第55話

 ドラゴンとなったラティムの目の前に現れた人型の巨大な魔導アーマー。

 金属の球体を繋ぎ合わせたような無機質なその姿にリリーたちは思わず息をのんだ。


「……なんだアレは? まるでゴーレムのようだが……。だがあんな形状は見たことない。アレも帝国の兵器なのか?」


 魔力を含んだ鉱物が長期間重なり合った結果、自我を持たない人形型のモンスター【ゴーレム】が誕生することはある。

 生成した体にある魔力量は素材とした鉱物の成分で決まり、目の前にいるアレも同じような感じはある。

 だが決して自然に生まれたゴーレムではないということだけはマホは確信していた。


「…………」

「…………」


 ラティムと例のゴーレム、互いににらみ合い続き、静かな空間にはゴーレムの手から赤い血が滴る音だけが聞こえてきそうだった。


「……!!」


 最初に動いたのはラティムであり先手必勝とばかりにゴーレムに向かって鋭い爪を振りかざす。

 だが例のゴーレムは襲い来るドラゴンに臆することなく血がついた手を持ち上げると振りかざしたラティムの手に向かって逆に組み付いた。


「グッ……!?」


 例のゴーレムの手に組み付かれたラティムはその手を引きはがそうとしたが一向に離れる気配がしない。

 咄嗟にもう片方の手で同じように振りかざすがこれも同じように抑えられ、ラティムの両手は完全に防がれてしまう状態になった。


「ググゥ……!」

「ラ、ラティム!」

「力負けしているのか……!? ゴーレム如きに……?」

「嘘だろ……? ドラゴンなんだぞアイツは!!」


 例のゴーレムの背面が光り出力を上げるとラティムは力で押され始め、徐々に体が傾いていく。

 ドラゴンという強靭な肉体による膂力があの例のゴーレムに負けているという事実にリリーたちは驚きを隠せなかった。


「グッ……ガァッ!!」

「……!!」


 あともう少しでラティムは背中から地面に倒れて組み伏せられるという状況になる前にラティムは口を大きく開いて今度は放射状に青い炎を浴びせる。

 耐魔性能の高い装甲なのは見た目でわかる。しかしこの猛火を浴び続けるのは流石に不味いと判断したのか例のゴーレムは組み付いた手を離して距離をとった。


「よしっ! とりあえずなんとかなった! さすがに炎は効くみたいだな!!」


 ピークコッドの喜ぶ声を聞きながらリリーも状況を打開したラティムを見てホッとした。


「…………」

「スゥー……。グォワッ!!」


 真正面での力で負ける以上、不用意に近づくわけにもいかずラティムに青い炎を浴びせて隙を伺うしかない。

 今度は青い炎を弾丸のように例のゴーレムに向かって吐き出す。

 計三発。数は少ないがどれもキメラ兵に吐き出した炎よりも大きく威力を増したものであった。

 そんな炎が間近に迫っても例のゴーレムは慌てることなく、向かってくる炎に対して手のひらをかざすとその中心から青い光が発光して受け止めた。


「……ッ!?」


 受け止めた青い炎は勢いを落とし、握りつぶされた炎は空中に四散する。

 それは後方に設置してある小さな結界に魔術を当てた時と同じような現象であった。


「なんだよアレ! あの手のヤツって後ろにあるのと同じなのかよ!」

「……ガルダ平原で戦ったドントリオン・マキスが魔術を受け止めたよりも強化されてるのか。もうそこまで開発が進んでいるのか……?」

「マジかよ……」

「ラティム……!」


 力比べもダメ。炎による牽制も無駄。

 最後に残された手に望みをかけてラティムは力を込める。

 周囲に漂う豊富な魔気。それらを吸収し自身の力へと変えれば勝機はまだある。

 目の前にいる例のゴーレムはこちらの様子を伺っている今、やるのであれば隙が出来ている今しかなかった。


「…………」


 そんなラティムの考えを見透かしていたかのように例のゴーレムは両腕を前に突き出すと手の装甲から小型の砲台を露出させる。

 片方に二基ずつ、計四期のそれらの照準はラティム目掛けて撃ち放った。


「……ッ!」


 周囲の魔気を吸収している隙を突いてくるのはラティムも予想が尽く。

 並みの攻撃であれば己の身体である程度受け止める覚悟もありラティムは身構えた。

 だが放たれた砲撃はラティムに直撃することはなく彼の周囲に着弾するとそこから黒い煙が彼を包み込むように発生していった。


「……!?」

「なんだ? 煙幕のつもりか?」


 奥にいる帝国兵が見えにくくなるほどの黒い煙が辺りに充満していく中、リリーはふと近くにいたスライムの様子がおかしいことに気が付く。


