第4話

 五

 

 安部健司は、物心がついた頃から、大のプロ野球ファンの父親に野球を教え込まれた。

 その頃の記憶はないが、気がつけば健司も野球が大好きになっていた。

 小学生と中学生の頃は、地元の有名な硬式野球チームに所属し、四番打者と主力投手を任された。

 中学三年生の時には、全国大会に出場。

 日本代表として、アメリカでの遠征試合に出場した経験もある。

 健司には天性の運動神経が備わっていて、周囲からも将来を嘱望されていた。

 高校へはスポーツ推薦で青森の強豪校に越境入学し、親元を離れ寮生活を送りながら野球漬けの毎日を送った。

 全国から集められた逸材が腕を競う中、一年生では控えに甘んじたものの、二年生でレギュラーに定着し、二年生と三年生の夏には三番打者兼投手として全国大会に出場した。

 そんな健司のプレーがスカウトの目にとまり、高校卒業後、神宮球場を本拠地とするプロ野球チームからドラフト四位で指名されて入団した。

 プロ野球選手として出発するにあたり、監督やコーチからは、投手を薦められたが、周囲の反対を押し切って健司は打者としての道を選んだ。

 健司の長い二軍生活が始まった。

 高校時代までは、スラッガーとしてホームランを量産した健司だったが、プロの投手には歯が立たず、特に変化球には苦しめられてなかなか芽が出なかった。

 他の若手選手が酒や遊びを覚え時には羽目を外すのを横目に見ながら、健司は高校生活と同様、いやそれ以上に野球に打ち込んだ。

 素振り一万回を日課とし、酒や遊びには一切手を伸ばさなかった。

 三年目に二軍でのレギュラーに定着し、五年目には首位打者と打点王を獲得。

 六年目に、一軍の開幕戦のメンバーに選ばれた。

 三月下旬の開幕戦に代打出場でプロ初本塁打を放ち、現在はレギュラーに定着しつつある。

 健司はこの頃思う。

 目標の実現に自分を突き動かしたものは何だったのだろうか。

 プロ野球選手を目指すことが生きがいであったのは間違いないが、と同時に、あの日以来、逃れようとしても執拗に追ってくる呪縛こそが原動力になっていたのではないだろうかと。

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