【eスポーツ小説】Faster Fastest 番外編でちょっとした小話

赤城康彦

【eスポーツ小説】Faster Fastest 番外編でちょっとした小話

 季節が秋から冬へと移り変わり。

 木々の葉が色づき。世間の話題に紅葉狩りが入るようになっているころ。

 空気の冷たい早朝のトワイライトタイム。陽が昇り始め、空が白み始め。星や月が白みがかる空の中に溶け込んでゆく。

 あるアパートの2階の端部屋。

 カーテンを閉めた窓からでも、空が明るくなってゆくのがわかる。

 スマホのアラームが鳴る。

 素早く止め、部屋の真ん中に敷かれた布団から、

「起きろよ!」

 と自分に強く言い聞かせて、起き上がる。エアコンをつけ、素早く服に着替えると。布団を押し入れに収めて。

 顔を洗い、寝ぐせのついた髪をととのえる。

 昨夜のうちに、今日の朝食にと近所のスーパーで買っておいた唐揚げ弁当を冷蔵庫から出して。レンジでチンして。もぐもぐ食って。

 歯磨きをして。また顔を洗って。眠気を完全になくした。

 部屋の片隅に、大画面ディスプレイに、ボタンや十字キーのある車のハンドルに、ペダル、直立するシーケンシャルシフトノブに、ハンドブレーキ。レーシングシート。

 レースゲームことシムレーシング(シミュレーションレーシングを略したもの)をプレイするための、シムリグのセットだった。

 この部屋に住む青年、水原龍一は、レーシングシューズを履き、グローブをはめ、そのシムリグのシートに腰掛け。ハンドルのボタンを操作する。

 眼前のディスプレイに映し出される、ラリーゲーム、"e Sports WRC" の待機画面。最近リリースされたラリーゲームだ。

 ガレージの中、帽子をかぶり、スーツを身にまとうドライバーがヘルメットを持って、プレイヤーを画面から見据えるように立っている。その後ろに、ラリーマシン。

 ノーズには三つの菱形の、ミツビシのエンブレム。丸っこい愛嬌あるスタイルの5ドアハッチバック車。テールにはリアスポイラーが追加されて、すっかりラリーカーらしくなっている。

 白を基調にして、所属するチームのイメージカラーの赤と青のラインがそのボディに走り。スポンサー企業のロゴも貼り付けられていた。

 待機画面にはキャリアなど様々な選択肢があり、その中の、タイムトライアルを選び、さらに、ジャパンラリーのステージの、Hokano Lakeを選ぶ。

 車はミツビシ・ミラージュR5を選ぶ。

 来週開催されるeスポーツの大会の、課題コースに指定されている、8キロ弱の短めのコースだ。

 今日は練習のために、このコースを走り込むのだ。

 龍一は韓国のeスポーツチーム、ウィングタイガーに所属する、プロのeスポーツ選手でもあった。

 龍一は日本にいるのだが、パソコンのビデオチャットを通じてチームメンバーとやりとりをしながら練習をする、リモート所属だった。

 来週の大会はオンライン開催なので、自宅からのリモート参加になる。

 eスポーツも、オンライン上の開催もあれば、現地開催のオフライン開催と、色々ある。

 プロの試合は賞金も出る。チームに所属していると賞金はチームに渡すのだが、勝てば勝利給が支給されるし。結果を出せば、来季の更新時に契約金も上げてもらえる。

 もちろん、勝てなければ、契約更新はなく、満了となり。チームを離れることになる。

 幸い龍一はそれなりに結果を出し、ウィングタイガーからも契約継続を希望されて。契約金も上げてもらい。チームメイトの尹貴志(ユン・フィチ)とともに、今もプロとして活動出来ている。

 9時にビデオチャットをつなぎ、昼の12時に練習は終わり、というルーティンだが。必要なら午後の2部練もあるし。なくても自主的に練習の走り込みをする。

 今は朝の7時。まだビデオチャットをつなぐ時間ではないが。早起きをして、自主的に練習をするのだ。

 ジャパンラリーの、Hokano Lakeのステージ。ウェットコンディション設定。

 マシンが映し出されるステージ待機画面で、スタートをセレクトする。

 画面が変わり、スタート地点で。マシンが映し出され。その横にオレンジの作業着を着たオフィシャルもいる。

 コ・ドライバーは、女性の声だ。名はコーディリアという設定だった。

 また画面が変わる。プレイ画面。ボンネット視点だ。

 そのコーディリアが、スタートのカウントダウンをする。

 5、4、3、2、1,Go!

