クロックビートル外伝 シンオウサイの銀河探訪記
ナナウミ
祭の惑星 ヨイチャグラ 前編
「マモナク、ヨイチャグラニ到着デス」
狭い宇宙船のコックピットに座る塗装の剥げた女性の形をしたロボットはそうたどたどしく伝えた。
「……おぉ、寝てしまいました。ありがとうソフィ」
眠い目をこすり白い髭を撫でながら老人は穏やかに答えた。彼が見据えたガラス越しの宇宙空間には惑星ヨイチャグラの姿がでかでかと映っている。既に惑星進入軌道に入っているようだ。
「ヤハリソノオ年デハ旅ハムズカシイノデハ?」
ソフィはそう言いながら船の操縦を大気圏モードに切り替えた。
「そうかもしれませんね。腰も痛いし目眩もします、ですが行かなくてはなりません。あとソフィ、会話プログラム。普通にしていていいんですよ」
「ソレハ失礼シマシタ。モチヅキサマ」
ピロロロロロローン
彼女の目のランプが青く点滅し心地いい効果音が再生された。
「これでいいですかね? あーテストテスト、ソフィです。どうですか? モチヅキ」
彼女は流暢な女性の声と言葉で話し始めた。それを聞きモチヅキも深く頷いた。
「いいですよ、やはり君はその方が君らしいですね」
彼女は普段モチヅキが経営する旧世界美術館の受付メカをやっている。しかし機械に対する人間の偏見はまだ強く、あえてロボットらしい喋り方をさせていたのだ。
「共和国サイジョウ領サマ宙域、惑星ヨイチャグラ。共和国惑星階級Cに制定されていて共和国加盟から60年ほど経っています。祭の惑星と呼ばれていてその名の通り毎日祭りが惑星全域で催されています。引用を一時中断、モチヅキ何か知りたい事は?」
ソフィは胸のスクリーンに共和国インターネットの検索結果を表示しながら説明した。モチヅキはバッグをまさぐりながら耳を立てて聞く。
「ありがとうソフィ、使える通貨とお土産になりそうな物を教えてもらえるかな?」
「少々お待ちを」
そうソフィが言うと目のランプが回転しながら少し沈黙が訪れた。
「なるほど、どうやらお金に関しては共和国に加盟して以降は共和国パブリックコインがコード、マネースティック問わず使えるみたいです。一応地元民同士で今も使われている現金があるようですが、その通貨は共和国の協定によって惑星外の人間の所持や持ち出しが禁じられています。その辺りの保安管轄は共和国なので気をつけてください」
「わかりました、ありがとうソフィ」
二人は熟年の夫婦のようにそう掛け合う。機械と人間、されど共に過ごした年月は二人を固く結んでいる。
「土産物ですが、少し深く調べましたが観光客向けでコレといった名産品や記念品はないようですね。これには理由があるようで、どうやらヨイチャグラは観光産業に力を入れていないようです。まあ確かにヨイチャグラの主催する観光ツアーはあまりなく観光客は共和国側の惑星振興系列のツアーを利用して入星するようですし、共和国に加盟しているとはいえかなり閉鎖的な星のように見えます。そう考えるとこの後私達の入星審査も通るか怪しくなってきましたね?」
ソフィは顎に手を当て考える素振りを見せる。下調べもせずに来るもは少々難易度が高かったのかもしれない。
「いえおそらく入れるでしょう。入星管理は共和国の人間が行うのだと思います……」
「そちらの小型民間船、聞こえますか?」
コックピットの上部分のスピーカーから通信の声が聞こえた。
「えぇ聞こえていますよ」
モチヅキはマイクを手に取り穏やかな口調で応答した。
「こちらはヨイチャグラ保安及び入星審査を行わせてもらっています、巡視船ヤタイです。これより入星手続きのため貴船へのドッキングをさせていただきます。乗船に備えてください」
どこか覇気のない声の女性がマニュアル通りと言わんばかりの通信を入れてきた。
窓の外を見ると下のほうにそこそこの大きさの船が見えた。暗い青の塗装に花火のペイントが施されている。
「申し訳ありません、本船には共和国規格ドッキングポートが用意されていないのですが……。よろしければそちらのハンガーにお邪魔することはできないでしょうか?」
モチヅキ達の乗船している船は共和国のライセンスで運用されているモデルではない、遠い昔モチヅキがサイジョウ領の最辺境の独立国で仕入れたものだ。
