第54話

 この世界には空を制する者が存在している。

 翼を持った彼らはその機動力を生かして空を舞い、この広い世界を生き抜いている。

 モンスターであるグリフォンがいい例だ。彼らは賢く、下手に群れず、それによって得た自由な空という縄張りを支配している。

 そんな彼らたちの中で全く異なる性質を持つ者がいた。

 それはドラゴンであった。

 他の生物を寄せ付けないほどの強靭な体はそれだけで脅威であった。

 生物の頂点に君臨する彼らは古の時代から人間という種族と共存しており脆弱であるが人間は持ち前である高い知能と内に秘めた潜在能力の高さは特筆すべき点である。

 その種族同士が組み合わさる。これはもう誰がどう見たって太刀打ちできないのは明白だ。

 それが竜騎兵である。

 そんな彼らだったが今、その存在が脅かされていた。


「──……ッ!」


 アイリスは空を舞いながらベリルは弓を構えていた。

 手から生成した魔力矢を指で引っ張り、敵に狙い定めて、撃ち放つ。

 何百、何千とやったこの動作。淀みはない。

 放たれた矢は空を突き進んで敵へと向かっていった。

 敵は迫るその矢をその場からほとんど動かずクルリと体を回転させて回避する。

 敵の名はフラトル。魔導アーマーによって人とドラゴンが一体になったような存在が空を飛翔している。

 空を制する存在が二人になった瞬間であった。


「いつまで逃げ回ってんだよ! そんなんじゃキリがないぜ!」


 フラトルは手に持った魔導ガンを持ち上げるとスコープ越しでベリルたちに狙いを定める。

 銃身から青い光が強くなっていく様子がエネルギーをチャージしているというのがわかる。

 フラトルは十分に溜まったエネルギーを見て、引き金を引いていった。

 ──ドォン、ドォン。と火薬が爆発したような重い音を鳴らし、それを表したかのような太く青い弾丸がベリルたちに襲い掛かかった。


「アイリス!」

「グア!!」


 襲い掛かる魔導ガンの弾を避けるためにアイリスは翼を一瞬閉じると体を可能な限り小さくしてやり過ごす。

 一発、また一発と撃たれた弾を全て回避して閉じた素早く翼を展開させて二人は顔を上げる。

 だが視線の先にフラトルの姿はすでにいなかった。


「なっ……!? 何処に……」


 疑問が言葉になる前、嫌な予感と共に背筋にゾワりと悪寒が走る。

 顔だけが静かに振り向きいていくこの動きは、この悪寒の正体を確かめずにいられなかったのだ。

 嫌な予感は的中した。そこには背後からフラトルが迫る姿がそこにあったのだ。


「後ろっ!?」

「いつまで逃げてんだよ! それじゃあつまんねぇからよぉ、こっちから来てやったぜ!!」

「くっ……!」


 アイリスはすぐに迫りくるフラトルを引き離そうとスピードを上げる。

 速さだけならアイリスは竜騎兵の中でもトップであった。

 だがフラトルは魔導アーマーの出力をさらに上げるとアイリスの速度についてきている。

 右へ、左へと振り払うようにしてもそれは変わらなかった。


「グアッ!!?」

「アイリスについてきてる……だと!?」

「いける……。このドラゴンに、俺は負けてねぇ!!」

「くっ……!」


 どんなに引きはがそうとしてもピタリと背後をついてくるフラトルにベリルたちは今まで感じたことのない恐怖が沸き起こる。

 こちらに向けられる魔導ガンの銃口から漂う殺気がいやに感じた。

 いつも追っている自分たちがまさか追われる立場になるとは。

 自分たちが培ったこの速さについてきていることを信じられなかった。

 だがそれが起きている。今、この場で──。


「一か八か……!」


 ベリルは指から生成する魔力矢を五本に増やし、背後から迫るフラトルに向ける。

 背中を取られている以上、いつやられてもおかしくない状況だ。

 少しでも奴の隙を作るべくベリルは五本の魔力矢を放った。


「同時にも出来んのか! いいぜっ! やってやるよ!!」


 迫りくる五本の魔力矢を見てフラトルは興奮した声を上げる。

