祭の惑星 ヨイチャグラ 後編
しばらくヨイチャグラの上空を飛ぶと正面に大きな山が見えてきた、山の中腹に大きなお堂のような建物が夜闇に紛れている。
「見えてきました、あれが我が家です」
ヤギがカバンからリモコンを取り出してスイッチを押した。おそらく停留場所であろう洞窟の入り口がライトで照らされた。
「随分と豪勢な場所に住まわれているんですね、これもおじいさまの建てたものですか?」
モチヅキはアゴヒゲをなぞりながらヤギに尋ねた。
「いえ、この星の内戦以前から私の一族が多くの従者や僕と共に住んでいた城のような物です、いつ建てられたかは知りません」
ヤギはそう淡白に言い放ちながら船を着陸させるためにスラスター周りを動かそうとした。
「あれ? この配置、違法改造ですよね? それも追跡を逃れるタイプの、どうですか?」
ヤギはギロっとモチヅキを睨んだ、バレてしまったか。実はこの船の推進スラスターは角度や配置が共和国の制定した基準に反している。理由は色々だがまさか気付かれるとは思わなかった、スティックの感覚やレスポンス等を細かく熟知していないとそうそうわかるものでもない。このヤギという女なかなかの人物だ。
「申し訳ありません、だいぶ片落ちの船なので、こうでもしないと……」
「私も一応軍の人間です、これを見過ごすわけにはー……いかないのですが、この星でそういったことを起こさないと約束していただけるなら目をつぶりましょう」
ヤギは微笑みながらスティックを微調整し着陸させた。
「約束しましょう」
「いいでしょう」
屋敷の客間のような場所に通されヤギはどこかに行ってしまった。
しかしこの屋敷、とても大きい。玄関を入ってすぐ4階層ほどの吹き抜けになっていてリゾート惑星のホテルを名乗ってもいいくらいの荘厳さだ。それに今いる客間もかなり埃っぽくはあるがさまざまな調度品が置かれていて、パーティーが開催されたまま長い間時が止まってしまったかのような赴きを彷彿とさせる。
「モチヅキ、先ほどのスラスターの件、軍の人間であるヤギさんにバレたら不味かったのでは?」
小上がりの畳に座布団を敷いてそこに座っていたソフィがそう聞いてきた。
確かにあの船の事を通報されたら面倒なことになる、だが
「彼女はそんなことしないでしょう、正確にはできないでしょうね」
モチヅキは自信ありげに答えた。
「ソフィ、彼女の所属は覚えていますか?」
「サイジョウ宇宙軍のサマ星系保安警備部隊だったはずです」
「そうサイジョウ宇宙軍だ、サイジョウ宇宙軍の軍規を今検索できますか? 副業について」
モチヅキの記憶が正しければ、いや忘れるわけもない。
「副業は事前に申請すれば可能らしいです」
「じゃあ副業絡みの懲罰事例も調べてみましょう」
彼女は目をぐるぐると回転させて検索を繰り返す。
「あぁ、そういうことですね」
「えぇ」
懲罰事例のほとんどが軍の仕事で関わった人との個人的なやり取りに対する物だ、小銭稼ぎをしようとする人の考えはどれも同じだ。
「お待たせいたしました、着付けメカが調子悪くて……」
あわただしく引き戸あける音を聞きモチヅキは振り返った。
先ほどまで軍のキャプテンコートに身を包みガチガチの固い雰囲気だった彼女が一気に吹き飛んだ。透き通るような水色の浴衣を纏った彼女は血色の悪い不健康そうな女性から、今までとても大切に守られてきた宝玉のような繊細さの玉肌へと塗り替えられたかのようだった。
「ヨイチャグラは祭の惑星です、それなりのドレスコードがありますので」
そう言うと後ろからメカがやってきてモチヅキたちに甚平を手渡した
「おっと、これはこれは……いい経験になりそうです」
「準備ができました」
屋敷の正面で彼女はデヴァイスをいじりながら遠くにある神輿砦を見渡していた。
「よくお似合いですよ、お二人とも」
モチヅキは灰、ソフィは落ち着いた黄色の甚平を着こなしている。
「これ、私が着る意味ありますか?」
ソフィがもっともらしい疑問を口にした。
「それがあるんですよ、この星のメカは調理用メカでも着ていますからね。郷に入ればなんとやらです。ソフィさん」
ヤギは優しく微笑んだ。どういうわけか浴衣に着替えた途端、彼女がお茶目な少女のように見えてきた。一種のゲレンデマジックかもしれない。
「手配していたお迎えが着いたようです」
彼女が見据える先、坂の向こうからカラカラと音が聞こえてきた。
「お待たせしやしたー」
現れたのは黒い漆塗りの人力車だった、それを引いているのはハチマキを巻いたやつれた風の中年男だ。
「急な呼び出しですみません、どうしても足が必要だったので……」
「いえいえとんでもねぇ、ミヅキちゃんのお呼びとありゃお任せよ」
中年男は人力車を停車させながら威勢よくそう答えた。
この人力車、古風な見た目だがかなりメカニカルな物だ。車輪は数ミリレベルのホバー機構で浮いていてなおかつジャイロシステムで前後ろに傾かなくなっている。
モチヅキは理解した、この星はあえて外側に古さを残しているのだ。メカなどの文明技術は共和国加盟時に大量に導入し、その本質は失わないために見た目を古風にしている。先ほどの神輿砦もそうだ、あれもあからさまなハイテクランドマークを祭の惑星の産物らしく見せているのだ。
