む。


その際、メイド服のフリルや裾がふわふわと揺らぎ色っぽさと可愛さを魅せながら僕に囁きかける。


「衛…お主、可愛いな」

「なっ…!?」

「私のご主人様は堅物なのかと思ったが、愛い一面もあって安心したぞ」


そりゃどうも…と照れ隠しにツッケンドンに言いながら、腕を組んで軽くそっぽを向く。


そうでもないと、此方を揶揄うように笑う悠狐のキラキラとした笑顔にこれ以上なく虜になってしまいそうだったから。


「そうだ、それを言うなら悠狐のその格好も」

「……待て、ご主人様。誰か来る」

「何だって…?」


僕以外に此処に来たやつが居たのか…?警戒した雰囲気を出す隣のメイドとは対照的に、自然体に悠狐の睨む階段の方を見る。


やがて。ズボンのポケットに手を入れ、堂々と道の真ん中を闊歩する僕と同年代であろう青年が現れた。


「へぇ、本当に復活したんだ。最低最悪の化け狐」

「知り合い?」


表情の見える距離まで来て止まった彼は、まるで悠狐を値踏みするような眼差しでヘラヘラと笑う。


小声で問いかけると、目線を逸らさぬまま無言でふるふるとヘッドドレスごと首をふるふると振るので、代わりに返事をした。


「出会い頭に失礼だな。お前は誰なんだ?」

「どうでも良いだろ、そんなの。そいつに名を縛られたくねえし、今から全部奪われる不幸なてめえにゃ関係ないからな」

「何だと……」

「ご主人様」


あまりにも腹に据えかねる物言いに、思わずカッとなって駆け出そうとしてしまう。しかし、そこで鶴の一声がかかりピタリと足が止まった。


見ればそこには、僕の体の前に手を出し制止をかけてフッと柔らかく微笑む悠狐が。メイド姿にその顔はとても様になっていて…、僅かに見惚れたおかげで冷静になる。


「ご主人様ぁ?それにその格好…随分馴染むのが早いな、桜火」

「お前…黒狐か」


どうしてその名を、と僕が言う前にピシャリと彼との会話を跳ね除けるかのように悠狐は相手に返事した。


黒狐、と呼ばれたことに気を良くしたか彼は口角を釣り上げるとグググと力を込め始める。


間もなく…影が伸びるかのようにズオッと耳と尻尾が生えてきて、感覚を確かめるように

耳を揺らし一本の尾をブンと振るった。


「ご明察。相変わらず鼻が利くようで何よりだ」

「お前も封印を解いておったのか…大方、 其奴を誑かして封印を解かせた後、その体を乗っ取ったか」

「それも当たりだ。誑かしたまでは、同じ狐同士一緒だろ、桜火さんよ」


痛いところを、と言いたげに苦虫を噛み締めたような表情の悠狐。何故彼が悠狐ではなく名字で呼ぶのかは分からないけれど、旗色が悪そうだ。助け舟を出させてもらおう。


「黒狐…で良いのかな。お前は何で此処に来た?」

「チッ、今折角2人きりで楽しく話してたのに邪魔しやがって。まぁ良い、コイツを解放してくれた礼に教えてやる。


俺はな…桜火を俺の女にするために来たんだよ!何百年待ったっけなあ!」


ケタケタとバカ笑いしながら身を捩り、その尻尾を忙しなくバタつかせる。正気とは思えない光景に、思わずたじろいでしまう。


「……此奴はな、封印される前からずっと私を付け狙ってきたんじゃ。あの手この手で迫ろうとしおって…おまけに下心も隠さんときた。そんな下賤な奴に操をくれてやる気は毛頭無い。それ故に、ちと申し訳無かったが人間を煽動して封印させた。しかし…」


「腹いせに、直前で俺が叫んでやったのさ。『其奴は俺と同じ化け狐だ!』ってな。酷い怪我したやつも居たなあ…死人こそいなかったが。そんでその後はもう面白いくらいに口々に罵りまくってよ、先に俺が封印されてその後に封印されたんだろ。お陰でべらぼうに時間かかったぜ…」


渋々と言った様子で僕に話してくれる悠狐、嬉々として思い出とばかりに話す黒狐。

入り混じる感情と言葉の渦に頭が混乱しそうだけど、辛うじて聞き取ることができた。


何故悠狐が世界を滅ぼしたと言われ、邪なものとして封印されたのか。そして…人間に対して、どんな感情を抱くのか。


「思い出話はこの辺でいいだろ。桜火は人間如きが娶れるような奴じゃねぇ、こんなひでぇ奴は俺の女にして主様って傅かせてやるのがお似合いなんだよ!!失せな、ゴミが!」

「…言いたいことはそれだけか?同じ狐といえど、別の狐のようだな」

「何…?」


今にも泣きそうな顔をしている悠狐の肩を抱き寄せて、はっきりと宣言する。


「過去に犯した罪はもう悔いて反省している!ならば今更そんなことはどうでもいい、僕は本気で彼女を愛している!それにもう、僕のメイドさんかつお嫁さんなんだ!お前こそデートの邪魔だ、尻尾を巻いて逃げ出すんだな!」