 直線的に向かう矢もあれば横から迫るように曲線的に向かう矢もある。

 少しでも引き離すための攻撃、だがフラトルは臆することはなかった。

 魔導アーマーの出力をさらに上げて背面にある魔結晶が強く輝き始める。

 直後、フラトルは限界まで速度を上げると襲い来る五本の矢に突っ込んでいった。


「ハッハァー!!」


 体をできる限り縦になるように細めると全身を回転させてバレルロールの動きで迫る矢を紙一重で躱していく。

 横に膨らんだフラトルを狩ろうとする曲線的な矢も同様であった。

 ベリルの放った矢を全て躱したその姿はまるで空の世界で踊るバレリーナのような華麗な動きだった。


「──捉えたぜェ!!」


 全てを回避したフラトルの前はもう障害物はない。

 後はベリルとアイリスの獲物だけ。手に持った魔導ガンを構える。

 異常な速度で突っ走ったことによる空気抵抗で狙いが定まらない。

 だが射程は近い。フラトルが引き金を引こうとした瞬間だった。


「ここだッ!!」

「──ッ!?」

(やっぱり、アイツは自分の速度をコントロール出来てない! この距離なら確実にコレを当てれる!!)


 目の前で追いついたベリルは十分に魔力を込めた一本の魔力矢を指に構えている。

 それは今まで放った矢より太く、そして大きい威力重視の魔力矢であった。

 だがその分、命中率に難がある。フラトルの回避能力であれば対応できるものである。

 だがフラトルは近づいた。そして間合いを見誤った。今、フラトルがいるこの間合いは回避をするには距離だった。


「し、しまっ……!?」


 さすがにこの距離感ではベリルが放つ攻撃を避けることはできない為、咄嗟に魔導アーマーの出力を抑えて可能な限りの減速を試みる。

 全身が後ろ側へと引っ張られる感覚になり、その衝撃は凄まじくフラトルの視界も思考も一気にぼやけていく。

 横に引っ張られた視界から青に輝く光がこちらに来るのを知るとこの状態でも咄嗟に引き金に添えた指を動かして朦朧とした景色の中で魔導ガンを撃ち放った。

 青い閃光が二つ、空の中で交差していった。


「うおおおっ!?」

「グウッ!?」

「アイリス!!? 大丈夫か!?」

「グゥ……」


 二人はすれ違うと空の中で減速し、やがて停滞する。

 この高速戦闘が行われた空中戦。

 アイリスの悲痛な叫びを聞いたベリルはすぐに撃ち込まれた箇所を見る。

 撃ち込まれた箇所は腰と翼が二ヵ所。そこには片方の翼に焼け焦げた跡があり、傷は浅くない。

 アイリスは強がっているが内心かなり辛そうであった。


「なんだよ、結構やるじゃねぇか」


 フラトルの声が聞こえ、ベリルはすぐに弓を構えるとそこには胸部に深い穴が開いた姿でこちらを見ていた。

 限界まで稼働させた影響なのか、背面の部分からバチバチと音も立てており翼から排出される青い粒子も不安定な様子であった。


「おいおい、そう睨むなよ。そのドラゴンもすでに飛ぶだけで精一杯って感じだぜ?」

「それはそっちも同じ状態だと思うけど?」

「ああそうだな。だが俺にはこの魔導ガンがまだ残ってる。当然、威力はこっちの方が上。この状態でも俺の命を使ってどちらかを撃ち殺すのは余裕で出来るんだぜ?」

「…………」

「……ま、お互い痛み分けっていうことにして今日のところはこれで勘弁してやるよ。俺の目的はアンタを倒すことじゃないしな」

「なんだって……?」

「じゃあな。次に出会ったらそこで決着を着けようぜ」


 そう言うとフラトルはある程度の距離を取るまでは魔導ガンの銃口を向けて牽制し、やがて十分に離れたのを見て姿を消していった。


「はぁぁぁぁぁ……本当に危なかった……」

「グァァ……」


 力んでいた体の硬直が空気が抜ける風船のように抜けていく。

 アイリスも同じ気持ちだったのかフラフラになりながらも二人はイースメイムの方へと飛んで行った。


(あんなのが、それもアイリスと同じぐらい速い敵が帝国にいたなんて……。いや、今はそんなことを考えるよりも戻らなきゃ……。アイリスの傷も浅くはない。それにアイツの言葉も気になる……)