「……いいでしょう、では第一ハンガーにご案内します、ライトが緑色に点灯している方です。こちらで誘導しますので操縦席から立ち上がり手を上に上げてお待ちください。」
覇気のない彼女は少し面倒といった口ぶりでモチヅキたちにそう伝えた。モチヅキとソフィはお互いに呼吸を合わせゆっくりと立ち上がり手を上げた。
一見滑稽に見えるかもしれないが、この行動は民間船が船の外部操縦を受け入れるときに必須の行動手順なのだ。もし仮に民間船であろうと武装を搭載していてそれをこのタイミングで起動しようものなら、それは共和国に対しての敵対行動と取られ向こうも即時容赦なく電子機器破壊の実弾を打ち込んでくるだろう。つまりこれは身の潔白を証明するための手順で、それほどに今この瞬間は神経質な作業なのだ。
パチリ
船内カメラが起動する音が聞こえた、これで向こう側も安心して誘導を開始できる。このカメラは共和国に登録している民間船は全て搭載義務のある船内外カメラだ、何かあればこのカメラの映像は軍や警察機関への提出が求められる。
「ご協力ありがとうございます。……権限受け取りました、下船の準備をお願いします。あ、あと市民コードと入星用のデータの準備もお願いします」
操縦桿が外部からの操作で動き出した。少々時間が掛かったが問題なく事が進みそうでモチヅキは安堵した。
ハンガーに降りるとそこは本当に簡素な発着場で無人の戦闘機が出撃待機体制で吊るされていた。左右の壁の方を見ると警備メカが何台か並んでいるが警戒モードなのか電源が切られているかもわからない、しかしメカの腰のフレームにはブラスターが下げられているため余計な真似はできない。
「お待たせしましたー」
通路の奥から小走りで女性がやって来た、コートのボタンを素早く留めて再びこちらを向いた。色白で少し疲れた顔をしているがかなりの美人である、彼女の腰にはブラスターピストルが差されていたが、かなり旧式のものでこの船の予算周りが伺える。
「すみませんね、人が私以外誰もいないもので。艦長のヤギミヅキです、保安検査と入星審査は私が担当させていただきます」
モチヅキは驚いた、なぜならこの若さで入星管理船の艦長だというのだから。確かに今共和国の軍は上がぞろぞろと揃って引退していて役職の席が空きがちだと聞くが、まさかこの若さで艦長とは過疎惑星といえども過酷な人事だ。
「よろしくお願いします」
モチヅキは軽く頭を下げた。
「ヨイチャグラへはどういったご用で? あぁ、まず市民コードをお願いします」
彼女は思い出したかのように付け足した、あまりこの業務に慣れてないのかもしれない。モチヅキはソフィに合図し彼女のプロジェクターからモチヅキシンオウサイの市民コードが表示される。
「あまり慣れていらっしゃらないのですか?」
「あぁ、えぇいつもはメカが全てやってますんで、私はあまり……。今日はハンガーまでご足労かけたのでたまには自分でと思って」
ヤギは真剣なおもむきで答えながらプロジェクターに映された情報のあらゆる項目を開き確認している。
「美術館のオーナーをされているとの事ですが、……こちらには、何か仕入れに来たんですか?」
「まあそんなところでしょうか、どちらかと言うと収集品はついでで、この星を勉強しに来た訳です」
色々な星を巡ってはいるが仕事で来ているわけでもないし目的もない、ただモチヅキは好きなのだ、旅をするのが。
「それはありがとうございます、じゃあ渡航目的は仕事ということにしましょう。一応聞いておきますがインストラクターはお決まりですか?」
「インストラクター? やはり必要でしたか?」
ツアーやグループに参加するのであればそういった案内人は助かるが、モチヅキはあまり好まない、自分の思い付きで行動したい人間なのだ。
「いないのか、んー困ったなぁ。ちなみにどの地域に降りるとかも……」
「特には決めてないですね、身一つでの旅が好きなので」
彼女は困ったなといった顔をした。ふと時計を見た彼女だったが何か思い付いたかのように頷いた。
「あと30分で下番で雑務挺もこっちにないしなぁ。……わかりました、私もう上がりなんでそしたら一緒に下まで降りますよ。多少いただきますけど案内はできますから」
「いいんですか? そんな面倒をかけてしまって」
「交代要員が来るまで地表には降りれないし、明日明後日は非番なんでまぁ小遣い稼ぎ程度にやらせてください」
