クリスタル トライアングル

鮎崎浪人

第1話

 一


「よう、中西、久しぶり。一課に移った気分はどうだい?」

「ああ、谷先輩。お久しぶりです。

 いやあ、ひと月経っても、まだ全然慣れませんよ。

 しかも、初めての事件が暗礁に乗り上げつつあって・・・」

「ああ、例の奥多摩町の資産家殴殺事件だろ?

 容疑者が絞られたって聞いたぜ」

「はあ。それはそうなんですが・・・」

「なんだ、歯切れが悪いな」

「いえ、動機のある人間ははっきりしているんです。

 不動産会社を営む人間の割にはと言っては語弊があるかもしれませんが、とにかく篤実な人柄で、当初動機のある人間が見当たらなかった。

 犯行時の目撃者はなし。

 凶器にも指紋がないなど、有力な物的証拠もありませんでした。

 容疑者を特定するのにかなり苦労しましたが、被害者の妻から耳よりな証言を得ましてね」

「ほう。どんな?」

「それが・・・ あまり口にしたくない内容なんですが、被害者は模範的な人格に隠れて、裏の顔があったみたいで」

「と、いうと?」

「アルコールが入ると人格が豹変したらしいんですよ。

 普段から姪をかわいがってはいたんですが、酒を飲むと、姪への執着が度を越していたということなんです。

 このことは被害者の妻から、やっとのことで引き出した情報なんですが」

「つまり、姪にいたずらをしていた?」

「ええ、まあ、そういうことです」

「じゃあ、その妻や姪には動機があるわけだな。

 妻はそんな夫を許せず、殺意が芽生えたかもしれない。

 また、姪が受けた心の傷は、時が経っても、そう簡単に癒えるものじゃないだろうし」

「僕もそう思いました。

 だけど、調査の結果、妻には完璧なアリバイがありました。

 それで、台東区入谷在住の姪、佐藤智実という名前で現在二十一歳の学生なんですが、彼女を調査しました」

「それで?」

「未だに彼女は、叔父から受けた仕打ちについては否認しています。

 だけど、彼女を訊問した印象では、一課の人間全員が、彼女に間違いない、と」

「じゃあ、その線で、一課全員の方針が固まっているわけだな。

 一課の優秀な連中が一丸となって食いついているんだったら、いずれ解決も近いんじゃないか」

「はあ、そうですね。僕も彼女で間違いないと思っているんです。

 だけど、矛盾しているんですが、最近では彼女ではないんじゃないかと思い始めていまして・・・」

「また、なんで?」

「それがですね・・・」


 二


 佐藤智実は、叔父の佐藤誠史郎を殺害した。

 言葉巧みに家人を外出させるよう叔父を説得し、誠史郎ひとりの自宅を訪ね、応接間の花瓶で何度も殴り続けた。

 十年前に受けた心の傷。

 片時も忘れたことがない。

 叔父の命を自らの手で奪うことは、長年の悲願だった。

 これから徐々に、叔父の呪縛から逃れることができるのではないか。

 そんな淡い期待を抱いている。

 叔父は鬼畜だった。

 智実は、叔父を殺めたことを一片たりとも後悔していない。

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