 お互いに限界に近い状態で、特に攻撃を受けたアイリスの様子が気になる。

 アイリスがゆっくりと高度を下げていくと、地上を先に見た彼女から驚きの声が上がる。

 ベリルがそれに反応して彼女の背から身を乗り出して地上を見ると、その光景に思わず目を疑った。


「な、なにが起きているんだ……?」


 そこにはドラゴンになったラティムがもがくように暴れており、リリーたちがそれを抑えているような光景であった。


 ────



 空でベリルがフラトルとの交戦が終わる少し手前まで時間を遡る。

 地上ではキメラ兵の投入から状況が帝国側に傾いてきたのを見てマホは待機しているラティムに向かって叫んでいた。


「おい出番だぞ! ドラゴンになって守護者隊を援護しろ!!」


 焦りを隠しきれないマホの声を聴いてラティムは頷くと近くにいたリリーの手を握る。

 リリーから大量の魔力がラティムの体に流れ込んでいき肌から青い光が薄っすら浮かび上がる。

 ドラゴンになるための魔力を十分に受け取ったラティムはそのまま戦場に駆けだそうとした瞬間、リリーは慌てて彼の手を握りなおした。


「あっ、ま、待って!」

「……っ?」

「そ、その……絶対に、無茶しちゃダメだよ……!」

「…………」


 リリーは俯きながら握ったラティムの手からざわざわとした感情がリリーの胸の中で沸き起こる。

 この感覚はラティムも不安で一杯ということなのだろう。

 でもこういう時、どんな言葉を言えばいいのかリリーもわからないでいた。


「おい何をしてる! 早く行け! もう持たんぞ!」

「……!」

「あっ……」


 マホの怒号を聞いてラティムは不安を払うようにリリーの手から離れて戦場へと駆け走る。

 ラティムは力を込めて自身の体をドラゴンにへと変化していくと翼を羽ばたかせながら跳躍して向かった。


「グアアアッッ!!」

「ギャギャッ!?」


 戦場に降り立ったラティムは襲われている守護者たちの前に出るとキメラ兵を腕や尻尾を使って薙ぎ払っていった。


「た、助かった……?」

「グウゥゥ……」

「ドラゴン……! てことは例の竜騎兵か!」

「俺たちは撤退の合図が出されてる。後は頼めるか!?」


 守護者たちの言葉を聞いてラティムは頷くと彼らを守るように前に出て生き残っているキメラ兵たちを睨みつける。

 数が多いのを見てラティムは青い火球をいくつも吐き続けてキメラ兵を燃やしていった。


「グギャギャ!」

「……ッ!」

「ゲギャアッ!?」


 ラティムの火球を間一髪で避けたキメラ兵に近づいてその頭を鷲掴みにすると、そのまま勢いよく後方にいる帝国兵に向かって投げつけた。


「──ッ!?」


 遠くにいたことで油断していたのか投げられたキメラ兵を見ても避ける動作が遅れ、小さな結界を通り越して帝国兵にぶつかっていく。

 そんな彼らが大きく吹き飛ばされたのを見てマホは思わず興奮した。


「効いてる……! アレは物理的な攻撃は通用するのか! いいぞ、これならいける!」

「……ッ!」


 ラティムは残ったキメラ兵を同じように掴んで思い切り投げつけていく。

 その時、帝国兵の後方から起き上がるように巨大な影が現れるとそこから手が伸びて投げられたキメラ兵をキャッチする。

 握ったキメラ兵を果実を握り潰すように頭蓋骨を割りながらそれはゆっくりとラティムの前に姿を現した。


「……ッ」

「…………」


 丸みを帯びたフォルムのそれは魔導アーマーの大きさをより巨大にした姿であり、全長はラティムと同じ程度であった。

 静かで無機質な巨人の視線がラティムを睨みつける。

 そんな二人を見てリリーはラティムから感じた不安を拭いきれなかったのだった。

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