第7話
十
四月三日。
午後八時五〇分。
七回裏。
二死、走者なし。
安部健司は、右打席についた。
シーズン序盤だが敗退続きでチームの成績は振るわず観客や声援の数は少なかったが、これまでどんな状況でも、健司は一度も集中力を途切れさせたことはない。
一打席目から三打席までは凡打に終わった後の四打席目。
この打席に今まで以上の集中力で臨んだ。
相手は先発の右投手でリーグを代表する屈指の好投手でもあり、これまで二安打無失点に抑え込まれていた。
走者がいないから勝負を避けられて四球で歩かされる心配もないし、五点という大差を追いかける現状では、思い切って長打を狙っていい場面だった。
初球、二球目と、外角の変化球を見送ってツーボールを選んだ。
ストライクを取りに甘い球が来ると予測した三球目は、勢いのある直球が内角低めのコースぎりぎりを通ったので、打ちにいくのをとどまった。
四球目は、外角のカーブを引っかけて、三塁側へのゴロでファール。
ツーボール、ツーストライクと平行カウントとなった。
そこからは、必死にボールに食らいついて、ファールで何とか凌いだ。
依然として並行カウントからの十球目。
スライダーが、コースの真ん中から外角へ鈍く逸れていく。
来た!
健司は、バットを思い切り振り抜いた。
バットの真っ芯を捕えたときの、ほとんど抵抗のない感触が健司の手に伝わる。
打球は左中間へ向かって、ライナーで一直線。
スタンドへ向けて飛んでいく。
弾道が低く、フェンスに阻まれるかと思われたが、追い風に乗ったのだろうか、予想より打球が伸びて、レフトスタンドの最前列に飛び込んだ。
十一
「佐藤智実は、安部が打ったホームランボールが係員に回収されるのを目撃したと言うんです」
「ホームランボールを?」
「ええ、通常は、ホームランボールは拾った観客が持ち帰っていいことになっていまして、プロ初ホームランとか、よほど特別の事情がないかぎり、選手が回収することはないんですよ」
「で、安部本人は、何と?」
「素晴らしくいいフォームで打てたもんだから、記念にボールが欲しかったということでした。
無理言って、ボールを回収したんだと」
「回収されるシーンは映像に映っていないのか?」
「映っていません。
試合の本筋とは関係ありませんからね。
また、安部本人のブログや個人のブログ、ツイッターでも、このことに触れたものは一切ありませんでした。
ですから、やはり、彼女は実際に球場にいたと考えるしかなくて・・・」
「三つのアリバイか。
うーむ、でも、俺が気になるのは、三件とも佐藤智実本人が、それぞれの証言者と言葉を交わすなり、直接に接触した事実がないことなんだよな」
「それは確かに。
しかし、これだけ、佐藤智実の証言が事実と一致してしまうと、どうも・・・」
「佐藤智実とこの三人に、何らかのつながりはないんだろうか?」
「念のため、それについても調べましたが、出身が東京都内であることと、年齢が近いということ以外は何も見いだせませんでした。
ここ数か月の電話の通話記録やメールの発信記録も調査しましたが、接触した記録は皆無でしたね」
「そうなると、手詰まりだな」
「ええ、ですから、佐藤智実は犯人ではないと考えざるを得なくて。
でも、他に容疑者も見つからないし・・・
なんか、この事件、迷宮入りの匂いがしてきましたよ・・・」
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