第5話

 六


 本村由貴は、渋谷の劇場でのレッスンが終わると、以後のスケジュールは入っていなかったので、マネージャーと一緒に、渋谷の街に繰り出した。

 メイクは薄くし、帽子をかぶり、サングラスをかけたのは、歩いている人に気づかれないためだ。

 買い物とディナーを済ませると、また渋谷の街をぶらぶらと歩いた。

 ハチ公前で立ち止まり、写真を一枚撮った。

 マネージャーには、今さらなぜ、と訝られたが、有名過ぎて意外とこれまで立ち止まったことがなかったから、と説明しておいた。

 四月三日、午後七時のことだった。


 七


「佐藤智実はアリバイがあると主張しているんですよ」

「ほう、どんな?」

「犯行時刻は、四月三日の午後七時から九時とみられているんですが、その午後七時頃には、渋谷にいて、アイドルの本村由貴を目撃したと」

「アイドルを?」

「ええ、渋谷のミニシアターで邦画の古典を観た後、駅に向かう途中のハチ公前で、本村由貴が連れらしき人に写真を撮ってもらっているのを目撃したと証言しているんです。

 目立たない服装をしていたから、他の人は気付かなかったはずだが、自分は彼女のファンだし、サングラスを一瞬外したから、わかったんだって主張するんですよ」

「それは事実だったのかい?」

「本村由貴と、彼女に同行していたマネージャーに直接確認したところ間違いない、との証言を得ました」

「なるほど、佐藤智実が犯行当日の午後七時に渋谷にいたのが事実なら、奥多摩の被害者宅に犯行時間帯にいるのはかなり厳しいな」

「ええ、そういうことです」

「犯行現場が被害者宅であることは間違いないのか?」

「間違いありません」

「そうか、だとしてもだな、佐藤智実は渋谷にいなくても、本村由貴のことを知る方法はあるんじゃないのか? 

 本村自身のブログとか、あるいは、たまたま彼女を目撃した個人のブログとかツイッターをみるなりして。

 それを自分のアリバイに利用したということは考えられるんじゃないか?」

「たしかに。

 だから、われわれはその辺のことは調べましたよ。

 ですけど、本村自身はそのことを書いていないし、個人のブログやツイッターでも、そのようなことを書いたものは一切発見できませんでした」

「となると、残る可能性は、佐藤智実が知り合いか誰かに口づてにそのことを聞いたということぐらいか・・・」

「ええ、その可能性は否定できません。否定できないんですが・・・」

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