 ミラージュは4つのタイヤを回転させ、スタートダッシュをする。

 Hokano Lakeはまず2車線の上り坂から始まり、しばらくして、下り坂になる。が、ゴールまで2車線で、距離も短めの走りやすいコースだった。

 ウェット設定なので、マシンのエキゾーストノートに、水の跳ねる音も混ざり込む。

 空を見れば、鼠色の雲が空を覆っていた。雨こそ降ってはいないが、止んだ直後で、寒そうな感じだ。よくできたグラフィックだと、毎度このゲームのグラフィックには感心させられる。

 雲覆う空は地上を影で覆い。葉の生い茂る山々の緑も、薄暗く、重々しい。

 よくよく雲を見れば、風に流されて、その姿を微妙に変化させている。

 ミラージュは水を跳ねる音も交えて、疾走する。

 水が張られ、緑の稲の生え始めた、道端の田んぼも、やはりどこか重々しい。

 風雲急を呼ぶと言うが、まさにそんな感じの、気持ちを重く焦らせるグラフィックだ。まったくよく出来たものだ。

 実際のジャパンラリーは秋に開催されるのだ。それこそ、ついこの間開催され、龍一もいち観戦者として競技を楽しんだものだった。が、このゲームでは田植えの時期になっていた。なぜなのかはわからない。ゲームのオリジナル性を表現したいのかどうか、ともあれ、それはスルーできる。

 だがひとつ、なんだこりゃと思い、スルー出来ないものもあった。

 コースが上り坂から下り坂へと変わる地点にあるドライブインレストランの立て看板なのだが。


 ラ

 リ

 ー

 マ

 ス

 タ

 ー

 ズ


 という風に、長音符がでたらめに配置されていた。

 ラリーマスターズとは、このゲームを制作したイギリスのゲームメーカーのコードがかつてリリースしていたオリジナルのラリーゲームの名だが。

 このゲームから、正式にFIAとライセンス契約を交わして、実際に使用されたWRCのコースを走ることが出来るようになっていた。

 レストラン名をかつてリリースしていたゲームの名にして、しゃれっ気を出しているつもりなんだろうが。

 そのでたらめな日本語表記は、最初は目が点になったものだった。

「まったくねえ……」

 スルーしようとしても、どうにも口の端が変になり苦笑を禁じ得なかった。

 ともあれ、龍一はHokano Lakeのコースを走り込んだ。

 スタートからゴールまで2車線で、コーナーは主に中速以上で、低速ヘアピンは少なく。長い直線もあり、下り坂なので勢いもつき、うまくやればスピードも200キロまで出せる。高速コースだ。

 走り込んだ、とにかく走り込んだ。しかし納得できる走りは出来ず、目標タイムに届いたのは数回のみ。

 ミスしてコースアウトもある。

 田んぼはゴール間近のところにあるのだが、ミスってコースアウトして。緑のまだ短い稲を目にして。日本人としてめちゃ複雑な気持ちになった。

 なるほどリアルでは田植えの終わった秋に開催しないと、大惨事になる。

 ひと通り走り込んで、次は、休憩がてらリプレイを眺める。最後の走りを終え、リプレイをセレクトして、見ることが出来る。

 チームカラーのミラージュは水しぶきをあげながら、Hokano Lakeのコースを力強く疾走している。第三者が見ればそう見られるが、龍一自身は納得出来ない走りだったので、見据える目は厳しい。

