第52話
リリーたちがイースメイムに着いて数日後、帝国軍がこちらに侵攻しているという情報が入る。
それを聞いたリリーたちはただちに出撃し、イースメイムの大樹海の外側に広がる湿地が広がる場所へ向かい、そこで帝国軍を待ち構えることにした。
「うっへ~、湿り気がすげぇ。ガルダ平原とはまた違った感じだな」
リリーの背後には大樹海がすぐ近くにありイースメイムからは彼らがこの森を通るためにに作った魔術の道の痕跡がまだ光っている。
ここに生えている草原はガルダ平原とは違って草の丈が長く土も湿っていて少し緩い。
せっかくの天然の防壁である大樹海を利用せずにここで待ち構えることにピークコッドは疑問を抱いていた。
「何か疑問でもあるのですか?」
ふと後ろから声を掛けられ、リリーたちは振り向くとそこにはマホ・メモリックが歩いてやってきた。
「大樹海は大霊脈のおかげで濃い魔気が常に漂っているのですよ? イースの民が使う"道"を使わなければ、一歩入れば迷うどころか樹海自体がそいつらを食べてしまうほどに……ね。こちらでも危険な場所だと分かっているそんな森の中で戦うなんて正気じゃない。貴方たちも体験してみます?」
「い、いや……その……」
「それに
マホはふんっと鼻を鳴らすとそのままリリーたちの方へと向かっていく。
ベリルはすでに空で哨戒をしており帝国兵が姿を現すまでそこで待機をしている。
この場ではドラゴンの力を有しているのはラティムだけになっていた。
「ラティム……でしたか? 敵はここを確実にここを抑えたいはず。つまりこの戦いでは奴らを撃退すれば相手はこの場所で膠着するのも同然。貴方にはイースの兵たちを守ってほしいのです」
「…………」
「おや? 聞いてますか?」
「あっ、えーっと……大丈夫です。ラティムはちゃんと聞いてました。ね?」
マホの言葉を聞いて何も言わなかったラティムに慌ててリリーが代わりに受け答える。
リリーがラティムにちゃんと話を聞いていたか確認すると、ラティムも顔を何度も頷いてそのことをアピールした。
「……まぁいいでしょう。君たちの活躍が重要になっているということをお忘れなく」
そう言うとマホは持ち場へと去っていく。
緊張感のあるこの場を歩いていく中でチラりと顔を後ろに向けるとリリー、そしてラティムの方を見てヴォ・リックからの言葉を思い出していた。
『マホ、もしこの戦いであのアノマリティとドラゴン、使えないと判断したら隙を見て始末しろ』
『……は?』
湿地帯に向かう前に言われたこの物騒な言葉にあの時は思わず疑問の声を出してしまった。
『その……。仰っている意味がよくわかりませんが……』
『奴らがこの戦いで成果を上げられなければ我々はエリウムに対してさらに有利になるだろう。だがあの二人……あれは危険だ。前の戦いでもらった報告によれば莫大な魔力を持つアノマリティと周囲の魔力を吸収するドラゴン。これは魔術詠唱者が集うイースメイムにとって都合が悪すぎる。いくら竜騎兵団が壊滅状態であるとはいえ、あれは我々にとって脅威だ』
『たかが子供二人ですよ。そこまで恐れますか?』
『お前はこの二つがどういう存在かわかっていないようだな。生物界での上位者であるドラゴンと古い時代から存在する厄介な種族。そんな存在を無視できるか? 幸いにもあの子供はその片鱗を見せてない。もしも手を出すタイミングならそれは今しかないだろうな』
『…………』
『何、戦闘中であれば多少の融通は聞くだろう。保護者みたいなあの竜騎兵が姿を見せなければ尚更、な』
(やれやれ……。ヴォ・リック様も人が悪い。本当に嫌な役目を私に押し付けたもんだ……)
────
湿地帯の景色が霧が発生したことによって視界が悪くなっていく中、リリーはチラりと周囲を見渡す。
そこには丈が長いローブを来ている人が一列に並んでおり、この者たちがイースメイムの魔術詠唱者なのだろう。
(大丈夫かなぁ……)
前回の戦いでは前衛となる兵がいたが、今回はラティムだけであり詠唱者も数はリリーの目からしても多くはない。
しかし彼らの顔に恐れはなく、その自信が露になっていた。
「……ん?」
ふとリリーの足元で何かが動いたのに気が付くと地面の方に視線を向けてみる。
するとそこにはゼリー状のモンスターであるスライムがそこにはいた。
「スライムちゃんだ。どうしたのかな?」
青く丸いゼリー状の中央には瞳のような核が入っているモンスター、スライムはその体の大半が魔力によってこの形を維持して生息している。
主食は主に魔力を含んだものであり魔気などである故に生息地域が広く、そのためリリーも村の森で出会ったことがあった。
「スライムちゃん……怖いの?」
何かに怯えるような、そんな素振りをしているスライムにしゃがんで話しかけてみる。
「――いっぱい、いっぱいくる」
「いっぱい……?」