「スライムちゃん……?」


 スライムに近づいててを差し伸べるとその体は震えており怯えた様子で彼女の後ろへと隠れていく。

 それは明らかにこの黒い煙を恐れており先を見ると逃げ遅れたスライムたちを黒い煙を吸ったのかヘドロのように濁った体にに変色していた。


「スライムちゃん!!」


 リリーは咄嗟に駆け寄り近くにいたスライムたちの様態を見ると変色したスライムは内側から気泡を放ち、ブクブクと音を小さく立てている。

 手を近づけてみると冷たいはずのスライムに熱が帯びており核の部分は力なく浮かんでいる様子は生気すら感じさせない。

 すでに核ごと溶け切ってしまい完全に濁った粘液になってしまったスライムもいたのを見るとこの黒い煙が原因であるのは誰が見ても明白であった。


「うっ……。これって……」

「リリー!!」


 リリー自身もこの黒い煙に近づいたためなのか途端に気分が悪くなる。

 不愉快な頭痛に頭を手で押さえるとピークコッドが駆け寄り彼女の体を支えた。


「大丈夫か! おい! しっかりしろ!」

「うううっ……!」


 突如、リリーの内側で黒い粘り気のある感情で搔き乱される。

 黒い煙を吸ったときとは違う、感情からくるこの不快感は内臓が冷たい粘液に絡めとられてギュっと締め付けられたような感覚にリリーは思わず吐いた。

 何故こんな感情を突然抱いたのか。その答えはすぐに分かった。


「ギャォォォン!!」


 鋭く劈くような叫び声が周囲に鳴り響く。

 その声は苦痛のあまり、助けを求めるようにもがいているの様子なのがリリーには分かった。

 リリーはなんとか目を開くと周囲に舞っていた黒い煙がある方向に向かっていくのが見える。

 その中心にはラティムがもがき苦しんでいる姿がそこにいたのだった。



 ────


「一体……何が……」


 もがき苦しむラティムとそれに連鎖するようにリリーも倒れてしまいピークコッドはパニックになっていた。

 黒い煙がラティムに吸い込まれていき、それを例のゴーレムが止めを刺そうと近づいていくのが見えた。


「お前、何してる! 早くここから距離を取れ!」

「……っ! こいつを、リリーを頼みます!」

「はぁっ!? おい待て!! くそっ、あの馬鹿……! 動ける守備隊はあの馬鹿を追え!!」

「ピ、ピーコ……」


 マホにリリーを任せてピークコッドはラティムの方へと駆け走る。

 自分でも制止を振り切ってまで何故そうしたのかはわからない。

 それでもピークコッドは苦しむ二人を見て何もしてない自分を見て動かずにはいられなかった。


「うっ、やっぱりこの煙がそうなのか……! ともかくラティムに近づかないと!」


 腕を口元に回し、空いた手でバッグの中身から回復薬ポーションの入った注射型の魔道具をいつでも取り出せるようにしながら黒い煙の中を進んでいく。

 やがてラティムの前まで近づくと、地面に手をついて涎を垂らしながら苦しむ彼の体に回復薬ポーションを注入した。


「よしっ……とりあえずこれで少しでも楽になれば……」


 その時、ズシンと重い足音が前から聞こえ咄嗟に顔を見上げるとそこには例のゴーレムが間近に迫ってきていた。

 無機質な表情からこちらを見下ろすそれにピークコッドの背筋が凍る。

 魔術も効かないコイツに自分は役に立つのか? そんな考えが頭の中で過った。


(うるせぇ! そんなことはどうだっていい! 今は少しでもコイツの時間を稼げばいいだろ!!)


 例のゴーレムに手を伸ばしそこから魔法陣を展開させる。

 少しでも時間を稼げばそれだけラティムの回復に繋がる。

 虚勢を張ってでもピークコッドは目の前の敵に立ちふさがらなければならなかった。


「…………」

「……?」


 だが例のゴーレムは立ち止まりこちらを見ているだけである。

 それは様子を見ているという雰囲気でもなく、その行動の意味にピークコッドは眉をひそめた。


(なんだ……? 何が狙いなんだ……?)

「……もしかして、そこにいるのはピークコッド君かい?」

「……っ! その声……」


 例のゴーレムの中から籠ってはいるが人の声が聞こえる。

 それはピークコッドがよく知っており、同時に探していた人物でもあった。


「先生……?」

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水天ヲ翔ル @EnjoyPug

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