 薄暗く、湿り気をふんだんに含んだ日本の峠道の風景。立て看板を除けば、見事な再現度であった。

 それだけに、ゲームとはいえ、ウェットコンディションは気持ちも重くなるので、自らを奮い立たせることも大事になる。

「……」

 シートに身を預け、龍一は視点を変えながら、リプレイを丹念に眺めて。ふと、心の中で、何かが芽生える。

 現実世界は、秋晴れだ。山間部のワインディングロードの風景も、紅葉の彩り。

 それが、ふと心の中に浮かぶ。

 シートを離れ、その横に寝転がり、スマホのアラームを設定して、目を閉じる。身も心も落ち着けさせる。

 9時になれば、パソコンのビデオチャットでチームと連携し、練習をし、メンバーと話し合い。

 12時でルーティンは終わった。

 今日は午後の練習はなしだ。

「どうしようかなー」

 と一瞬思ったが、来週大会がある。昼飯を早く済ませて、走り込むことにした。

 走った、走った、ウェットコンディションで重々しく湿ったHokano Lakeのコースを水を跳ねながら走った。

 ロングストレートでは200キロも出た。

 が、しかし……。

「やめた!」

 龍一はポーズをし、待機画面に戻って。PCの電源すら切った。ディスプレイが真っ暗になる。自分の姿がうっすら映る。

 シートから離れて、車のキーを手にして、外に出た。

 アパートの駐車場には、愛車のミライースがあった。チームも契約金を弾んでくれ、その気になればそれなりの国産スポーツカーも買えるのだが。

 なぜか、ミライースに強い愛着があって、乗り続けていた。

 ミライースを発進させた。

 行き先は気まぐれに決めたが、街を出て、山間部へ向かう。

 上り坂をミライースはこつこつと上る。道もいい感じに曲がるワインディングロードだが、飛ばすような馬鹿はしない。ドライブの雰囲気を楽しむ。

 車内には、ガールズグローバルミュージックユニットと他のFPSゲームとがコラボした曲が流れる。

 優しい歌声が耳と心を優しくなでる。

 ゲーマーらしく、よく聴く音楽はゲーム関係が多かった。

 龍一はeスポーツ選手だが、その前にひとりのゲーマーだった。

 川沿いのワインディングロードをとことこと進む。トンネルも何本通ったか。

 目には紅葉が映えてくる。

 いつまでも続くかと思われた酷暑がようやく終わり、季節は秋になり。木の葉も色づいていた。

 さっきまで必死こいて走り込んでいたウェット設定のHokano Lakeとは好対照な、ドライブ日和だった。

 外出が遅めだったから、陽は傾き、西日を地上に降り注ぎ。紅葉や黄色くなったイチョウの葉が、照らされながら、そよ風に揺れる。

 落ち葉もけっこう落ちて。それが風を受け、まるで命あるもののように、ころがってゆく。

 龍一は東向けに進んだので、西日に目が当てられることなく、マイペースなドライブを楽しんでいた。

 1時間半ほどのところで、休憩できる道の駅があり、そこにミライースを停めた。

 外に出れば、空気は冷たい。が、短い時間でなら心地よさもあった。自販機で缶コーヒーを買い求めた。ホットのを。

 道の駅の売店は閉店準備をしている。今日の営業は終わりで、買い物を終えたドライブ客が道の駅から出てゆく。

 太陽は山に沈もうとしていた。今日最後の西日の茜色の空も、一緒に沈んでゆこうとして。

 ふと見れば、気の早い月がもう出て、少しばかり輝いている。半月だった。

 紅葉の彩りに染まる景色も、隠れようとしていた。

「はあ」

 ホットの缶コーヒーを飲み終え。回収ボックスに入れる間に冷たくなっていた。

 車内に戻ると、暖房エアコンの効きで、ほっとする。

「まったくなあ」

 龍一はひとりごちた。

「ゲームで走り込むうちに、ほんとにドライブに行きたくなっちゃったなあ」

 ディスプレイに映し出されるゲームの風景と、心の風景がリンクすることが、よくあり。そのたびに、ドライブに行きたくなるのだった。

 ことに日本のコースだと、なおさらだった。

 離れているようで、つながっている、ゲームとリアル。

 スマホが鳴る。フィチだ。韓国から国際電話だ。

「ヨボセヨ」

 と出る。

「やあ、いまいいかな。どうしてる?」

 フィチは日本語と英語も堪能で、おかげで龍一は会話に苦労することがなかった。だが助けられっぱなしもよくないので、韓国語の勉強もして、すこしばかり話せるようになっていた。

「うん、ドライブに出て、いま道の駅」

「そうなんだ。僕も愛機のロードバイクで走ってたところなんだよ」

「フィチもか。ってゆーか、韓国今寒いだろ」

「防寒対策してるし、こいでるうちにあったまるさ。まあ今はカフェで休憩してるところだけど」

「ははは、お互いリアルで走るのも好きだな」

「そうだね、ゲームで走るうちに、ほんとに走りたくなっちゃって」

 とかなんとか話すうちに、すっかり暗くなった。

「それじゃ。遅くなるとこいでもあったまらないからね」

「いま風邪ひいたら、ソキョンさんめっちゃ怒るぞ」

「ははは、そうだね、あーだこーだせきやーとかなんとか、切れまくりだろうね」

「おおこわ。じゃあな」

「うん、それじゃ」

 互いに通話を終え、家路につく。

「よくあることさ」

 と、ひとりごちながら、夜道を進む。

 まあ丁度いい気晴らしにもなったし、と。

 愛車のミライースはヘッドライトを灯して、とことこと、夜道を進んだ。

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