彼女は眉を動かしてこちらに微笑んだ、さっきの無気力よりは目に光がある気がする。
「じゃあ引き継ぎ終わったんで行きましょう」
船で待つこと20分、ヤギが青い鞄を持って乗船してきた。
「停留場所狭いんで操縦しても?」
「えぇ構いませんよ、大切に飛ばしてください」
ヤギは操縦席に座るとベルトを締めゆっくりと船を飛ばした。
「そういえば巡視船なのにヤギさん一人で勤務って大変ですか?」
「まあ人が足りてないですからね、共和国の軍でこの星に派遣されてるのはせいぜい30人くらいです。まあ観光地惑星でもないんで普段はずっとヒマですね」
「じゃあ勤務地としては当たりというわけですか?」
「んんー、休みの日はサマ星系から出ないと遊ぶところないし、サイジョウ領の中ではだいぶ田舎だからなー。自分から勤務地希望をこの星にする人はいないでしょうね」
「じゃあヤギさんも配属当初は苦労したのですね」
「えっあぁ私はちょっと特殊ですねー」
彼女は少し間をおいて話し始めた。
「この星は共和国に入る前までずっと内部で戦争してたんですよ、私の一族はこの星が統一された時に負けた側の派閥の名家でしてまぁ肩身が狭い。それでひいおじいちゃんが『孫たちだけでも』とメントスの方のスペースコロニー群に私の父を逃がしたんです。なので私は生まれも育ちもメントスですね……」
「じゃあ今こうやってヨイチャグラにいるのは……」
「帰化したんですよ。父はガンで早くに亡くなったんですがある時役所から連絡が来たんですよ、惑星ヨイチャグラの名士であるヤギ家の当主が老衰で死んだって、それで家督を継ぐものが現れないと困るって感じで」
「それってどういう……」
「驚きですよね、これから先没落してくと思って一族を離散させたら、60年後何故か家は再興しちゃってたんですから。どうやら共和国加盟から数年で民主制で政治を行っていく運びになって、先代はそこの議員に収まったらしいです、ただ後継者どころか身内もいないんですから、腐るほど富を築いても空しいだけでしょうね」
「裏目に出てしまったという訳ですね」
「まあ結局当時から軍で働いてた私は転属願を出して、ヨイチャグラの住民として生きていくことになったわけです。まあそんな感じで他の同僚も全員この星の関係者です、移民二世が帰化したり、人員が足りないからっていい条件で地元に配属されたりと……」
モチヅキとヤギは夜の闇を切り開くように進んでいく船の中で少しかしこまった会話を続けた。ソフィは船の後ろの座席で自分の体に油を差している、あちらさんの事情には興味がないようだ。
ソフィのプログラムはいささか薄情で身内には優しいが他人には基本的に関わりを持とうとしない、これはソフィとモチヅキが昔は主従関係で銀河を渡り歩いてきたからこその人格プログラムの形成だ、今となっては厄介だが昔はメカというだけで石を投げられるような事もあったためモチヅキはソフィのためを思ってそう扱ったのだ。
ヤタイを出て30分、ようやく地表が見えてきた。
「あれは何ですか? やけにものものしい雰囲気の建物ですが……」
上空からでもわかる城のような構造物の上を通る、周りには町が敷き詰められており、そのどれもが奇抜な輝きを放っている。
「あれはみや地区の神輿砦です、みこしってご存知ですか?」
「神様等の信仰物ですよね」
モチヅキはあまり詳しくなかったが本かなにかで漁った知識を口にした。
「当たらずしも遠からず、本来は神様の乗り物として人が持ち上げて運ぶものなんですが、何故かこの星ではあんな大きさの物まであるんです。ちなみにあれも祭の会場です」
「あれを持ち上げるのですか?」
「体裁上持ち上げる事は出来るらしいです、ですけど40年前からあの場所に鎮座したまま、実は神輿というのは『揉む』といって大きく揺らして持ち上げるんですよ。あの町を揉んだら……ひっくり返りますね」
なるほど、そういった文化があるのか。他の星にもお神輿はあるらしいがモチヅキは今までお目にかかる事がなかった、歳を重ねてもなお新たな発見があるのだから今日ここに来た価値はあった。
「停留場所はもう少し先です、このみや地区の一番端にあります」
そう言うとヤギは船のスピードを少し上げた。
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