第53話

 止めの一撃と言わんばかりの風魔術による範囲攻撃によってこの周辺に漂っていた霧が晴れていく。

 今の一連の攻撃によって帝国軍に多大な被害を生み出した。──はずであった。


「……なんだと?」


 霧の向こうで見えたのは地面に一定間隔で並列に設置された装置によって楕円形の青い膜であった。

 小さな結界のようなそれは帝国兵を守るように包まれており、内側では負傷した帝国兵を下がらせているのが見える。


「──ッ!!」


 空からそれを見ていたベリルはすぐに弓を構えて魔力矢を放っていき、マホもそれに合わせて魔術を放つように指揮を執る。

 だがベリルたちの攻撃はこの小さな結界に触れた途端、青い粒子となって四散していった。


「そんな……!」

「馬鹿な! 大規模な結界ならいざ知らず、あんな程度の結界でこちらの魔術こうげきが全く通用しないなんて、そんなモノなどあるはずがない……!」


 だが目の前に起きている現実はイースメイムの最も得意とする魔術による攻撃が完全に防がれており、こちらの手が緩んだのを見て帝国側の指揮官が手で合図を送る。

 霧のせいで見えなかったが彼らの背後には荷車がいくつも運ばれており、その扉を勢いよく開けると中からキャリオン山脈で見たキメラ兵が現れた。


「あの白い姿……あれが例のゴブリン、いやキメラ兵というやつか……」


 貧相な胴体を魔導アーマーに身を纏い、その背中に装着されている帝国兵が人工の魔結晶を殴って稼働させるとそこからキメラ兵の体に魔力が流れ込むと雄たけびをあげる。

 次々と魔力を流し込まれたキメラ兵は目が血走るほど興奮状態になって斧槍を前に構えて突撃していった。


(くそっ! さっきの奴らはこちらの手を明かすための囮だとでもいうのか……!)

「守護者隊、前に出ろ!」


 マホ=メモリックの指示により魔術詠唱者たちを守る為に編成された守護者隊が迫りくるキメラ兵の前に出る。

 手には魔力が多分に含まれた樹木の盾とここで採れる魔鉱石を研磨したナイフが握られている。

 それを見てもキメラ兵は勢いを弱めずに守護者隊たちに襲い掛かると彼らはまず樹木の盾でキメラ兵の攻撃を受け止めた。


「ギャギャギャッ!?」


 斧槍の穂先が樹木の盾に突き刺さるとそこから一斉にトゲのついた蔓が伸び始めてキメラ兵の体を絡めとっていく。

 刺激を受けると蔓を伸ばして獲物を捕る肉食の植物を素材にしたそれは奇妙な生物が多い大樹海に住むイースメイムならではの武器であった。

 それによって身動きの出来なくなったキメラ兵をナイフで切り裂いて倒していく。

 次から次へと襲い来るキメラ兵の数は多い。だがそれらは守護者隊にとって脅威ではなかった。

 リリーたちがそう思っていた時、切り刻んで倒したはずのキメラ兵がむくりと起き上がると赤い目をギョロりとさせて守護者隊を睨んだ。


「何!? 倒したはずじゃ……」

「グギャァッ!!」

「うわっ!!」


 倒したはずのキメラ兵は切り刻まれた部分から赤い血を吹き出しながら立ち上がると守護者隊を再び襲い掛かる。

 腕や足を千切られても戦意を喪失しないそいつらは守護者隊たちを恐怖に陥れれるには十分であった。


「こいつら! 死なない!?」

「う、た、助け……」

「こっちに! 援護を早く!」

「こっちにも来るぞ!!!」

「退ける者は退け! 巻き添えを食らうぞ!」


 首を撥ねなければ動き続けるキメラ兵はパニックになった守護者隊をあっという間に壊滅状態までに追い込むと生き残ったそれらは後方にいるリリーたちに目を向ける。

 それを高みの見物のように見ている帝国兵の様子を見てマホは舌打ちをした。


「まずい……! これは状況がひっくり返る……!」


 上空でこれを見ていたベリルも焦りが出始める。

 帝国側に攻撃しようにも即席で作られた小さな結界の前には効果がないが生き残った守護者隊は退きはじめているのを見てこれならば巻き添えの心配はないと、弓を構えて地上に狙いを定めた。


「……ッ! グァッ!!」

「うおっ!?」


 突然アイリスが何かを視認した時、飛んでいる体をくねらせて強引な緊急回避を行う。

 ベリルは咄嗟にアイリスの体にしっかりと手で触れて振り落とされないようにした、その刹那──。

 ――キュォォン……。甲高い音と共にベリルの体のすぐ傍を青い閃光が通り過ぎていく。

 魔力矢や魔術矢に似ているがどこか違う攻撃だが当たれば確実にやられていたことを容易に想像でき、ベリルは思わずゾッとする。

 アイリスが態勢を立て直し、顔を上げるとベリルたちの目の前に謎の人物が飛んでいた。


「なんだ……コイツは……?」


 魔導アーマーに包まれたそれは人の形をしており地上にいる帝国兵と比べると分厚いフォルムが削ぎ落されて華奢な造形をしている。

 手に持っているのは魔導ガンではあるがそれも形状が異なって特に目立つのが銃身であり、長くて形状もゴツい。

 何よりも特徴的だったのが本体であり背中にある鋼鉄の翼であった。

 動力は魔結晶を利用しているのだろう。翼からは青い粒子が絶え間なく吐き出されており、これによって飛んでいるのだと予想がついた。


「アンタのその姿、竜騎兵……で合ってるよな?」

「…………」

「おいおい、そんなに警戒すんなよ。俺は竜騎兵っていうのを初めて見たんだ。敵でもよぉ自己紹介ぐらいしてもいいじゃないか。それとも竜騎兵は礼儀知らずっていう情報を後で付け足したほうがいいのか?」


 ヘルメット越しから聞こえたのは若者の声で目の前にいるそいつが本当に人であったことにベリルとアイリスは思わず目を丸くする。

 手に持った魔導ガンはこちらに向けられていない。敵ではあるが敵意が今はないことを悟ったベリルは警戒しながらもゆっくりと口を開いた。


「……そうだ。僕の名は竜騎兵のベリル。この子はアイリス。それで、お前は?」

「俺か。フラトルっていう名だ。しかし本物の竜騎兵が目の前にいるとは。てっきりウエスメイムの方に行っちまったと思ってたぜ」

「……何の話をしている?」

「いや実はな、俺はアンタたち竜騎兵団に憧れてたんだ。すげぇよな。こーんな広い空を自由に飛べる人らって。しかも実際に飛んでみたらマジですげぇ景色なのな。ガキの頃の夢、叶っちまったよ。それに……」

「…………」

「こういう空での戦いっていうことを、やってみたかったんだよっ!!」


 フラトルと名乗った者は手に持った魔導ガンの銃口をベリルに向けるとその黒い先端から滲み出る殺意を感じ取り、ベリルはすぐにアイリスに合図を送ると距離を取らせた。

 狙いを定めさせないよう猛スピードで飛び回るのを見てフラトルは取り付けられたスコープをヘルメット越しに目を当てて、停滞しながら照準をベリルに合わせていった。


「悪いが地上の仲間を攻撃させるわけにはいかねぇ。せっかくここで出会えたんだ! 俺と少し遊んでもらうぜぇ!!」

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