第2話
三
本村由貴は、幼稚園児の頃にはすでに将来アイドルになることを明確な目標としていた。
自分はアイドルになるために生まれてきたのだという確信があった。
五歳の頃には、歌とダンスのレッスンに通い始めた。
レッスン漬けの毎日は、厳しかった。
勉強をおろそかにしないことが両親からの条件だったから、そちらの面で手を抜くことは許されなかったが、夢に向かって一歩一歩進むんだという強い気持ちで頑張り抜いた。
アイドルになるための前段階として、様々なエンターテイメントのスキルを磨くために、小学生の低学年の頃からモデルや子役、CMのオーディションを何度も受けたが、一度として採用されることはなかった。
それでも、歌にダンスにと努力を続けた。
十四歳の時、アイドルグループの三回目のオーディションを受けた。
そのときは最終選考で惜しくも落選したが、翌年には合格し、苦節十年、ついにアイドルの仲間入りを果たした。
由貴は自分の容貌にそれなりの自信はあったし、周囲からの評価も自己のそれと離れてはいないと感じていた。
しかし、全国から集まったアイドルの卵たちを目の当たりにすると、自分がいわゆる「その他大勢のひとり」であることを痛感させられた。
アイドルになれたといっても、発売されるCDに参加したり、テレビに出演できるのは、百人以上を擁するこのグループの中で、選抜されたごく一握りのメンバーに過ぎない。
由貴の長くてつらい下積み時代が始まった。
渋谷にある小さな劇場の公演に、ほぼ毎日出演し続けた。
常に全力のパフォーマンスを心掛け、歌とダンスで観客を魅了しようと試みた。
その間は、微かな希望と大きな挫折の繰り返しだった。
失ったものも多い。
アイドルとしての活動に追われ、通学できる時間は限られていた。
そのため、学校では友達ができなかった。
部活に打ち込むこともできず、修学旅行にも参加できなかった。
中学と高校の卒業証書は、校長室で受け取った。
男の子と交際したこともない。
その年代の女の子が青春として経験するような出来事は、一切由貴には訪れなかった。
同じグループのメンバーはかけがえのない仲間には違いないが、またライバルであることも確かで、友達とは言えなかった。
由貴は自分がひとりぼっちであることを強く意識することが多かった。
それでも何とか続けてこられたのは、家族やファンの支えがあったからだし、一番の理由はアイドルという存在に誇りを感じていたからだ。
公演で歌やダンスを披露しているときが一番楽しかったし、観客の笑顔を目にすれば無性に嬉しかった。
由貴は、アイドルとは人を勇気づけたり励ましたりすることができる存在だと純粋に信じていた。
子供の頃に憧れたアイドルが、由貴に勇気や希望を与えてくれたからだ。
そのうち公演での人気も徐々にではあるが、着実に上昇していった。
どんなに体調が悪くても予定された公演に一度として欠場したことはないし、ファンとの握手会にも必ず参加した。
発信するブログでは毎日三回以上は更新することを自らに義務付け、忠実に実行した。
人気が出るにつれ、時には誹謗や中傷の類が浴びせられることもあったが、決してくじけることはなかった。
そして、高校を卒業してしばらくの後、ついに選抜メンバーの一人となった。
全国的に有名なアイドルグループの一員としてテレビ出演を果たしたが、二十人近くいるメンバーの中で、後方の隅に位置している由貴は目立つ存在とは言いがたく、世間に認知されるまでには程遠かった。
だが、由貴は、持ち前のひたむきさで努力を忘れず、禁欲的にアイドルを演じ続けた。
二十歳になったその年の二月、センターポジションを勝ち取った。
センターとは、中央の最前列のポジションを意味し、まさにグループの中心としてパフォーマンスを繰り広げるのである。
本村由貴は、押しも押されぬトップアイドルの仲間入りを果たした。
由貴はこの頃思う。
目標の実現に自分を突き動かしたものは何だったのだろうか。
アイドルを目指すことが生きがいであったのは間違いないが、と同時に、あの日以来、逃れようとしても執拗に追ってくる呪縛こそが原動力になっていたのではないだろうかと。
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