となると
「祭の理由……」
「えっ? どうかしました?」
人力車に揺られながら、モチヅキが零した言葉をヤギは丁寧に拾った。
「あぁいえ、この星はなぜ毎日祭が行われてるのだろうかと。もっと言うとなぜ祭が終わらないのかと疑問に思いましてね」
どんな星でも催し事として祭は開催されている、しかしそれは何年に一度やめでたいことがあったとき、非日常なのだ。しかしこの星ではそれが日常になっているのだ。この星に降り立つときに様々な場所で花火が上がっているのが見えた、ソフィに調べさせたらそれは毎日の事らしい。
「終わらないのか……、あぁ確かにそうですね。この前久しぶりに実家のコロニーに帰ったら星眺め祭をやってたんですが、あれは終わってましたねー。この星にそこそこですけどすっかり違和感がなくなっていましたよ。ねぇナベさん、なんでこの星はずっと祭やってるの?」
逆に彼女に疑問を植え付けてしまった。
「えっ? そりゃ楽しいからだよ。ヤグラの上で酒をかっ食らって、屋台のニイカをアテにする毎日酒クセェジジイ、怒声と音頭で気持ちよくなるガキ、死ぬまで同じさ。それでいい!」
モチヅキとヤギはぽかんとした顔を見合わせた、わかるようなわからないような。
「まぁでもミヅキちゃんも楽しいんだろ? だから仕事終わりにいっつもこうやって車呼んで祭に降りる。そのキラッキラの浴衣姿で祭の夜を魅了してんだから、あんたも同族よ。おじいさまも喜んでるさ」
おじいさまも喜んでいる、なるほど確かにそうかもしれない。今はぼんやりだがここが糸口なのかもしれない。
「あいよー着いたよー」
人力車に揺られること40分、神輿砦とは反対方向の地域に着いた。
そこは湖のような場所でその水上に木でできた足場がいくつも並べられている。船も行き交っていて何やら騒がしい様子だ。
「ここはなんなんですか?」
車から降りたモチヅキ達は水辺に歩み寄りながら話し始めた。
「そうですね、騒がしいヨイチャグラのお祭り達の中では比較的落ち着いた会場です。とりあえず体験してください、あっちです」
彼女は勿体ぶるようにそう言いながら水面に浮かぶ木製の橋を指差した。
橋を渡り始めると、何かが振動のようなものが足を伝ってきた。
「これは……」
「ほらもっと先に進みましょう」
ヤギはモチヅキ達を急かした。100メートルほど進むと橋は大きな足場に接続された。そこには人がそこそこいて、置かれている椅子や床に敷物を敷いて座っていた。
「こっちに私のお気に入りの席を取ってもらっています」
彼女は足場に浮かぶ建屋の裏側に案内した。そこには水色のレジャーシートが敷いてあって、ランタンやポットなどが並んでいた。どうやらここは彼女の専用席のようだ。
「よくここに来るんですね」
「えぇ、私が一番好きな会場です。そろそろ始まりますよ」
回りを周回する船が何かを水中に投下し始めた。
ブクブクブクブク バン! ザバン!
「見てください、モチヅキ!」
ソフィが高ぶった声ではしゃぐ。
水中深くで先ほど投げ入れた何かが爆発したようだ。
「おぉ花火か、美しい」
水中に大きな花が何度も咲き誇った。その振動が尻に伝わり脳天まで上ってくる。
バシャン!
「冷たっ!?」
ソフィがまた声をあげる。
花火の衝撃で水面に水柱が小さく上がったのだ。水が跳ねて何度も顔にあたる。
「いいでしょう? これがいり地区の水落とし花火です。普通の花火と違って静かなんですよね、心が落ち着きます」
ヤギが湯呑みでお茶を飲みながら目をつぶりそう呟いた。その姿は数時間前にこの星の上空で初めて会った覇気のない共和国軍人からは程遠く、おしとやかで気品に満ち溢れていた。
モチヅキはハッとし、水面をカメラアイで撮影するソフィの肩を叩いた。
そしてヤギの方を目配せし、彼女にヤギの姿を撮影するよう合図した。
パチリ
そこには惑星ヨイチャグラの祭の理由『ヤギミヅキ』が写っていた。
後でこの星の資料館で調べたが、この星の祭は全て内乱時代の戦いや出来事を元に行われているようだ。
神輿砦はアレよりも小さいサイズだが、人が大勢担いで動かした兵器があったそうだ。落とし花火もあの湖の下にはヤギ一族と敵対していた者達の隠れ家があり、攻撃のため爆弾に重りを付けて沈めたらしい。
不謹慎といえばそこまでだが、この星は新しい風と古い物を繋ぎ止めようとしている。共和国に加盟しヨイチャグラに平穏が訪れた、しかし弔いや戒めの気持ちも忘れない、そんな想いが酔っぱらいの老人や音頭を歌う若者の裏に隠されているのかもしれない。
この星に来た意味はあった、ヤギミヅキというこの星の核とも言える存在に運良く出会え、そしてこの甚平をプレゼントしてもらったのだから。
帰ったら彼女の写真を現像して美術館の片隅に飾るとしよう。
クロックビートル外伝 シンオウサイの銀河探訪記 ナナウミ @nanaumi1229
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