第6話

 八


 深川夏雄は、四月三日に神宮球場で観戦したナイター野球のエッセイを執筆した。

 書き上げた内容に満足し、編集者に引き渡した。

 二週間後に発売される月刊誌には、連載十一回目として掲載される予定である。


 九


「佐藤智実は、午後七時半から午後九時半頃まで、神宮球場で野球を観戦していたという証言をしているんです。

 映画を観た後、そのまま球場へ向かったんだと」

「まあ、たしかに、渋谷から神宮球場までは、地下鉄を利用すれば三十分もあれば十分だろうな」

「彼女が言うには、自分は大の野球ファンだから、レフトスタンドで、スコアブックをつけながら観戦していたと証言しました。

 ただし、チケット以外はそのことを証明する事柄がなかったので、当初は重要視していなかったんですが・・・ 

 ところで、先輩は、深川夏雄という小説家はご存知ですか?」

「深川夏雄? ああ、名前なら聞いたことはある」

「佐藤智実は、彼のエッセイに、自分のことが書かれていると主張するんですよ。

 月刊誌に連載されているものなんですが。

 確認すると、たしかにスコアブックをつけながら観戦していたという女性のことが書かれていました。

 彼女は雑誌の発売前にそのことを主張していたんです」

「当然、深川本人にも確認したんだろうな」

「もちろんです。

 容姿まではっきりと覚えてはいないが、女性の観客で熱心にスコアブックをつけているのは珍しかったから、そのことをエッセイに書いたんだと言っていました。

 日付も四月三日で間違いないとのことでした」

「佐藤智実は、深川夏雄が事前に観戦に来ることを知っていた? 

 そして、スコアブックをつける女性が彼のそばの席で観ることも予測した?

 それで、雑誌が発売される前に、そんな証言をした? 

 どうも無理があるな」

「ええ、そうなんですよ。それに、野球観戦に関しては、もうひとつ彼女が証言している内容がありまして・・・」

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