スライムは捕食される側の種族という理由から基本的に臆病な性格をしている。
故に彼らの危機察知能力は中々のものであり、思えばリリーがラティムと出会う前であまり遭遇しなかったのはすでに隠れてしまった後なのだろうと思い返した。
そんなスライムから聞こえるこの言葉にリリーは嫌な予感をする
「みんな逃げてる。みんなどっかに、急いで──」
スライムの"みんな"という言葉を聞いてリリーは急いで立ち上がると先の景色に目を凝らしてみる。
そこには伸びた草に紛れて大樹海の方向に避難しようとしているたくさんのスライムがこちらに向かってきている光景であった。
「マホ様! スライムの大群がこちらに来ています!」
「狼狽えるな。……これは幸運だな。このスライム共が奴らの動きを教えてくれている」
マホが魔術詠唱者たちを落ち着かせながら冷静に指揮を執り始める。
直後、上空からこちら側の空に向かって一本の矢が飛んでくるとそれがリリーたちの頭上で高い音と共に弾けていった。
その合図は上空で偵察していたベリルが放った魔力矢であり、帝国兵が近いことを示していた。
「竜騎兵からの合図、来ました!!」
「よし、こちらから先手を取る。攻撃の準備をしろ!」
マホの指示が聞こえ、魔術詠唱者の手に魔法陣が発現される。
奥からくる帝国兵の影が霧の中ではっきりと分かった瞬間、マホの手が振り下ろされた。
「第一陣! 放て!」
マホの合図と共に隊列を組んだ魔術詠唱者が一斉に発現した魔法陣に魔力を込めて発動する。
その魔方陣の色は風の属性を現した緑色でありそこから突風が一斉に吹かれた。
突風は一つの風の塊となるとそれが進軍してくる霧の中を抜けようとしてくる帝国兵に直撃する。
風の塊は猛スピードで迫り、しかも透明なため視認してから対処は非常に困難である。
魔導アーマーを装備しているとはいえ不意打ちに近いその攻撃は帝国兵の重い体を簡単に吹き飛ばされるのを見て他の帝国兵は思わず歩みを止めたのがこちらでも見えた。
「効いてるぞ! 第二陣、追撃をしろ!」
こちらに迫る速度を落ちたのを見て素早く次の指示を出す。
今度は事前に準備していた詠唱者たちが青と緑をそれぞれ担当した魔法陣が展開される。
互いの手のひらを合わせ、それと同調するかのように重なった魔法陣がパズルのように組み合わさとそこから冷気が漂い始める。
その冷気は水となり、そのまま地面を伝って帝国兵へと這い寄っていった。
「──っ!!」
風の魔術で足止めを食らっていた帝国兵は自身の足に不可思議な水が流れていることにようやく気付いたがすでに遅い。
地面を這っていた水は足元から帝国兵に向かって飛沫のように水が纏わりつくと、瞬時にその飛沫と共に帝国兵の体は凍っていった。
それは帝国兵は胸部から下の部分に向かって凍っておりその場で体が硬直してしまう。
特に悲惨なのは最初の攻撃で地面へと倒れてしまったもの者は全身に水が纏わりついており一瞬にして体が氷漬けのようになっていた。
「す、すげぇ……あれが合成魔術ってやつか……」
「合成魔術……?」
「ああ。俺も書物でしか知らないけど魔術は本来、四つの属性に応じた魔術しか発動できないんだが近年、
「でも、あの人たちたくさん撃ってますよ?」
「元々イースメイムは魔術に長けているしな。それにここの魔気の属性は風と水なんだ。魔力に関しては発動する魔術に大気中の魔気を使って消耗を抑えてる……と思う」
風の魔術と合成魔術によって完全に帝国兵の足が止まり、それに追い打ちをかけるように空からベリルが魔力矢で追撃を加える。
空と地上からの攻撃を帝国兵たちがなんとか立て直そうとしてるのを見てマホは嘆息した。
(やれやれ……帝国の奴らは完全に我々を甘く見たな……。いくら魔導アーマーとやらが耐魔性能に優れているとはいえ、こういう絡めてには弱いだろう。そんな状況をこちらが想定していないと思ったのか?)
「第三陣、用意! 止めを刺してやれ」
マホの指示に従い、詠唱者たちは最初に放った風の魔術を放つ準備をする。
今度はより魔力を含んだものであり、先ほどよりも大きい。
圧縮された風の塊が完成されていくのを見てマホは霧の向こうにいる帝国兵目掛けて手を振り下ろした。
「やれ」
マホの静かで無慈悲な一言と共に風の塊が発射されていく。
襲い来る風の塊は帝国兵の間近まで近づくと圧縮された内部が解放されるように一気に膨れ上がっていった。
「弾けろ。そしてくたばれ……!」
振り下ろした手を握るとそれが合図となりバキリという割れる音と共に風の塊は爆発した。
魔術に長けたイースメイムの圧倒的な制圧攻撃にリリーたちは圧倒され、言葉を失う。
もはや自分たちは要らないのでは? そんなことを思っていると湿地帯の霧が今の攻撃で晴れていったのだった。
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