「…衛…!」

「調子に、乗ってんじゃねぇ!!」


『彼』の体から抜け出した黒狐が、獣姿で牙を剥いて飛びかかる。悠狐は絶対に守る!悠狐を前から抱き締め庇おうとした、僕の横から…綺麗な手が前に突き出された。


そして…その掌から、爆ぜるように淡紅色の狐火が吹き荒れて黒狐を飲み込む。耳をつんざくような悲鳴を浮かべ、体の端から燃え落ちていくのを一瞥し悠狐は一言呟いた。


「私のご主人様に手を出そうとした罰じゃ」


桜の花弁が散るよりも刹那に、黒狐は焼滅した。


塵も残らず燃えきるのを見届けてから、重い口を開いて腕の中…と言っても同じ目線の悠狐に囁く。


「死んだ…のかな」

「ご主人様が気に病むことはない、殺生石から漏れ出た欠片に過ぎぬ。いずれ復活するじゃろうが…一切記憶は無かろうて」

「そっか…」


恋敵で見下げた奴とはいえ、完全に死んでしまうのは忍びない。記憶も無いというなら、制裁としては十分だろう。


「ふふ…」

「ん?どうしたの、悠狐」

「いや何、私の夫は優しいな…と思っただけじゃよ」

「…いきなり夫って呼ばれると、小っ恥ずかしいな」


思えば、先程までご主人様か名前で明確に夫って言われたのは初めてな気がする。それに、あんなに声高らかに愛してるだのお嫁さんだの言っちゃった…いけない、顔が熱くなってきた。


「私は嬉しかったぞ?のう…貴方」

「そっ、か…それなら甲斐があるよ、悠狐」


この短い時間の中でも、最も美しくて素敵なその眼差しと微笑みに…幸せを噛み締めながらこの喜びを伝えるように名前を呼ぶ。


サァァ…とそよ風が2人を祝福するように

吹き、桜吹雪が周りを取り囲んだ。それはきっと、熱い視線を交わす僕らを隠す為に。


彼女の肩に手を乗せて、自分のメイドとキスする背徳感と妻とのファーストキスの喜びで鼓動が高鳴るのを抑えられず、どちらともなく瞼を閉じて静かに唇を…。


「あっ」

「む、何じゃ唐突に。ムードをぶち壊すのは感心せんぞ」

「ごめん、どうしても確認しておきたくて。悠狐の本名って、桜火なの?僕に悠狐って呼ばせたのは、本名を呼ばせないため?」

「何じゃそのことか…いや、私も悪かったの。結論から言うと逆じゃ、桜火は勝手に私が付けた名字。衛にだけは、本名で呼んで欲しかったのじゃ」

「そっか…そっかぁ…」


僕は存外、惚れっぽい人間のようだ。僕にだけって言われて、どうしようもなく嬉しくなって舞い上がってしまう。頬がにやけてしまうのを、抑えきれないほどに。


ちょんちょん、と頬をつつかれ我に返る。見ると、悠狐が上目遣いに此方を見てもういいじゃろ?と呟いた。可愛らしい御狐様に、くすくすと笑ってしまう。


2人して暫し笑い合うと、ゆっくり向き直り…今度こそ、祈るように瞼を閉じて僕と悠狐は…神社の中心で、誓いのキスを交わすのだった。


温かくて柔らかいその感触と、ふわりと漂う桜の香りは…何故だか、覚えがあるような気がした。


〜〜〜〜〜


その後、本殿の階段に腰掛け衛に膝枕をしながら尻尾を好きにモフらせている内にいつの間にかあどけない寝顔を見せておった。


黒狐の奴が取り憑いていた男は、いつの間にか姿が見えなくなっており恐らくは黒狐が離れたことによりこの結界から出たのじゃろう。


「……すまぬな、ご主人様よ」


お主には、まだ幾つか隠しとることがある。

一つ、この空間は『私を逃さない為』だけじゃなく、『私が他の者を寄せ付けない人払いの結界』でもあったこと。

一つ、私は…『昔から、お主のことを知っておった』こと。


封印されている間、私は実体を持たぬ状態じゃった。しかし、この数十年近くは封印が劣化してきたのか意識だけは外に出すことが出来るようになっておったのじゃ。


それで街をぼんやりと眺めていた時、お主がこの神社に遊びにやってきた。理由は確か…家族が仕事で、友達もいないから…と言っとったのう。


「独り言の絶えぬ奴じゃと思ったが…お主からしたら、神様にお話しとるような気分じゃったのかも知れぬな」


その様が健気で、可愛らしくて…時折お主が来るのを気付けば心待ちにしておった。


じゃから…、


「本当に…私も愛しておるぞ、ご主人様」


神に仕える『巫女』ではなく、衛に仕える『メイド』として側に居たいと思ったのじゃ。


嫁入りも兼ねたのは…主人の望みを叶えるのも、私の役目。あの刹那のキスも…サービスでな?


「これからも…宜しく頼むぞ♪」


桜吹雪は、風に吹かれるまま外へ外へと流れていった。天気は…見事なまでに、生憎の天気雨じゃった。

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狐の世冥入り〜僕のお嫁さんは、何故かメイドの狐です〜 燈乃つん@🍮 @283

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